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成れ果ての不死鳥の成り上がり・苦難の道を歩み最強になるまでの物語  作者: ネクロマンシー
第4章 進行し続ける代償
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第126話 終焉

 巨大な鉤爪が壁をえぐりながらノアの首を狙っている。その破壊力はまさに桁外れ。首が取れるどころか身体ごと吹き飛んでいくのが容易に想像できる。爪をかいくぐった先には大蛇が口を開けて待ち構えており、牙を体内にねじ込もうとしてくる。

 合成獣(キメラ)であるトビラ。獅子のような(たてがみ)からは二本のツノに、びっしりと毛に覆われた腕の先にある鋭い爪。舌を動かして狙いを定めている蛇の尾と、それらを軽々と浮かす巨大な翼。華奢な体格であるが太い腕や脚は猛獣そのものであり、そこから生み出される腕力や機動力の高さは計り知れない。様々な獣の能力や図体を歪に合わせ持つトビラの身体能力は、ノアを遥かに凌駕した。


 しかしそれだけならここまで脅威にならなかった。ノアを今も苦戦させているのは、合成獣による多種多様な攻撃に加えられた、『色欲』による全方位からの物質の嵐だった。


「オォォオォォオォォオ」


 少女は、少女らしからぬ声を放ち、部屋の中で嵐を巻き起こす。床が獣のように走りだし、本が鳥のように羽ばたき始める。岩に噛み付かれようとも、本に視界を埋め尽くされようとも、直接命に影響するほどの力はないが、それらを処理しながらトビラの相手をしなければならないと言うのなら話は別だ。ろくに翼を広げるスペースがあるはずもなく、走ることすら頭を回さないと難しい。そんなノアめがけて飛んでくるのは、丸太のような豪腕だ。獅子の脚力から生み出された速度に腕力が加わり、ノアの身体は軽々と吹き飛ばされていく。



「オェェ」


 立ち上がったノアは、堪え切れない嘔吐感に襲われ、腹の中身をぶちまける。しかし口から出てきたのは血と胃液ばかり。

 状況は圧倒的に不利であると、視界の端でチラつく蒼炎が物語る。敵はトビラだけではないのだ。戦闘経験はないエルザだが、異能の威力だけは目をつぶれないほどで、トビラが作り出した防護壁の中から炎をぶつけてきていた。勿論そんなエルザを先に殺そうとは思ったが、トビラが許すはずもなく永遠と防戦一方な戦況が続いていた。


(先に壊れるのはどちらか、ね)


 トビラ達が有利であるだけで余裕というわけではない。現に、トビラも息が切れており、エルザに限ってはノアに対して恐怖が取り除きれていないのか、震えが止まっていなかった。

 眼を燃やしたノアに、トビラ達は一発ぶち込む事にどれだけ苦労したことか。そのうえ傷はみるみるうちに跡形もなくなっていくため、表情は自然と険しくなっていく。人数差があるにもかかわらず、戦いが長引いた分だけ引きずりこまれるのはこちらの方だと理解しているようだった。  



トビラは、エルザを安心させるためにも、ノアに悟られないためにあえて余裕の態度を示した。


「大口叩くだけあって中々やるじゃなぁい? 正直、予想外だったわぁ。でもその程度で勝てるとでも思って……」


 しかしトビラが作っていた上っ面の表情はいとも簡単に崩されてしまう。何故なら、この状況でノアが心の底から笑っていたからだ。あちこちに焼け焦げた後があり、腹を砕かれた衝撃で意識も朦朧としているようにも見える。そんな傷だらけの不死鳥は、薄っすらと笑っているのだ。


 誰よりも純粋な笑みであり、何よりも残酷な笑みだった。


「……貴方、とっても気持ち悪いわねぇ。 お友達になれると思っていたけど……貴方はここで殺すべきだと判断するわぁ。生かしておくには……あまりにも危険だものォオガルゥォォオォォオ!」


