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成れ果ての不死鳥の成り上がり・苦難の道を歩み最強になるまでの物語  作者: ネクロマンシー
第3章 妨害し続ける身分
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第109話 おんなごころ

 門をくぐり終え、無事に中央街まで来れた事を確認するとノアはマスクを取った。マスクを外せば、するりと心地の良い風が透き通り開放感を味わえる。


 ノアが一息ついている様子を見ていた子供達は、こぞって息をのむ。はらはらと揺れる白髪の間から、覗く透明な瞳にあてられたように。


「これが八咫烏様の素顔」「うわぁ」「こんなに若いなんて」「かっこよすぎ」


 ノアがマスクを外した事で安全だと判断した子供達は、同じように黒鳥のマスクを外してキラキラと輝かせた目をノアに向けてきた。子供達は年齢も性別もバラバラで、皆んな飢えから避けるためにタルタロスに加入した子供だった。下界の子供達からすれば八咫烏の名は地から這い上がった者として有名だった。ユグドラが金を撒いて情報操作をした事もあってノアの存在は下界の救世主として広まり、その存在を求めて下界の者達はタルタロスへと足を運んでいた。


 そんな憧れの救世主であるノアに助けられ、子供達は土下座をする勢いで感謝を表した。少女の首に刃物を添え、大勢の騎士達を黙らせる姿はまさにダークヒーロー。もはや憧れを通り越して(あが)め始ている者もいた。

 子供達のマスクも、ノアのものを真似して自作したもので、憧れて真似た子供はタルタロス内でも珍しくないという。



「……八咫烏、様?」


「はい。 私たちは八咫烏様が来てくれなければ死んでいました。本当にありがとうございました」「もうダメかと」「上界の騎士は想像以上に強くて」


 最初は子供達が最近城内で騒ぎになっている賊の正体かと思っていたが、話によると忍び込んだのは今日が初めてらしく、そもそも盗みの経験もそこまで多くはないという。


「俺たち、八咫烏様に会いたくてタルタロスに入ったんですよ! でも入ってみたら今は居ないって言われるばっかりだし、バッカスさんはいつも怖いし。でもでも、今日会えて光栄です! 本当にありがとうございました!」


「そ、そっか。 それはよかったよ、うん」


 今回ノアは、助けに行ったにもかかわらず返り討ちにあい、結局テトの力を借りて卑劣なやり方をとったという何とも無様な登場だったのだが、子供達の目にはそれすら格好よく見えたのだろう。子供達の凄い熱気にあてられ、ノアは引き気味に頰を引攣らせる。


 幾度となく戦い抜いてきた八咫烏の正体を、子供達は勝手に筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)な戦士をイメージしていたのだが、実物を見て大いに驚いた。ノアは日頃から鍛えてはいるのだが、騎士の中でも華奢な部類に入るし顔立ちも悪くないため、今女の子達の目には、ノアがおとぎ話の王子様のように見えていた。

 子供達は夢にまで見たノアを前にグイグイと押しかけ、女の子には握手に求められる始末だった。ノアが受けたことのない扱いに戸惑っていると、子供達を遮るようにテトが声を出した。


「……もう自分達で帰れる。 これ以上は面倒、見ない」


 ノアは、助かったとテトに視線を向けるが何故かノア自身もムッとした表情で睨まれてしまう。


「えーそんな」「でもまだ話したい事が…」


「だめ。ノアもすぐに戻らないと怪しまれる」


 食い下がる隙すら与えないように、テトはバッサリと子供達の言葉を両断する。確かに、城内で今ノアの姿が見当たらないと怪しまれる事は間違いない。中央街から下界に帰るだけなら子供達だけでも問題ないと思い、ノアも賛成する。


「わかったら帰る。 ……次からは危ない事をしたら、だめ」


 最後に優しく撫でられて叱られた子供達は、目をパチクリさせながらも、こくこくと頷いた。子供達は前にテトとは会ったことがあったが、タルタロスに居た時のテトは、ノアが居なかったせいで抜け殻のようにいつも項垂れていた。そのため、毒猫として有名であり、八咫烏のパートナーでもあるテトを見にきた子供達は肩をすくめた記憶があった。だが今は、冷たい視線に加え鳥肌が立つほどの覇気を感じさせている。今日の人質の迫真の演技も見ていた子供達は、毒猫としてテトを尊敬し直していた。













「あの子達にバッカスさん達のこととかもっと聞いておけば良かったな」


 子供達と別れ、ニヴルヘイムへ帰る途中にキュプラー達の事を思い出してノアはそんな事を口にする。するとテトが唇を尖らせて咎めるような視線を向けた。


「……あの女の子達と、もっと話したかった?」


「そうだね、最近のタルタロスの事とか聞けただろうし。 今度時間があったら一度タルタロスに戻るのも良いかもしれないな。 まぁアリスの事もあるから当分は無理だけどね。………テト、なんか怒ってる?」


