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成れ果ての不死鳥の成り上がり・苦難の道を歩み最強になるまでの物語  作者: ネクロマンシー
第3章 妨害し続ける身分
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第112話 後味

 もう何時間、剣を振っているだろうか。


 数日と言われれば、そう信じてしまうくらい重く感じる時間を今生きている。しかし数分だったと言われても、すとんと納得できるほどの熱い時間を今泳いでいる。


 雪が降り注ぐ速度はあまりにも遅く、剣を振っても振ってもまだ地面へ到着していない。時間の感覚がわからなくなるも、それでも一心不乱に闘気を震わせた。


(くそっ、また見失った。……視線、気配、剣筋全てをズラしてきやがる。目を頼るな。耳を頼るな。己の勘だけで生きていけ!)


 ホムラは目眩がするほどの疲労を感じるも、ガタガタの身体の歯車を回転させ、力任せに動かし続ける。


(負けたくない。 負けたくないんだ。 初めてだったんだよ。 こんなに昂ぶっちまったのは。あの日お前に負けた時、本当はすっげぇ悔しかった。だから…だから……)


 負けて初めて、自分が負けず嫌いだったと知った。負けるのは嫌だ。負けは悔しいし恥ずかしいからだ。


 ホムラは光を浴びた羽をはばたかせ、歯をこれでもかというほど食いしばる。今まで部下達と過ごした泥くさい訓練を思い出し、天に吠えて剣に力を込めた。


「俺は、勝ちたいッ!!」


 何処を見渡してもノアの姿はなく、ポツリポツリと雪が落ちてくるだけ。それでも、ホムラは勘を信じて剣を握った。狙うは自分の羽が作り出している死角。光の羽が生んだ影に向かって、ホムラは闇雲に剣をお見舞いする。


「ッ!?」


「ハァ…ハァ…捉えたぜ」


 ホムラの剣を受け、影は初めて具現化した。影の中で気配を完全に消していたにも関わらず、攻撃された事にノアは驚きを隠しきれていない。身体が反応したのか、剣は受け止められたものの動きは完全に止めていた。


「これは、予想できなかったな」


 苦笑するノアを見て、ホムラはニヤリと笑う。息はあがり、剣を握る手は震えている。つらい、苦しい、だがそんなものが無視できるくらい楽しい。ホムラは翼をたたむと、姿勢を低くして息を整える。


 自分を心配する部下の視線。上がり続ける体温。心臓が軋む音。 その全てが邪魔だ。


「終いにしようぜ、この時間をよ」


 楽しい時間はすぐに終わるというが、ホムラにとっては無限にも思えるほど長く感じた。そしてその無限を終わらせるためにも、光の速度で剣を振るい、勝負の行方を捜しに行った。







 そこからは一瞬の出来事だった。一瞬で何十もの剣を重ね合い、意識が途切れたのか続いているのかも分からなくなる。磨き上げられた最高の一撃を幾度となく撃ち合い、その中で上に行ったものが相手へ届く。それだけの話だった。

 混ざり合う斬撃の中、一本の道が見えたホムラは息を漏らした。研ぎ澄まされた才能が、勝利の道を描いてくれたのだ。ホムラは、その目に映る道のままに剣を滑らせながら笑みがこぼした。


「俺の勝ちだッ!」


 ノアの剣の筋を潜り抜け、来るべき勝利を確信できた。



 ーーーだが、その笑みは()()()()()



「な……に……」


 ホムラの剣は届く事はなく、来るはずだった感覚を探し求める。剣の先からくる感触から、勝利の味が伝わってかない事に困惑する。そしてノアの姿が見当たらない事に気づきハッとした時には、真下には鋭く輝く剣があった。


「あ」


 血しぶきと共に、先程とは違う息が漏れた。胸から顎に向かって剣で切り上げられ、ホムラは雪と一緒に宙を舞った。その時はなんとなく、振ってくる雪が何かの模様に見えると意味のない事を考えていた。

 崩れるように倒れると、積もった雪に背中をひんやりと冷やされていく。もう意識も保ってはいられない。全力で戦ったし本当に楽しかった。けれど、今ホムラが浮かべている表情は笑みではなかった。




