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成れ果ての不死鳥の成り上がり・苦難の道を歩み最強になるまでの物語  作者: ネクロマンシー
第3章 妨害し続ける身分
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第103話 這い寄るもの

 アリスは自我が芽生えた頃から剣を振るノアをずっと見てきた。真似して木の棒で素振りをした事もあったが到底面白いものとは思えず、すぐに辞めてしまう。そんなにもつまらない事を何故、何日も何日も繰り返すのか。そんな疑問を素直にノアへぶつけると、少し考え込むように首を傾けた。


「アリスは何か困った事があったらどうする?」


「にぃをよぶ!」


 元気よく即答されたノアは苦笑するが、疑問に答えるために更に笑みを濁した。


「はは、でも僕が居なかったら? 」


 アリスは、ノアが居なくなる事を想像したのか悲しそうに眉を下げた。もはや最初の疑問などアリスの頭の中からは消え、ただ悲しい想像の中に取り込まれてしまった。しかしそれに気づかないノアは答えを吐き出す。


「頼れる人が居なかったら?頼れる人が奪われたら?」


 ノアの言葉が熱を帯び、何かの鎖を絡ませ始めアリスは困惑する。


「わ、わかんないよ」


「奪われたら奪い返すしかないんだ。この世界は奪われた奴が悪い。 奪い、奪われ、奪い返すを繰り返されて、それでも最後に笑えるため。 ……それが僕の剣を振る理由かな」


 言い終える頃には、ノアの顔にいつも通りの笑みが戻っていた事に安堵する。しかしアリスは何か漠然とした恐怖を覚え、ノアの裾をぎゅっと掴んだ。今日もノアが任務に行くことはわかっている。それは嫌だけど我慢出来る。だけどいつか、いつの日かノアが遠くに行ってしまいそうで、帰ってこなくなってしまうようで、アリスはそれが怖くて仕方なかった。

 














「ぐぉえっ!」


 ロキは盛大にお腹の中の物を吐き出しながら地を舐めた。


「一度避けられたからって安心したらダメだよ。戦いは常に相手の次の行動をどこまで予測できるかで決まるからね」


 口調や表情は穏やかなものの、蹴りの威力は申し分なく、ロキは容易に吹き飛ばされる。

 今ノアは、ロキの稽古をつけていた。そしてノアのやり方は恐ろしいほど厳しかった。加減はしているとはいえ、問答無用で痛みを与えた。稽古のやり方はバッカスの影響なのだが、そのやり方は下界に住む者のやり方で、中央街生まれのロキからすれば地獄のようだった。涙目になり、何度も腹の中をぶちまけそうになる。しかしそれでも、ロキは弱音を吐かなかった。


「今日はここまでにしようか」


「はぃ、ありがどぉございまぶ」


 ボロボロになっていたロキは、その言葉を聞いて崩れ落ち吐き気を堪える。

 稽古が終わると、アリスの昼飯を作らなければならないため、ロキを食堂へ誘ったのだが食欲が湧かないと断られてしまった。きっと沢山動いたためだろうと、ノアは一人で食堂へ向かう。

 すると何故かテトが入り口に立っていた。ここは使用人達が使う食堂で、テトの担当する所では無いはずなのだが、どういうわけか今日から持ち場が変わったという。そして何より、テトの頭に視線がいってしまう。


「その髪どうしたの?すごい乱れようだけど」


 テトの髪があちこちに跳ねているのを指摘すると、テトはカッと赤くなって下を向いた。


「これは……その」


「ちょっとじっとしてて」


 何かを言い淀むテトの頭を押さえて、テトは髪の毛を指ですいてやる。毎日アリスの髪を整え続けたノアは、寝癖を直す技量には自信があった。

 しかし、それは寝癖ではなくテレサの仕業であった。















 ーーーーーーーーーーーーー

 テトは、ニコラスに頼んで持ち場を変えてもらってここに来た。ニコラスは凄く難しそうな表情をしていたが、やはり一番隊の隊長という立場は融通が利くようで、ニコラスの一言ですんなりとノアの居る場所へと移れた。そして厨房に入りノアを待っていると、うさ耳の少女が気さくに話しかけてきたのだ。


