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成れ果ての不死鳥の成り上がり・苦難の道を歩み最強になるまでの物語  作者: ネクロマンシー
第4章 進行し続ける代償
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第123話 一欠片の反乱

 ニコラスは床に落ちていた本を隅に片付けると、熱心に勉学に励んでいる少女に目を向けた。歩く練習、立つ練習、座る練習。アリスは姫として、王族としてまさにゼロから学んだ。底から太陽を見上げ、高みを目指す事に夢中の少女を見守るニコラスの目は自然と暖かさが混ざっていき、心に緩みが生じてしまう。


 以前、ティアラの守りびとだった頃とはニコラスの生活は一変していた。煌びやかな世界を歩いていた自分は、今こうして暗い塔の中であぐらをかいている。しかしどちらの自分が好きかと問われれば、今の自分だと答えるだろう。けれど何もしていないのは前も今も変わらない、と一人自虐して苦笑いを浮かべる。そんな余裕ができるほどニコラスは成長し、アリス自身もニコラスが教えてあげることなんて何もないほど自分の力で成長していった。


 あの日、立ち上がると決めた日から、アリスは常に笑って頑張っていた。周りの目も、声も、自分の感情すらも、全てを押しつぶして歩いていた。


 当初は、こんなジメジメとした暗闇に閉じ込められた少女がいたたまれなくなり、新しい私室を用意しようとしたが、それは本人の意思もあって移動することはなかった。気にしてないどころか、この場所が可哀想だと思われたことに怒りを感じるほどアリスはこの暗い塔を気に入っていたのだ。


(まぁ、確かに悪くないな)


 最初は古びた暖炉や蝋燭くらいしか明かりを灯せるものが無い牢獄に驚愕したが、今はこの影達が穏やかな気持ちにさせてくれる。今まで第一王女という存在と、その王者の守りびとという言葉に自分の意味を持たせていた。確かにあの時のように、今の自分は輝いていないし、周りからは気の毒そうな視線を送られる事は多々ある。しかし以前の自分は額縁が美しかっただけで、中にはめられた絵はあまりにも濁っていた。騎士として第一王女に求められた事もなく、ただ泥沼に浸かっていただけの日常。キラキラと輝く泥沼にはまるくらいなら、今こうして暗闇に浮かぶ花のような道を歩んでいくほうが絶対にいい。

 そう思わせてくれるほどに、目の前の少女は努力する必死に咲き誇ろうとする(つぼみ)のように美しかった。


「もうそろそろ休まれては?」


 感心と呆れが混ざった視線を向けららていることに気づかない少女は、古びた机の上でひたすら筆を走らせて止める様子はなかった。


「ふっ、では私は夜食を取りに行ってきます」


 ニコラスは曖昧な笑みを浮かべて一礼した後、音が立たないようにゆっくりと扉を閉めた。

 馴れ合うわけでも、殺伐とした仲でもない。ただ互いが上へと登るための架け橋として隣り合うだけ。その関係が非常に心地よく感じていた。







 螺旋階段の下から吹き付けてくる風はぶるりと身体を震わせ、腕を擦りながら体温を保とうとするが、この温度の前では無駄な足掻きに終わる。そこに自分以外の足音が響き出し、首を傾げたニコラスは思わず覗き込む。


「テ、テト!?」


 階段を登る影には猫の耳があり、ドキリと心音のリズムを崩される。ニコラスは慌てながらも慎重に降りると、彼女の姿を改めて確認する。テトの手には湯気がたっている料理があり、ここまで持ってきてくれたのだということがわかる。


「すまない、今から取りに行くつもりだったんだが。 寒かったよな」


「……気にしなくていい」


 平気だと言うが、テトの口から出る白い息や、小刻みに震わせている耳を見てニコラスは何度も謝ってから料理を受け取る。わざわざここまで来てくれた事には頭が上がらない一方で、自分の分の料理も作ってくれている事に心が跳ねる。


「そ、そうだ。 これでも着ろよ、少しはマシだ」


 ニコラスは鎧の上に羽織っていた外套をテトの肩にかけた後、テトの表情を伺う。するとやはり寒かったのか、さっきよりもテトの表情が少しだけ柔らかくなったことに、大いに安堵する。


「……ありがと」


「いいさ。 上がっていくか? アリスに用があったんだろ?」


 テトはアリスの面倒を見てくれた事が多々あるため、今から寄ってくれる事を期待した。だが、テトが頷く事はなかった。それは誘いを拒んだわけではない。その前に、二人に謎の衝撃が襲ってきたからだ。


「!?ッ……なんだ!」



 塔が揺れるほどの爆音が響き、パラパラと氷の粒が頭の上に落ちてくる。外へ出れば、城の奥が赤く染まっており、騒ぎになっている事が確認できる。何か異常事態が発生したと考えて間違いないだろうと、ニコラスはすぐさま行動に移った。


