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成れ果ての不死鳥の成り上がり・苦難の道を歩み最強になるまでの物語  作者: ネクロマンシー
第3章 妨害し続ける身分
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第118話 反撃の狼煙

 

 ―――闇は暗い色をしている。


 光があれば影ができるし、影があるのは光の存在を意味している。けれど、闇は闇だけだ。闇は何も生まず、何も作ることはない。ただそこにあるものを暗く深く沈めるだけだ。


 そんな闇に自ら逃げ込んだ少女は、光が差し込んでくれることをひたすら願っていた。しかし日が経つごとに、もしかしたら、という考えが積もり心に絶望が満ちていくのを感じる。


 もう二度と来ないかもしれない。


 いや、そんなわけない。


 捨てらたのかもしれない。


 だから、そんなはずはない。


 何度も何度も悲観的な現状と楽観的な希望を往復させ、精神はガリガリと削られていく。あの人に捨てられるわけがないと自信を持って言えるはずなのに、暗い時間は順調に不安を積もらせていく。



 膝を抱えてうずくまり、闇の中で呼吸だけを繰り返す。しかし目だけはずっと扉の向こう側を見つめ続けている。


 絶対に来てくれると信じて。


 そんな時、扉の向こう側。螺旋階段と靴が鳴らす特徴的な音が耳に届いた。


「にぃッ!!」


 その瞬間、少女は肩にかかっていた布を放り投げ、跳ね上がるように立ち上がった。ずっと同じ体勢で座っていたせいで、上手く歩けずに転んでしまった。しかし今はそんな痛みなんて感じなかった。


 やっぱり来てくれた。これだけ待たされて怒りたい気持ちもあるけど、もうわがままなんて言わない。新しいことを出来るようになったら頭を撫でて欲しい。いけないことをしたら叱って欲しい。時間があるなら遊んで欲しい。それと、それと、まだまだ言いたい事が、伝えたい事が沢山あるのだ。


 自ら扉に駆け寄り、何度も夢見て待ちわびた瞬間に笑みが溢れてしまう。だが、扉の向こう側から来たのは待ち焦がれていた人物とは違っていた。


「貴方が、アリス様だね」


 自分の名前を呼んだのは金髪で整った顔立ちをしている、騎士らしき男。


 ここに違う人物が来たということは……そういうことだ。


 少女、アリスは笑みを崩壊させた。


「ッ〜〜〜‼︎」


 アリスは崩れ落ちるようにしゃがみこみ、声にもならない悲鳴をあげた。吹き出してくる悲しみや疑問を噛み殺せず、顔をくしゃくしゃにしながら涙をこぼす。



 ーーー自分は、捨てられていた。


「前任の守りびと……零番隊隊長は第一王女、ティアラ様の守りびととなったため、今後は私ニコラスが貴方の守りびとを任されました」


「……………や」


 嫌だ。嘘だ。聞きたくない。現実を理解することを拒否したアリスは、ニコラスと名乗った男の声を遮断しようと両手で耳を塞ぐ。しかしそれはもう遅い。薄々思っていたこともあり、ニコラスの言葉をすんなりと脳は理解してしまっていた。自我も保てていなかったあの頃の自分なら、こんな辛い感情で満ち溢れることはなかっただろう。ノアのおかげで成長し、心を持ってしまったアリスには、今の現状はあまりにも辛かった。


「ぁぁああぁぁ……。いいこにするからぁ、わがままも…やめるから……。だから、だからぁ……」


「残念ではありますが、もう決まった事です。 私の意思でも、貴方の意思でも、どうすることもできません。 これは第一王女の命令。 いや、わがままですから」


「ッぁぁやぁぁああぁぁぁ」


 床についた手の上に、次々に涙が落ちていく。歯をくいしばっても、床を引っ掻いても、この涙は止められない。ノアが自分より第一王女を選んだという残酷な言葉を聞いて、痙攣にも似た反応が身体を襲う。自分を軽蔑した第一王女の顔を思い出すと、今でも震え上がりそうだ。けどあの時、逃げ出さなければ捨てられる事はなかったのだろうか。奪われることはなかったのだろうか。


「こんなことなら……たすけてほしくなかった」


 アリスは自分に失望し、自暴自棄に陥った。


「あのままずっと、なにもない、ひとりのままでよかった……。 こんなおもいするなら……しんでよかった!」


 捨てるくらいなら何故自分を助けたのか。 一度闇から引きずりだし、何故光を見せたのか。一度光を覚えてしまえば、闇に戻るのはあまりに辛い。感情を作らせるだけ作らせといて、勝手に消えてしまった。王族として生きたいとも、王女になりたいとも思ったことなんてなかったのに。二人きりでいられるなら化け物でも構わなかったのに。それなのに。


