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成れ果ての不死鳥の成り上がり・苦難の道を歩み最強になるまでの物語  作者: ネクロマンシー
第3章 妨害し続ける身分
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第108話 人質な少女

 パーティーが開けるほど大きな部屋に、それと見合うほどの大きく豪華に作られた椅子。その椅子にもたれかかって万華鏡を覗いている女性は、ニコラスが入ってきた事に気づくと形のいい鼻を鳴らし軽蔑の視線を送った。


「またつまらないやつが来たわね」


 第1王女のティアラは、口癖になっている言葉を朝からニコラスに漏らしていく。決まった時間に同じ習いごとを持ってくるニコラスに対し、ティアラは日頃の鬱憤を晴らすようにクッションを投げつけた。退屈な日常を持ってくるだけの騎士に苛立ちが溜まっていたのか、ティアラは普段からニコラスに横暴な態度で接していた。持ってくる料理はまずいと言って捨てるは勿論、習いごとなどの指示も全て無視し反撃されない事を良いことに暴力だって振るう。やり返してこない事が退屈を呼び、更にストレスを溜め込ませていた。

 ティアラは何をしても許される立場であり、一番隊隊長であるニコラスも言われるがままに頭を下げていた。


「しかし、今日のご予定が」


「もう出て行って。 私は一人がいいのよ」


 乱暴に部屋を追い出されたニコラスは、ずっしりと重たい足取りで廊下を歩いた。わがままな姫に振り回されながらも、ニコラスは自身の優しさからティアラを見捨てようとは思わない。だがどうしても上手くいかず、部屋を追い出されたのもこれで百を超えるだろう。姫を正しく導くのも守りびとの役目、自分がどうにかしなければならないのだ。そんなこんなで悩んでいると、ニコラスは無意識に食堂へと足を運んでいた。最近何かあればここへ足を運ぶようになっていた。すると休憩を取っていた騎士達や使用人達から声をかけられ、元気が無い事を心配される。

 その声を有り難く思う反面、自分が情けなく思えてしまうため嫌になる事もある。そんな時、自然と視線を厨房の中へと漂わせてしまう。何も言わず、興味も示してもくれないはずの黒猫の少女の姿を探してしまう。少女に言われた言葉が、あの時の彼女の表情が忘れられなかったのだ。

 しかし彼女はもうここに居ない。何故なら自分が彼女のお願いを聞いたからだ。彼女は何か理由があるのか、別の場所の厨房で働きたいとお願いしてきたのだ。ニコラスは彼女の願いを叶えてやりたいと思うが、それと同じくらい叶えたくないとも思えた。そこは使用人達専用の厨房で、そこへ言ってしまえば、自分はますます行きづらくなり彼女と会える機会が無くなってしまう。

 何度だって自分が会いに来てあげるから移動する事なんてないじゃないか。そんな言葉が口から漏れそうになったが、皆が自分が来れば喜ぶからといって彼女も喜ぶなんて勘違いするほど自惚れてなどいなかったし、彼女の願いを壊してまで自分を優先させるほど傲慢でもなかった。

 そして結局ニコラスはそのお願いを叶えた。メイド長に一番隊の隊長であるニコラスが頭を下げて頼む光景は珍しかっただろう。でもニコラスは後悔などしていないし、寂しさも無くなった。なぜなら、場所を移れると知った時の彼女の表情があまりにも可憐で、他の感情など吹き飛んでしまったからだ。この笑みが見れるなら、どんな願いでも叶えてやりたいと思えたのを覚えている。


 それでも、たまに顔が見たくなるのは仕方のない事だった。


「そうだ、俺が使用人達と同じ飯を食うのは別に変じゃないだろ。 いや、やっぱりおかしいか?」


 ニコラスは心に体を動かさるまま使用人達の食堂の前へと来るが、何度も行ったり来たりを繰り返して周りの使用人達を困惑させていた。王族と食事をする事も珍しくないニコラスが、こんな所に来るのは明らかに不自然だった。