「へぇ、わざわざその人の為に来たの?」


「……うん」


「それってノアさん?」


「え⁉︎ ………ち、違う」


「ははは、やっぱりノアさんなんだぁ」


 ノアの事は一つも話したいないにもかかわらず、テレサにずばりと当てられ、テトは狼狽する。だが使用人の間ではノアの人気はかなり高く、使用人の一人であるテトが言う気になる人物にノアの名前が出るのはなんら自然な事だった。


「ノア、人気?」


「ええ、そうね。彼、かっこいいし優しいからかしら。最初は話しかけてたのは私くらいだったのに、皆んな調子いいものだから」


 少しむっとしてしまうが、ノアが人気で褒められるのも悪い気がしなかった。そんな時、テトは馴染みのある足音を聞きつけて耳を立てた。足音だけで誰かわかる耳の良さにテレサは驚いてはいたが、テトはノア以外の足音は区別はつかないため、別に獣族の中でも特別に耳が良いわけでもなかった。

 テトは自分の身なりが気になり出し、スカートの裾を伸ばし始めた。よく磨かれた銀色のお盆に顔を映し、ちょんちょんと髪を整え始めたテトを、テレサは鼻で笑った。


「ふっ、あまいよテトちゃん。アプローチのやり方があまあまだよ」


「あっ」


 テレサは自信満々な笑みを浮かべると、テトの髪をわしゃわしゃと乱暴に乱し始めた。テトも容姿を気にする性格では無かったが、ノアの前ではちゃんとしていたかったため髪をぐちゃぐちゃにしたテレサを睨んだ。


「まぁまぁ、いいからいいから。 男ってのはそういう細かい所には気づかないもんなの。 そしてノアさんの性格上、これが一番ベスト!」


 テレサに背中を押されて入り口まで来たテトは、丁度鉢合わせたノアに見つめられ無意識に息を止めた。


「その髪どうしたの? すごい乱れようだけど」


 ノアに呆れ笑いを向けられ、髪の乱れの事を指摘されると顔から火が出たように熱くなった。テレサに弄ばれた、そう怒りを覚えたのもつかの間。ノアの指が髪の間を通り抜けてより近くに感じられた。顔をあげようとすると、頭を抑えられそのまま頭を指でなぞられる。テトはその感覚に驚き、視線をテレサのほうへ向けると、彼女は親指を立てて片目をつぶっていた。テトは髪をすいて貰うためにわざと髪を崩すテクを教えてくれたテレサを尊敬し、思う存分この時間を楽しむように目を細めた。


「こんにちは。 アリスちゃんのお昼ご飯ですか?」


 何も知らない風に話に加わるテレサは、こっそりとテトに向かって胸を張っていた。


「はい。今日も厨房、借りますね」


「あ!そういえば、今日の夜に招宴があるそうですよ 」


 大きな任務が終えると、ここでは宴会が開かれるのだと言う。しかしノアは今回の任務では何もしておらず、ただ地下で転がっていたため顔を出す気にもなれなかった。


「えーっ、行こうよ!宴会、楽しそうじゃん!」


 宴会の話をしていると、後ろからひょっこりとメアリィが現れた。彼女は宴会という言葉に目を輝かせ、その後いつも通りノアの首元に噛み付いた。


「え〜、メアリィだけでも行ってきなよ」


「いいじゃん、別に! ノアもいた方が楽しいし!」


 テトは尾をピンと立てて言葉を失う。メアリィが流れるような動きで噛み付いた事もそうだが、ノアの反応があまりにも薄い事に驚いたのだ。ノアからすれば、昼飯の時間にメアリィが血を吸いに来る事は当たり前になっていたが、テトにとっては違うのだ。

 吸血鬼だからといってノアの首に口をつけていい理由にはならない。


「むぅ〜」


「テト、いきなりどうしたの」


「……猫には爪研ぎ、必要」


 にんまりと笑みを浮かべるメアリィを睨みつけながら、テトはひたすらノアのお腹を爪で引っ掻く。そしてノアが行くなら自分もと、宴会に行く事を決意した。

 首を力強く噛まれ、腹を何度も引っ掛かれているノアを、少し離れているテレサはケラケラと笑う。


 テトはこの時はまだ、自分に襲いかかってくる影の存在に気づいてはいなかった。

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