「ぅぐっ、っあぁぁあっ、グズ。 ……すてないでぇ」


 アリスは泣いた。ただただ、泣いた。怒りなんてない。ひたすら悲しいのだ。もう会えない。会ったとしても以前のようにはなれない。莫大な悲しみがアリスを包み、精神を破壊しようとしてくる。





「……すまない。 やっぱり君も、彼がいいんだよな」


「っう?」


 さっきとは違い、砕けた喋り方をするニコラス。アリスは当たり前の事を言われ、憤慨する気分で顔を上げたが、ニコラスの表情を見てだまりこんだ。何故ならニコラスも、自分と同じ顔をしていたからだ。


「捨てられたのは俺のほうさ。 俺はどこに行っても、あいつに勝てない」


 主に忠誠を誓い、自分を見てくれていないとわかっていても頑張って側で尽くした。だが結果はこれだ。英雄と言われた男は、自分の知らないうちに主に捨てられ、闇に押し込められていた。

 ノアに対する劣等感がナイフのように心臓に突き刺さり、流しすぎた血はもう戻らなかった。


「笑えるな、何が英雄だ。 俺はどうすればよかったんだ……」


 ニコラスは顔を悲痛の表情に歪ませて拳を握りこんだ。


 いや、本当はわかっていた。自分が英雄の器じゃない事なんて。ただ自分は出来そうなものを選び成し遂げた時に、それを魅せるのが上手いだけ。出来ない事からは目を逸らし、自分は何でも出来ると思い込ませていただけ。


アリスの事もそうだった。病に侵され、化け物として閉じ込められている少女がいることも知っていた。喋る事も歩く事も出来ない、少女とも呼べない少女が城の中にいる事も知っていた。だが、ニコラスは見ようとしなかった。そんなものを救うのは無理だと思ったからだ。だから数年間もの間、城の中にいた一つの命をずっと無視してきたのだ。

自分では無理なものがある事を知るのが嫌だと思ったからだ。出来る事ばかり選んだ結果、全てを成し遂げる英雄と呼ばれるようになったからだ。ノアを罪人と呼んで嫌悪するのも、何処か認めている部分があって嫌だったのだ。ティアラだけでなく、周りの連中もノアの凄さには気づき始めていた。それが気に食わなかっただけなのだ。


(俺は……英雄なんて器じゃなかった。 現に今も、目の前で泣いてるこの子の事なんて考えずに俺は自分のことばかり。……もうダメだ)










 ニコラスは膝をついて体から力を抜いた。捨てられた者同士、ここで朽ちるのもお似合いかもしれないと思ったからだ。

 しかし、体が倒れる前に何かによって支えられた。それはアリスの小さな手だ。心優しい彼女は、悲しんでいる人を見て感情を震わせた。絶望したニコラスは、アリスによって朽ちる事を拒否されたのだ。


「おしえて……」


「え?」


「つよくなりかた、おしえて」


 アリスは、両手でニコラスの頰を掴んで睨みつけるように見つめる。勿論強くなるとは、剣を教えてという意味ではない。ここで諦めるのは簡単で、きっと誰かと沈んでいくのはとても楽だろう。だが、アリスは拒む。ひとときの感情に身を任せない。学んできた事を今こそ実行するべきだ。お手本はずっと側にあった。大事な事は、ずっと教えてもらっていたのだ。

 だから、アリスは涙を拭いて、薄っすらと微笑みを作り出した。諦めない。もう、逃げない。


「にぃ、いってた。……うばわれたら、うばいかえすしかないって」


 前に剣を振る理由を聞いた時に、ノアが言っていた言葉を思い出す。奪い合うこの世界で、最後に笑うためだと。だから、今度は自分が奪い返せばいいのだ。そのためには強さがいる。強さとは奪い返せる力のことだ。王族として生き抜く強さが。第一王女から奪い取れる強さが。


「にぃは、ぜったいにうばいかえす!」


 アリスは真っ直ぐに、逃がさないようにニコラスを見つめて、反撃の狼煙を宣言する。自分について来いと言わんばかりに、腕を引っ張って立たせようとする。だが、体の小さいアリスの腕力だけではニコラスを立たせる力はない。それでも、ニコラスの体は持ち上がった。


「がんばるから、おしえてほしい。 いっしょに、はいあがる」


「…………君は強いな。……それに比べて本当にみっともない。ああ、みっともない。そうだな、あいつらを見返してやろう!」


 視線を合わせる事を恐れているこんな小さな女の子に、励まされて黙ってなんかいられないだろう。


「俺もここからやり直そう。 英雄なんかじゃない、君の守りびとニコラスとして」


 化け物の少女に奮い起こされた英雄は、無理やりにでも口角を上げて、この少女を罪人の元に返すことを決意した。英雄なんて綺麗なものではなく、一人の騎士として進んで行こうと。そして本当の英雄を探しに行こう。

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