「……ああ、ちくしょう」


 ホムラは力んでいた口をゆるめ、ゆっくりと白い息を吐いた。












 戦いが終わると同時に、傍観者達は無意識に止めていた息を吐き出した。五番隊の部下達は急いでホムラのもとへ駆け寄ってくるなか、ノアはその場を離れながらひっそりと瞳を鎮火させる。最後に医務室へと運ばれていくホムラを振り返り、そこで初めてノアも息を吐き出した。

 剣だけでは勝てなかった。最後の研がれた一撃を防ぐ事は出来なかった。その事実が勝利の味を少しだけ濁した。





「……へぇ、素敵じゃない。 欲しくなっちゃうかも」


 城内へと戻っていくノアを、豪華な部屋の中から一人の女性がくつくつと笑いながら見ていた。その女性は脚を優雅に組み直し、暖かい紅茶を一口飲んだ。


















※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ーーー朝日が差し込んできた事に気付いて指を止める。紡がれた糸は繊細な絹となり、ほぼ完成へと近づいていた。もう少しだけ続けたいところだったが、アリスがその間に起きてはいけないのですぐさま部屋を出る。


「よぉ、早いな」


 声がかけられ振り向けば、ホムラが手をひらひらと降っていた。ノアは気まずそうに頰をかきながら何を言おうか言い澱む。


「プッ、くっくっ、なんて顔しやがる。 あれは俺の望んだ戦いだ。 マジで楽しかったっての」


 吹き出すように笑ったホムラは、ノアの背中をバシバシと叩く。だがノアが表情を固めたのは、ホムラに勝ったからではない。


「僕が言うのもアレだけど、その傷大丈夫? というか、ホムラの異能で治せたんじゃ」


 ホムラの顔、首元から唇にかけて一本の傷が残っている。一昨日の戦いでノアが斬り上げた時についた傷。それは深く、痛々しく、ホムラの顔に刻まれていた。


「治す? ハッ、馬鹿言うな。 そんな勿体ない事するかよ。 この傷は勲章だ。 俺の負けっていうな」


「勿体ないって……」


 ホムラの男気ある返答に対し、ノアは理解に苦しむように苦笑する。負けた過去を残そうなんてノアには考えられないことだ。


「まぁ気にするな。 それより、お前に渡すもんがあった」


 ホムラに渡されたのは一枚の紙が入った封筒。ノアはその中身を見てタイミングの悪さに頭を掻く。


「招待状だろ?よかったじゃねえか。 アリスが来ればあいつも喜ぶ」


 中に入っていたのはお茶会の招待状。ホムラが言うあいつとはアシュリーのことで、お茶会とは王族の姫達が開く娯楽の場であった。アリスが招待されたのは王族として認められたという事。だが、これはノアが手回しをした結果でもある。ノアはニコラスと勝負して勝った際に、何でも言うことを聞いてもらう約束をしていた。ノアはそれを、アリスの王族としての権利を認めてもらう事に使ったのだ。自分が居なくなった後、また塔の中で引きこもるだけにならないためにも、王族として生きていけるよう環境を作ろうとした。だからこの招待状はアリスが王族への復帰を可能とさせる切符でもある。だからこの機を逃すわけにはいかないのだ。

 しかし、勿論守りびとであるノアもお茶会に同行できるのだが、宛名にノアの名前が書いてあったことが少しだけ気がかりだった。


「ああ、そうだ。ホムラ、負けた君に頼みがあるんだけど」


「……服?そんくらいいいけどよ、いちいち負けって言うんじゃねぇ!」



 王族の姫が集まる中、使用人から借りた服を着ているアリスを参加させるわけにもいかないため、断られないように圧力をかけながらホムラに代わりになる服を貰うように頼んだ。すると命がけのわがままを聞いたのだからこれくらいいいだろうと思ったのだが、他人に言われるとカチンとくるようで、ホムラは拗ねるように唇を尖らせた。


 準備は整った。後はアリスが行くかどうかが一番の問題。外の世界を恐れ始めているアリスが、いきなり王族達の集いに顔を出せるかが不安であった。

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