 もし彼女が見ればどんな反応をするだろうか。喜んでくれるだらうか。それとも気味悪がられるだろうか。いや、きっといつもみたいに興味すら持ってくれないだろう。だけどもしかしたらほんの少しだけ興味を持ち始めてくれるかも。


 頭の中で駆け巡る考えが絡まっていき、ニコラスを優柔不断にさせていた。そんなうろちょろしているニコラスのもとに、部下が一人息を荒だてながら駆け寄ってきた。


「隊長、探しましたよ! 何でこんな所に」


「いや、べつに。 それよりどうかしたのか?」


「庭に賊が、八咫烏が出たとの報告が」


「なに? ……わかった。すぐに向かおう」


 ニコラスは侵入者の存在を知ると、表情を一変させて一直線に走り始めた。だが心の中にはほんの少しだけ、小さな妄執(もうしゅう)も混ざっていた。


(ここで頑張って侵入者を捕まえたら、その時は胸を張ってテトに会いに行こう)













 ーーーそして今、ニコラスはそれを達成しようとしていた。ジャッカルをピンチから救い出して八咫烏の肩を貫いてやった。最後の一撃は油断ならぬ何かを感じさせたが、もうこの人数から逃げきる事は出来ないと確信できた。


「囲い込め。 ここで奴を討つ!」


 ニコラスは部下達に命令し、隙間なく八咫烏が吹き飛んでいった場所を囲っていく。既に場内では反対側から騎士達が向かっているが人数の差を生かすためにも狭い通路で戦う事は避けたい。なにより、先ほどの器用な戦い方を見るに屋内ではこちらが不利になる可能性が高いと判断して待つ事にした。


「諦めて出てくるがいい。 逃げ場は何処にもないぞ」


 どう考えても逃げ道はなく、やけになって抗ってこようが負ける事はない。しかしニコラスは油断なく構え、全力で相手を潰すと闘志を燃やす。するとしばらくして、観念したのか崩れた壁の隙間からボロボロになった八咫烏が姿を見せ、ニコラスも覚悟を決めたように剣を握る力を強めた。


 しかし、八咫烏は観念したどころか業を更に深めた最悪の一手に出ていた。


「なっ!!」


 ニコラスは驚きのあまり固く握っていた剣を離しそうになり、驚愕に染まる声をあげた。

 その理由は一つ。八咫烏の腕の中には何度も頭の中によぎった件の少女、テトの姿があったからだ。八咫烏はテトの首に腕を回し、ナイフの破片を突き立てている。


「逃げ場が無いなら作ればいいだけだ。 こいつを殺されたくなければ道を開けろ」


 八咫烏は、テトの猫耳を乱暴に引っ張ると邪悪に満ちた濁声を発して脅しをかけた。彼女は、恐怖に包まれて足をプルプルと震わせながら、目にはじわりと涙を溜めていた。白いエプロンは血で汚れており、もしかしたら逃げられないように体のどこかを刺されたのかもしれない。ニコラスは体内の血糊が逆流しているような感覚に襲われ、急いで部下達に道を開けるように命じた。


 八咫烏は、少女を人質に取って狼狽える騎士達の様子を楽しそうに眺める。













 ーーーーーーーーー

 縄で縛られている子供達は、自分達を迎えに来てくれたノアを見て眩しそうに目を細めた。こんな大勢の王国騎士から救い出してくれる存在が信じられないような顔だった。


 ノアは、人混みの中に作られた一本の道をゆっくりと歩き、口をそっとテトの耳に近づける。


「テト、歩きにくいんだけど。 できればもう少し早く歩いて」


「にゃあ!?」


 俯きながらフラフラと歩いていたテトは、ノアに耳のすぐ側で声をかけられたせいで、毛を逆立てて目を回してしまう。顔を真っ赤に染めて、おぼつかない足取りをするテトの様子を見た周りの騎士達は、人質が刺されたのかと勘違いをして今にも襲いかかってきそうな勢いだった。


