表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
成れ果ての不死鳥の成り上がり・苦難の道を歩み最強になるまでの物語  作者: ネクロマンシー
第3章 妨害し続ける身分
114/142

第114話 塗り替える踊り

 高級な青い布地に施された銀色の刺繍。首元には一粒の大きな宝石がはめ込まれたネックレス。そんな輝かしいドレス姿をしたアリスは、それらを全て台無しにしてしまうほど表情を暗くさせていた。


 いつもとは違う世界。真っ暗で凍えるように寒い塔の小部屋ではなく、明るく暖かい壮大な広場の中に足を踏み入れている。しかし、アリスの気分は最悪だった。あの小汚く、どこか安心する暗闇の世界に戻りたいと思えて仕方なかった。チカチカとする光が視界の中に嫌でも差し込み、頭の中が真っ白になる。キラキラと光輝いるのは豪華なインテリアだけではない。


優雅にくつろぎ、そこに居るだけで絵になるような王族達。彼等は今、自分を誇って見せつけるためにここにいる。それに比べて自分はどうだ。身の丈に合わないドレス。アクセサリーは自分を見せるためにあるのではなく、自分を隠すために目立たせているだけ。未だ痣を隠すために腕に巻いている包帯だってある。自信なんてものはこれっぽっちも無いのだ。



 皆んなが自分を見ている。 汚らわしいものを見るような、軽蔑するような視線を送ってくる。 口元を動かしている者達は、皆んな自分の陰口を言っているに違いない。


 アリスは世界から隔離され、カタカタと身体を震わせる。動くことすら、逃げ出すことすらできなかった。


「だぁれ? こんな汚い動物をこの部屋に入れたのは」


 棘を含んだ声を発したのは、この世界の中では神にも等しい存在だ。脚を組み直すだけで男達の視線を釘付けにする妖的な美貌を持つ女性。桃色の髪を流し、アリスとは別格の美しさを纏う、第一王女のティアラだ。ティアラがそう発言したことで、ここにいる王族達はアリスを汚い動物と認識し始める。着こなせていないドレスに、幼い身体には痣がある。髪質もアリスは王族からすればまさに動物の毛と変わらない。品定めをするように目をこらせば、他よりも劣る点はいくらでもでてくる。


「あ、あぅ……」


「フン、ろくに喋ることも出来ないの。 やっぱり出来損ないのアンタには勿体ないわね」


「………」


 ティアラは、何もできず震えるだけのアリスを侮蔑し、興味なさげに吐き捨てる。アリスの噂は王族の中では有名だ。病に侵された汚らわしい出来損ないだと。使えない恥さらしをどう処分するか。それは王族の中で一時期話題になったものだ。

 だが噂の元となった、ノアに出会う前のアリスを見たものなら、あの悍ましい異形な姿を見たものなら、ここにいる全員が見下す事すらできずに悲鳴をあげただろう。それは侮蔑や軽蔑の視線を送れるくらい、アリスの容姿はまともになっているとも言える。

 けれど、そんなことはアリス自身には関係なかった。まとわりつく視線や耳に入る罵詈雑言。それらはアリスの胃をキリキリと握り潰していく。


「ぇ…オエェ……」


「はぁ、もういいわ。 二度と私の前に現れないでちょうだい」


 吐き気を催し、えづいたアリスは切り捨てられる。ティアラはアリスの事を嫌悪しているわけでもなんでもない。ただ単に興味がないだけなのだ。アリスを招待したのだって、おまけにすぎない。ティアラにとって、欲しいと思えるもの以外全てがゴミ以下の代物だった。



「アリス!」


 駆けつけて来たのは白髪の騎士だった。その騎士は慌ててアリスと元へ来ると、彼女を持ち上げ端の方へと移動していく。アリスも彼が来た途端に、表情を緩めて全てを預けているように縋り付いていた。


「うふふっ。そんな姿を見せられたら欲しくなっちゃうじゃない」


 暇そうにしていたティアラだったが、アリスを招待した本当の理由が姿を現したことで恍惚な顔を作り、カップに残っていた紅茶を飲み干したのだった。













 ーーーーーーーーーー


「にぃ……グスンッ…」


「だから待っておこうって言ったのに。 勝手に一人で行っちゃうから」


 窓ガラスの向こう側、テラスに出るとノアは泣きつくアリスをどうにかあやす。ホムラとアシュリーが来るまで入り口で待っておくつもりだったのだが、アリスが扉の隙間から流れ込んだ甘い香りに惹かれて一人で入ってしまったのだ。そして結局は高価な菓子を口にすることなど到底できず、今こうして泣きべそをかいていた。


「ほら、今日はせっかくおめかしもしたんだ。 ドレスも似合ってるんだから、堂々としてればいい」


「ぅん……」


 ノアが似合っていると言うなら、自分はきっと似合っているのだろうと兄への絶対の信頼から自信が持ちはじめる。アリスはさっきまで震えていた手をノアに握ってもらい、何度も深呼吸する。そのおかげか視野が広がり、心臓の音も落ち着いてきたような気がしてくる。

 しかしそうなってくると、自分がどんな状況にあるのかが鮮明に理解させられてきた。歓迎されてもいない病原菌が侵入してきたことにより、警戒していた王族達。そしてテラスに居る今もなお、その視線はズキズキと刺さっている。


