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成れ果ての不死鳥の成り上がり・苦難の道を歩み最強になるまでの物語  作者: ネクロマンシー
第4章 進行し続ける代償
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第124話 狂わしき裏切り者

「あぁ……やっと私のもとに来てくれたのね。 愛しい愛しい我が子よ」


 岩に繋がれたノアの前に現れた女性は、九本の尻尾を振り撒く狐の亜人。布を何重にも重ねたような服は、色んな色彩が使われていることもあり風格を感じさせる。自分の胴体と同じくらいの太さと、身長の倍はある長さ。そんな尻尾が九本も存在しており、近くで見るとより一層威圧感を(かも)し出していた。

 名前をエルザといい、彼女はこのムスペルスヘイム唯一の王女であり、母親だ。


「なんて美しいの……。 こんなにボロボロで、朽ちているにもかかわらず、隠しきれない美しさ。 衰えない美しさ! これが……不死鳥!!」


 ノアの顎を指で持ち上げ、血だらけでありながら傷のない顔を恍惚とした表情で見つめていた。


 彼女はコレクションを集めていた。それは亜獣だ。珍しい種を見つけると、欲しくて欲しくてたまらなくなり、そのためには手段を選ばない。


「ずっと待ってたのよ、貴方が来るのを。 懸賞金をいくら積んでも誰も捕まえてくれないんだもの。 だからこっちから迎えに行ってあげたのよ? でも本当に苦労したからこそ、貴方には価値があるものね。 ふふ、そう考えると余計に可愛く見えるわね」


 エルザは、自分の世界に入ったように満足そうに目を細めて笑った。いつからノアの事を知っていたのかはわからない。だが少なくとも下界で、ノアがまだタルタロスで新入りとして必死に生きていた時から彼女は絡んでいたのだろう。


 八咫烏としての名を広めたのも。ありえないほどの高額な懸賞金をかけたことも。任務中に襲いかかって来たことも。そして今ニヴルヘイムで行われていることも。全てエルザの筋書きから来たものだ。


 中央街の反乱軍を鎮圧した時。あんな大掛かりな任務の中、エルザは子供達を送り込みノアを奇襲した。上界の他の区域が、部隊の隊長を襲ったなどと知られれば敵対行動と捉えられ、上界同士の争いに発展してもおかしくはない。だが、エルザはそんな事を御構い無しに欲しい物には手を伸ばす。

 エルザは、ノア一人を奪うために、ニヴルヘイムを丸々敵に回して潰そうとしたのだ。


「ここに来たからにはもう大丈夫。 此処は貴方の安寧の地。 願いがあるなら、望みがあるなら、夢があるなら、私が全力で叶えさせてあげる。 何だって言ってごらんなさい。 だって私は、貴方の母親なんだから」


 自分が母親という考え、相手が初めから自分の物になるという考えを押し付け、エルザは手を、声を跳ねさせる。エルザにとってノアはただの貴重なコレクションの一つであり、宝石を磨くように大切に保管するだけ。奴隷を飼うよりも、実験動物として使うよりも、非道の心すら持たないイカれた考えだ。だが、確かに都合のいい世界を作り出してくれると確信できるほど、エルザの存在には力を感じた。







(何か……もう一つ完全な隙を作れる何かがないのか)


 ノアの頭上、天井の裏でシスマは息を潜めていた。エルザの首を搔き切るためにノアは岩の中にはめ込まれているように見せているが、今すぐにでも動くことはできるようになっている。


 シスマはノアと話し合い、エルザを確実に葬れる作戦を練っていたのだ。


 エルザの呪いに侵されたシスマは、エルザの言葉を聞くと抗えなくなり、それが正しいと思い込んでしまう。それがエルザの呪い、『崇拝』だ。エルザに一度でも感謝や憧れ、忠誠の意思を持ってしまえば、一生言いなりになってしまう。その事をシスマはあらかじめノアに伝え、エルザの隙が出る瞬間を待っていた。


「なんだって言ってちょうだい。 ニヴルヘイムで兵士として扱われてきたのでしょう? 此処ではそんな扱いはしないわ。 私たちは家族。 助け合い、互いに共存していきましょう」


(何が家族だ。何が助け合いだ。 所有物にされて、今まで何人殺されたと思ってやがる)


 シスマはこびりついた憎しみを刮ぎ落とすように、ガリガリと頰を掻く。エルザの首が飛ぶ未来を思い描きながら、今はただノアに任せるしかない。


「さぁ、何が欲しいの? 」


 エルザは呪いのためにも、まずはノアの感情の隙間に入り込もうとするだろう。心を一度でも許してしまえば終わり。だからこそ、その思惑につけ込み、許したと思わせることが肝心だ。


「僕が欲しいのは聖杯だけだ。 それをお前に用意できるのか?」


 ノアが話に食いついてくれた事に満足したエルザは、少し考え込むように口に指を当てる。


「遺跡の場所を教えるくらいなら構わないわ。 もちろん、聖杯を見つけるために他の子供達も喜んで貴方のために協力してくれるから安心していいわよ。 私についてくればきっとその願いもすぐに叶うわ」