「テトはアリスと一緒に上に居てくれ。 俺は様子を見てくるから」


 ニコラスはテトを何とか安心させようと動揺を誤魔化すように隠し、黄金の羽で吹雪の中へ飛び出した。

使用人である少女をこんな所に一人で置いて行くのは心許(こころもと)ないが、騎士としてこの城を守らなければならないのだ。そして一番ニコラスの心を揺さぶったのは、城の頂上にある部屋から黒い煙が立ち上っていたことだった。そこに居るはずの女性の事を頭に思い浮かべる。とても好きとは言えない長く付き添っていた王女の顔を。


「くそッ……」









 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ニヴルヘイムの門が派手に吹き飛び、爆風と共に目を血走らせた亜人達が流れ込んだ。その亜人達は反乱軍であり、前回抑え込んだと思っていた者達の残党だった。自分達の爪が甘かった事から招いたことと、残党とは言いきれない被害に、ニコラスは歯をくいしばる。数は多くはない。今暴れている亜人達の数は二十もないだろう。しかし、それにしては被害があまりに大きすぎていた。


「なんだこれは……。あ、あり得ない。ここまで侵入されて……まさか‼︎」


 門から雪崩れ込んだ反乱軍を鎮圧できていないのか、城につけられた炎は段々と広がっていく。庭に転がっている騎士達はどれもこれも四肢が弾けとび、無残な姿となっている。ニコラスは、この死体を作り出せるのは会議で話題となった件の魔族だとしか思えなかった。幾度となくニヴルヘイムの中で殺戮を繰り返していた悪魔が、反乱軍を引き連れたのだと理解する。


「だがそれにしても酷すぎる。 魔族だけじゃない、のか? まさか八咫烏も!?」


 引き裂かれて肉塊と化している騎士達の数や、門の破壊や城の中まで着々と広がっている破壊から見るに、最初から侵入していた敵が一人ではない事も想像できる。そのため、ニコラスは最悪の可能性を思い浮かべた。


「おい‼︎ 一番! 」


 次々に目に入る仲間の死や、不自然な破壊の流動に頭を悩ませているニコラスだったが、同胞に馴染みの呼ばれ方をされたことで顔を上げた。


「オズワルドか。 騎士長に伝えてくれ!敵は反乱軍だけじゃないぞ」


 三番隊隊長のオズワルドだった。オズワルドは龍の翼を閉じると、ニコラスのもとに降り立った。


「ああ、流石だな。 敵は反乱軍だけじゃあない」


「知ってるのか? やはり魔族の……。 お前その傷、やられたのか!?」


 オズワルドが会話中によろめいて口から大量の血を流し、ニコラスにもたれかかった。ここに来る前に敵と出会ったのだろうか、三番隊隊長のオズワルドほどの者がやられている事態に焦りを覚える。この様子だとティアラも本当に危ないかもしれないと汗が床に落ちて行く。

 すると、汗ではないものも自分から垂れ始めていた事に気づく。

 

「………え?」


 ーー軽い衝撃から痛みへと変わり、横腹からそれは這ってきた。


 お腹から無いはずのものが生えている。それは剣であり、オズワルドの手から伸ばされていた。汗ではなく、血が流れていたことに気づいた時には既にニコラスは膝をついていた。


「オズワルド、お前……」


「お前も今言っただろ? 敵は反乱軍だけじゃないって」















 ーーーーー取り残されたテトは、振動で揺れる階段の中足を進める。まずはアリスの安全を確保しようと急ぐが、ノアの安否(あんぴ)が心配でたまらなかった。居ても経ってもいられないテトは、心臓の鼓動に焦らされるように階段を駆け上がる。


(また巻き込まれてたら……)


 その焦燥感やじれったさに意識を削がれてきたテトは、背後から忍び寄っていた存在に気づくのが一瞬遅れてしまう。何かが階段を突き破り、下から砲弾のように出現したのだ。


「そんなに必死になっちゃって。 よほど大事な物があるのね」


「……誰!」


 現れたのは黒い外套に身を包み、仮面を被っている亜人だった。ノアから聞いていた魔族の亜人だと判断するも、テトは唐突の事で毒の大鎌を作り出すのが遅れ、懐への侵入を許してしまう。鍛えた反射神経で毒ナイフを投擲するも、相手は階段を粉砕しながら跳躍し華麗に避けた。


「大事なものがあると生きて行くのって大変よね? わかるよ、その気持ち」


 驚くべき身体能力の高さ。跳躍した相手は瞬く間に点となり、テトの射程範囲から消えて行く。だが、それも一瞬。天井を蹴って降りてきたのか、すぐさま距離を詰めてきた。


「だから私はみんなの大切なものを奪うのよ」


 階段は跳躍した時に粉砕されたため、テトは地面を見失ったように空中でもがく。そんな隙だらけのテトに、容赦なく力は降り注いだ。


 こんな絶体絶命の瞬間にテトは叫ぶ。一つの想いを込めて。



「ーーーーーノア」

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