 やっぱり嫌だ。 帰りたい。 こんな集まりに混ざりたいとは思わない。 一生ずっとあの塔の中で生きていければいい。 二人だけで、にぃさえいればそれでいい。


 アリスは足もとを一心不乱に見つめ、頭のもやもやを消そうと必死になる。ノアと握っている手は汗ばみ始め、整っていたはずの呼吸をまた荒くなっていく。

 ノアが、そんなアリスにどう声をかければいいか迷っていると、ノア達に向けられていた視線がフッと消えた。


「まぁ、なんて綺麗なの」

「次は私も踊って貰おうかしら」


 アリスへ向けられた視線を攫った人物。それは黒いタキシードを着て一段と高貴な雰囲気を醸し出しているニコラスだった。ニコラスは、女性の腰に手を添えて広場の中心で優雅に踊っていた。大理石の床がコツコツとリズム良く音を鳴らし、ニコラスの金色の羽が広がった途端にテンポは上がる。ニコラスは長い腕や脚を最大限に使い、キレのいい動作で皆を沸かせる。女性の美しい仰け反りを腕で支えながら、真っ直ぐな姿勢でくるりと回り周りを一層沸かしていた。




 ニコラス達のダンスが終わると同時に、パチパチと拍手が送られる。ノアから見てもニコラスの踊りは華麗で、すべての視線を攫っていくのも頷けるほどだった。

 しかし、それを見ていない者もいた。ティアラだ。ティアラは自分の守りびとであるニコラスに対し、ひとかけらの興味を持つことなく雑談をしている。今のダンスは古くから伝わるこの国の伝統のもので、それをニコラスは古臭さなど感じさせない動きで完璧に踊り終えていた。それなのに、ティアラの心を動かすどころか興味を惹くこともできなかった。それをニコラスは歯痒く思うも、半ば諦めたように遠くを見ていた。

 自分が守るべき対象、自ら忠誠を誓った主。そんな人物に自分を見てもらえない。それは一体どんな気持ちなのか。それはニコラスにしかわからないことだった。




「すごい」


 ニコラスのダンスに感動したように、アリスもまた目を輝かせながら呟く。今もアリスを見つめる視線はあるが、それが気にならないくらいには夢中になっていた。


「アリス、僕たちも踊ろうか」


「え?」


 ノアの唐突な発言に困惑したように、アリスは目をパチパチと瞬きを繰り返す。しかしすぐに意味を理解し、首を何度も横に振る。


「む、むりだよ。あんなのできない」


「僕が踊らせる。身を委ねてくれれば魅させてあげる」


 ノアは不屈な笑みを浮かべて、アリスを透明な瞳に映した。


 昔、ノアも同じように諦め座り込んだ事があった。その時差し伸べてくれた手は、暖かかったのを覚えている。何もできないノアを躍らせてくれたあの白髪の少女の手を思い浮かべ、ノアは同じようにゆっくりとアリスの手を引いた。













 テラスから戻ったノア達にまたもや視線が集まる。その中で、ノアは黒い翼を羽ばたかせ、アリスに向かって一礼する。ニコラスも、ティアラも、誰もが二人に注目し、その雰囲気に呑まれ、アリスは怯えるように身を竦める。


「アリス、僕を見てて」


 アリスは言葉のままに顔を上げると、スッと力を抜いた。その安心させられる笑みに、全てを任せるべきだと脳が、体が命令してくるのだ。



 ノアはアリスを引き寄せ、波のように踊った。アリスの身体はまだ固く、ダンスなんて知識もないため頭も真っ白のままだ。

 それなのに、アリスは美しく踊っていた。その様子にニコラス達だけでなく、アリス自身も驚愕している。それはノアが操り人形のようにアリスを巧みに動かしているからだ。腕を引っ張り、身体を傾かせ、アリスを咲かせた。ノアの瞳をずっと見つめているアリスは、ノアが右を向けばそれにつられて右を向く。頭を空っぽにして動かされるままに動き、流さられるままに流動する。

 アリスのゆっくりと流れるようなダンスで、熟練されたように波打っている。その安心感、高揚感に包まれたアリスは、思わず笑っていた。


 自分を魅せるように踊っていたニコラスに対し、ノアはアリスを咲かせるように踊っていた。本当の主役を際立たせるために、ひっそりと影から糸を伸ばしアリスを操った。





 王族達は唾を飲み込み、二人の柔らかな渦を見守った。そしてそれはティアラも同様だ。この世界の主役を書き換え、色を塗り替えた。小さくもあるが、手を叩く音だって聴こえてくるのも幻聴では無いはずだ。






 ニコラスはその二人のダンスを見終わる前に、その場を後にしていた。


 何故。その言葉がやはり頭に媚びれついてくる。アリスが素人なのは誰が見てもわかる。しかし一番華として咲いていたのは誰でもない彼女であるのは確かだ。思わず美しいと感じさせられるほどの笑顔を浮かべていたアリスに、ニコラスは息を吐き出すように感情を引き出させられた。


 そして、一番の問題である罪人。古くから伝わる伝統的なダンスを、何故来てから日が浅いノアが知っているのか。それも、自分よりも遥かに精度が高く、あれこそが本物だと理解させらるほどのもの。自分が今まで覚えていたのは紛い物だと言われたように感じた。


 まるで淡い白の少女とくすんだ黒の少年が、森の中で楽しそうに踊っているような、そんな幻想的な光景が何故かニコラスには見えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