「あ、暴れるな。 これ以上暴れるならお前も連れて行くぞ?」


 ノアは、周りに聞かれても大丈夫なように芝居掛かった口調でテトに怒鳴り、その声に反応したテトは怯えるように振り向いた。しかしその反応はノアが想像していたものではなかった。


「え……大人しくしたら、連れてってくれないの?」


「ちょ、テト!?」


 ノアは周りには聞こえない程度に慌てて声をかける。置いていかれる事を恐れる猫のように悲しそうな顔をするテトに、ノアは肝を冷やす。声をかける事自体が非常に怪しまれるが、今のテトは流石に様子がおかしかった。


「……ごめん、なさい。 うぅ、こんな人前で……恥ずかしい」


 テトは自分も行くと言ったが、それは一緒に戦うという意味だった。だがその言葉を違う受け取り方をしたノアは、自分を人質にするやり方に出た。役に立てるならどんなことでも構わないし、実際にこの作戦の効果は絶大だった。なにより一番隊隊長の命令が一番の決め手で、想像以上にうまくいっていた。

 しかし問題があったとすれば、それはテト自身にあった。テトは心の準備が出来ておらず、わけもわからないうちにノアの腕の中にいた。あんな人前で耳を無遠慮に触られただけでなく、今も大勢の視線の中心で密着し続けているのだ。幸せを感じたのもつかの間、今は顔から火が出そうなほど恥ずかしく、こんな状態でちゃんと歩けというほうが無理なのだ。ノアと密着状態を維持したいからという理由で遅く歩いているわけでは決してないのだ。いつもなら思いつきそうな事だが、今はそんなことを考える余裕すらなかった。


「耳は……は、離して」


「ああ、ごめん。 演技とはいえやりすぎた。 痛かった?」


 ノアが手を離すと、テトは耳をぴこぴこと動かして息を整えるように深呼吸を始めた。痛くないように加減したが、思っていた以上にテトの耳は敏感だった。


 ノアは、テトの様子に眉をひそめるもなんとか子供達の所まで辿り着き縄をナイフで解いた。


「自分で歩けるね?」


「は、はい」


 子供達は緊張気味に頷いてはいたが、しっかりとノアの後ろについてきてくれたため何とか抜け出す事が出来そうだ。

 だが、手の平に付着していた血がゆっくりと動きだした事に気づき、ノアは顔を僅かに顰めた。その血は文字の形に変化してある事を表し始めた。それはメアリィの能力だ。メアリィはノアとテトの繋がりを知っているため予め説明していた。というより、説明しておかないと彼女なら無意識に秘密を暴露してしまいそうだったのだ。

 そして説明したからにはメアリィにも使われてもらおうと、騎士達に混ざり異変があれば伝えるように伝えていたのだ。今手の平にある血は『罠』という文字。騎士達は従っているように見えるが、隠れて何かをしようとしているのだろう。普段なら空気を読まずにこの場でノアの名前を呼ぶくらいの事をしそうなメアリィだったが、あの宴会の事件以来はすっかり大人しくなり非常に優秀な部下になっていた。


「おい! 余計な真似はするなよ? バレないとでも思っているのか? 早く門を開け。追手が来ない事が確認出来れば人質も返すさ」


 詳しい事はわからないが、かまをかけるように叫ぶと、騎士達は自分達の企みが筒抜けであった事に驚く。その中心でニコラスは怒りで顔を歪め、血が出るほど拳を握りこんだ。


 開かれる門。その中へと消えて行く救い出せなかった少女の横顔。ニコラスはノアをただただ睨み続け、抑えきれない怒りで唇を噛み切った。胸を掻き毟り、目の中で殺意の波を作り出す。


「……許さない。絶対に許しはしない!俺がお前を捕まえてみせる。一番隊隊長として、必ずだ! 覚えておけよ! 八咫烏‼︎」


 ニコラスは咆哮とともに怒りに満ちる殺意を放つ。その言葉だけで人一人殺せそうなほど圧縮された殺意は、ビリビリと周りの騎士達の皮膚を刺激した。

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