 トビラは嫌そうに苦笑いを浮かべると、口からはみ出る牙を隠す事なく唸りを上げ始めた。最後には言葉を失い、目の色を変えたトビラだったがノアから目を離す事はしなかった。命尽きるまで、敵の心臓を喰らう獣と化す。その姿は幻獣でも珍獣でもない、ただの怪獣だった。














 浮かぶ本の道を駆け回る合成獣に、迫り狂う蒼炎。避け続けるにはあまりに狭く、今もなお縮まり続けている壁や床。そんな窮屈な鳥かごに閉じ込められた哀れな鴉。


 しかし鴉の笑みは途絶えぬ。



 炎を眼でかき消す間に鋭い鉤爪に耳を削ぎ落とされ、何度も地面を転がされる。獅子を狩るにも『色欲』の力はあまりにも凶悪で、床や壁、天井までもが敵となる。気を抜いた途端に地面に殴り飛ばされ、意識が飛ぶ。獅子の雄叫びが震えるたびに、本が羽ばたきノアを埋めつくそうとする。こちらの攻撃は全て壁に防がれ、エルザとトビラの攻撃はノアの心臓めがけて一方通行だ。癒えても癒えても、また増えていく傷。段々と落ちていく再生能力は、ノアの命の灯火が消えかかっている事を意味していた。









 ――そんな混沌に塗れた戦場で、鴉は時間の流れを味わっていた。


 獅子の爪が皮膚を掠め、血肉をごっそりと持っていかれる瞬間ですら、ゆっくりに感じる。ただ願いを叶えたかっただけなのに、何故こうも狙われ、囚われ、怨まれなければならないのか。そんな余計な事を考える余裕すらあるほど、時間の流れを堪能できた。

 しかしゆっくりに見えるからと言って、自分の体だけ自在に動かせるわけもなく、同じように身体は貫かれる。炎や爪に身体に穴を開けられる痛みには、もう一つ一つ感想すらなくなっていた。すると次の瞬間、何かに足を引っ張られた。


「――あ」


 それは蛇だった。トビラの背後から伸びていたその蛇は、ノアの足に喰らい付き毒を体内に混ぜこみはじめた。


「これ、ら……」


 その毒は麻痺性の猛毒であり、早速舌は痺れて呂律(ろれつ)も回らなくなってくる。何もかも粉砕できる牙や爪もあれば、空を高速で飛びまわる翼もある。自由自在に動かす尻尾もあれば強烈な猛毒もある。そしてそれに加わる呪いの力。何もかも持っているトビラを前に、ノアは脳みそまで麻痺してしまったように考えるのをやめた。



「ァァァア! 種族としても、騎士トシテも、呪われた者とシテモ、ワタシハお前ヲ凌駕するぅゥゥウ」


 これが合成獣の力だ。これが騎士長の力だ。これが『色欲』の力だ。トビラは、その圧倒的な力を見せつけるように、地面に膝をついたノアへ容赦なく破壊を撃ち落とす。


「オワレ―――『混濁の終焉(ラグナロク)』―――」


 剣や本、岩や青い炎までもがトビラの上空で(つど)っていき、凶悪な獅子として蠢き始める。

 空からは混沌に満ちた獅子、地面からは隆起した床が針山の如く暴れ狂い、ノアの身体をいとも容易く潰していく。


 逃げようにも毒のせいで足はもつれ、無様に腹を串刺しにされる。今受けたのは獅子の牙なのか、それとも地面から出た針山なのか、はたまたトビラの鉤爪なのか。わけもわからなくなる地獄の中で、ノアは派手に血肉をばら撒き荒れ狂う。



「ぁぁ、世界がゆっくりに見える……」


 その一言を、ノアは諦めたように呟いた。子供が嫌な事を投げ出すように、何もかも諦めたように。

 鴉は血塗れの顔を笑みで固めたまま、そっと眼を閉じた。

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