「ノア、嬉しそうだった」


「え?」


 女の子達に囲まれたノアの顔を思い出し、テトはそっぽを向いて頰を膨らませる。ノアは子供達を助け、子供達に褒められていた。そんなノアを助けたのは自分なんだから、次はノアが自分を褒めるべきじゃないかと理不尽な怒りを沸かせていた。しかし怒ったからといっても、テトは離れて歩くつもりはない。その後しばらくは悩んでいたが、歩くにつれて揺れるノアの手を、テトは意を決してパシッと掴んだ。


「へへへ」


 ノアの手に触れるだけで幸福に包まれ、テトはだらしなく表情を崩した。帰り道を二人で歩く時間を過ごせただけで無意識に機嫌が直ってしまう。しかし肌が触れたせいで大勢の前で耳を触られたあの恥ずかしさも思い出す。怒り、幸福、羞恥、とめまぐるしく波打っていく自分の感情が可笑しくなり、テトは自分の髪をくるくると弄る。






 ずっと黙っているテトの様子を、まだ怒っていると勘違いして未だにオロオロとしていたノアは、遠くからこちらへ向かってくる気配に気づく。


(……まずいな)


 ニヴルヘイムの門が見え始めたところで、こちらに向かってきているのがニコラスだとわかり、ノアはテトの手をパッと離して距離を取った。それは他人に見られるのが単に恥ずかしいという理由ではなく、自分がここに居ることで何らかの疑いをかけられると思ったからだ。

 ノアはすぐさま気配を消失させ、影に潜んで身を隠す。テトはニコラスに任せれば城へと連れて帰ってくれるだろうと確信できた。あの数の騎士達を動かし、賊を捕まえるのに絶好のチャンスであったにかかわらず、あの場で取り逃がしたニコラスの評価はガタ下がりだろう。勿論ニコラスもそうなることをわかっていたはずだが、人質に取られたテトを見て、一瞬で人質の身を優先したニコラスの心意気にはノアも感心するほどだった。


 テトのことはニコラスに任せ、今のうちにニヴルヘイムへと戻るべきだと判断した。









「テト! 無事か!?」


 ニコラスは、テトを見つけると辺りを警戒しながらも急いで駆け寄った。テトが一人で立ち尽くしているのを見つけた時は、背中にじっとりと冷や汗が溜まるのを感じたが怪我がある様子もなく、テトのエプロンやスカートに付着していた血は賊のものだと知り、ほっと安堵の胸をなでおろす。


「怖い思いをさせて本当にすまない。賊に君が捕まったのも、取り逃がしたのも、俺が慢心した結果だ」


 頑張ろうと息巻いた事が空回りしてしまった。もっと上手い立ち回り方があっただろうし、反省点を上げればきりがない。だが何よりニコラスが後悔しているのは自分の浅い考えから来た行動で、テトに被害を及んだことだ。自分が八咫烏をテトが居た場所へ飛ばしてしまったから、彼女は捕まり人質にされた。守りたいと思っていた人を逆に危険に晒してしまった絶望感。あの時は本当に足元が真っ暗になり、頭は真っ白になった。


「でも怪我がなくてよかったよ。あんなやつ、絶対にこの俺が捕まえてみせるから。 今度こそ頑張るから」


 ニコラスは安心させてやりたいと思う反面、自分を見限らないでほしいと思って必死に言葉を並べた。何としてでもテトに良いところを見せ、また彼女のあの表情を見たかった。しかし、ニコラスはテトの顔を見て眉を下げる。

 何故ならテトの目から、いつも以上に温もりを感じなかったのだ。「どうせ無理」そんな事を言われた気分だった。


「やっぱり、怒ってるよな?」


「……別に」


 明らかに不機嫌そうな声色。自分の隣を通り抜け、足を早めて歩いていくテトの後ろ姿を見て、ニコラスは顔をサーっと青ざめさせる。それからニコラスは一人、しばらくの間道の真ん中で立ち尽くしていた。



 テトは確かに不機嫌だったし怒ってもいた。ニコラスがノアのことを〝あんなやつ〟と言ったことでカチンときていた。だが不機嫌だった本当の理由は別にあった。

 それは、せっかくの二人きりの時間を邪魔された事と、ノアが自分を置いて行ったことだった。何も言わずに行ってしまったのは、言葉がなくても伝わるという信頼の証なのだろうが、それでも寂しいのは寂しい。そして何より、大切なパートナーを違う男に任せるという行動が許せなかった。ちっとも女心をわかっていないノアに、テトは頰を膨らませながら尻尾をぺしぺしと振っていた。

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