「……それはニヴルヘイムが管理していた遺跡とは違う場所なのか?」


「それはそうよ。 一つの区域では遺跡を一つまでしか管理してはならない決まりがあるから、絶対に貴方が知っている場所ではないわ。 今のところ発見されている遺跡は、中央街西区のギルド、上界の北区ムスペルスヘイム、東区ニヴルヘイム、西区スリュムヘイム。この4つの区域がそれぞれ一つづつ管理しているわ。 南区のアルフヘイムは、殆ど観光目的のためみたいなものだからそういう役割は持っていないし、スリュムヘイムはきっと簡単に秘密を漏らしてはくれないわよ」


 他人に遺跡の情報を渡すという事は、一つの資産を流す事にもなりうる。遺跡の中にはまだまだ取り尽くせないほどの財や謎があり、なにより中に生息している機械生物の取り扱いを間違えば国全体に被害が及ぶ。そんな事をペラペラと喋るエルザを、すぐには信じることなど出来るはずもなく、ノアは眉を潜める。


「あら、疑っているのかしら? それなら私の部屋にちゃんと位置や情報が管理されている巻物もあるわ。 それとも、まだニヴルヘイムに未練があるの?」


 ノアがまだ吹っ切れていないと思ったエルザは、手を合わせて安心させるように笑った。


「それなら大丈夫よ、貴方が心配すると思ってニヴルヘイムの第一王女はちゃんと()()()()()()()()


 九つの尾は一つづつ開き、まるでつぼみ咲くように広げるように動かされた。そしてつぼみの中にあったある物を、エルザはノアの前にゆっくりと床に並べていった。

 それはノアの表情を動かすには十分なものだった。


 それは生首。どれもこれも、見覚えのある顔で、ノアが話した事のあるニヴルヘイムの騎士や、使用人達だった。


 そしてその中に、ティアラの顔も混ざっていた。


 涙や恐怖の表情に歪められているのを見るに、きっと楽な死に方ではなかったのだという事がわかる。


「私は貴方の母親なんだから、貴方を取り巻こうとする悩みは最初から詰んでおいたわ。 さぁ、これで何の問題もなくなったわね」


 エルザは笑う。並べられた首は、断ればお前を殺すという意味ではない。彼女は本心から、ノアのためになると思って行っているのだ。自分が未練も断ち切ってあげたと、これで感謝されると、尊敬してくれると、自分の物になってくれると本気で思っているのだ。


 あまりにも悍ましく狂った観念。この惨状を目にしたシスマは思わず動き出しそうになるが、唇を噛んで体を必死に抑え込んだ。


(不死鳥、ここは耐えてくれ! トビラが来れば俺たちはこいつを殺せない。 隙を見つけて暗殺に持ち込まねぇと俺たちに勝機は来ないんだ‼︎)


 戦闘になれば、トビラはここへ来るだろう。自分はエルザの呪いで使いものにならなくなるうえに、トビラの戦闘能力の高さは自分がよく知っている。一撃で仕留めきれなければ一気に不利になるのだ。


「まだ何かあるの? 貴方のためなら私達は力を惜しまないわよ?」


 大切な命を弄び、目の前で並べる狂気の王女を前にノアが耐えられるかどうか。シスマは自分が以前与えられた心の痛みを思い出しながらも、必死に念じた。


(不死鳥、今は、今だけは……。ここで暴れれば全てが終わる。 俺もお前も、殺されるだけだぞ)


 もしここでノアが怒り狂っても責めることなんて出来やしない。今まで共に暮らしてきた者達を、石ころのように扱われたのだから。けれど、ここはグッと我慢するしかないのだ。シスマは耐えてくれると信じて、天井の隙間からノアの表情を伺った。



 すると、シスマの予想はある意味裏切られた。何故ならノアは満足そうに笑っていたのだ。


「いや、十分だ。 ここまでしてもらえると感謝の言葉も見つからないな」


 ノアは、縛り付けられていた岩から這い出ると、服についていた砂の欠片を払いおとす。まるで挨拶をするようにノアはその場で一礼してみせた。動けた事に驚いたエルザだったが、上で隠れていたシスマの驚きはその比ではない。


「…………は?」


 あり得ない光景を目にしたシスマは、思わず声を出してしまい慌てて口を押さえる。だが、エルザにはその声は当然聞こえており、細い瞳を上へと向けた。


「ではお礼にこちらからも一つ贈り物を。 貴方達が探していた裏切り者を贈りましょう」


 ノアはゆらりと嗤うと、天井に向かって岩石を投げ飛ばした。その岩は天井を突き破り、欠片となってシスマを落ちてくる。


「ガハッ………うそ、だろ 」


 シスマは困惑する。 エルザの前に引っ張り出され、何が何だかまだ理解出来ていなかった。怒りも、悲しみもまだ無い。裏切り者という言葉の意味を何度も口の中で読み解き、表情を変えていく。裏切られたのは自分ではないかと。


 そして何より、今自分を挟んでいるノアとエルザが浮かべている笑みが、どうしようもなく気持ちの悪く映って仕方がなかった。

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