第101話 妬ましい立場
門が開き大勢の騎士達が帰還する。その後ろには反逆者達が繋がれて歩かされていた。大人数のぶつかり合いをしたにもかかわらず怪我人は出ていないらしく、それは一人の騎士隊長の功績に違いなかった。
「今日の隊長、一段と凄かったな」
「俺なんてまだ鳥肌がおさまらないよ」
一番隊の部下達は隊長であるニコラスに羨望の眼差しを向けた。今回の任務で相手の戦力は百を超えるものだったが、その半数以上をニコラスは一人で制圧してみせた。その奮闘するニコラスの姿はまさに鬼神の如く凄まじかった。
「それに比べ、あの罪人見たか? 一人だけ罠にはまって地下で倒れてたらしいぞ?」
「はは、流石だな」
地下にも潜んでいた反逆者達を捕縛していくうちに、ニコラスは地面に倒れていたノアを発見して地上へ連れて帰ったという。一人も倒していないノアは役立たず以外の何者でもなく、騎士達は嗤った。
「やっぱり俺達の隊長は英雄だな」
騎士達は誇らしげにニコラスを見つめ、ニコラスもまた自信にみなぎっていた。
今日の戦いで死者を一人も出さず、ただ力を見せつけた。そしていつの日か劣等感を覚えさせられた相手が地下で倒れていたのを見つけるも、冷ややかな笑みを向けながらも見捨てずに救出したことで、器が違うことを再確認できた気分だった。今までの自分とは何かが違うとニコラスは思えた。
使用人や今回派遣されていない騎士達が出迎え、ニコラス達の帰還を大いに歓迎する。使用人の少女達がニコラスを見て声援を送り、手を振ってくれたためニコラスも笑って手を振り返した。するとその中で、キョロキョロと辺りを見回して一段と目を惹く少女の姿が見えた。
「やぁ、テト。 戻ったよ」
ニコラスは少し照れ臭そうにテトに歩み寄った。他の使用人達は、ニコラスが近づいて来た事に驚いているが名前を呼ばれた本人の反応は薄く、きょとんとした表情で瞬きを繰り返すだけだった。
「俺さ、君に言われてから頑張ったんだ。あの日から毎日修行も積み直してさ。 そしたら自信もついてきたんだ。 これも君のおかげだよ」
ニコラスは晴れ晴れとした自分を作れるきっかけをくれたテトに感謝する。しかしテトは興味をあまり持っていない様子で首を傾げるだけだった。
「……そう。 よかったね」
「あはは、冷めてるな〜。 じゃあまたな」
ニコラスはそんなテトに苦笑し、隊長である自分が入り口で長時間足を止めているわけにもいかないので名残惜しくも足を進め始めた。
周りの人達とは明らかに違う反応、それは興味を持たれていないとしても特別な物には違いなく、少し話しただけでもニコラスの心を躍らせていた。
ニコラスの姿が見えなくなった頃、同僚の少女達がテトに凄い剣幕で質問攻めを始めた。テトがニコラスを狙っていると思ったからだ。だがそれはすぐに間違いだと理解する。何故ならテトが今初めて、ニコラスが一番隊を率いている隊長であることを知った様子であったうえに、次にテトが起こした行動がそれを物語っていた。
「……あ」
テトは耳をぴこんっと立たせて同僚から視線を外して騎士達の最後尾を見つめた。同僚達は、見たこともないほのかな笑みを添えたテトに目が点となる。
しかし、微かに咲いたテトの微笑みは一瞬で幻のように消失した。それはノアの首元に口をつけている吸血鬼が原因だった。
「ねぇ、ほんとに大丈夫? 私すっごい心配したんだからね!」
「心配してくれてるなら離れてくれないかな」
「別にいいじゃん!牙立ててないんだし」
メアリィをずるずると引きずりながらここまで歩いてきたため、元からあった疲労感が更に溜まっている気がした。首から垂れてきた涎には笑みが引き攣るも、メアリィを引き剥がす体力は今はない。
そこに、一人の黒猫が歩み寄った。
「あ、テト。ただい……」
ノアは、テトに気づき声をかけようとしたが、その表情にただならぬ何かを感じて口を塞いだ。否、塞がされた。テトは猫目の瞳孔を更に細めて尾を逆立たせ、圧力を放つように威嚇しているのだ。ついには、その小さな手に紫色の霧が集まり始めたほどだ。
「ひっ!…」
「ちょ、ちょっと待って。 メアリィは敵じゃないから」
殺気を漏らすテトをノアは慌てて止めようとする。メアリィは縮こまりノアの背後に身を隠すが、それを見たテトは更に殺気を強める。テトが最後に見た時、メアリィは明らかにノアの敵だったし現に攻撃をしてきていたため、その反応も仕方ないといえば仕方ない。
けれど、今のテトにはノアでさえも何故か震えるほど怖かった。
「メアリィ?」
「そ、そう。 今は僕の部下ってことになってるから」
「……ふぅん」
テトは頰を膨らませて納得のいかない様子だったが、毒霧は散らしてくれたようだ。しかし余計な事を言うのがメアリィという名の少女だ。ノアが庇ってくれた事で調子に乗ったのか、それとも前回テトにやられたことを根に持っていたのか、メアリィはニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「そーだよ、ノアは私のご主人様だもん。 押し倒しされて僕のものになれって言われちゃったもんね! 」
メアリィは艶めかしく舌舐めずりを行い、ノアの背後から腰に腕を回す。
「……ノアが、ご主人様?……ものになれ?………言われたことない」
よく見れば、メアリィが着ている服には見覚えもあり、匂いも知っているもの。しかしそれは当然。メアリィはノアから服を貰ったのだから。
わなわなと震えるテトに、ノアは背中に冷たい汗が伝うのを感じて思わずメアリィを前へ差し出した。
「えっ?ちょ、ノア!?」
「お前は本当に学習しないな。 あれだけ変な事を言うなって言ってるだろ」
「や!まってまってまってえぇぇぇぁぁぁあ」
テトは物凄い速度でメアリィの首を掴み、遥か彼方へ連れて行かれた。その様子をノアとロキは青ざめながら見送った。
テトは人の少ない場所まで行くと、メアリィの首から手を離した。今から処刑される覚悟が決まってないメアリィは、ぺたりと尻もちをついて首を何度も横に振る。
「嘘です!うそうそうそ!」
「……黙って」
「はい!」
メアリィを見下ろしたテトは何度も深呼吸を繰り返す。メアリィが嫉ましいのは事実で、実際に一発殴ってやりたい気分でもある。だが、テトはそのためにメアリィをここに連れてきたわけじゃなかった。
「………お願い」
「え?」
いきなり頭を下げるテト。予想もしていなかった行動に、メアリィは呆然と口を開けていた。
「ノアを、お願い。 側にいるあなたしかできない。 どうかノアを守って」
テトは、さっきノアの顔を見て呪いがまた一段とノアの心を蝕んでいることに気づいた。ノアの願いを叶えるために、そしてノアを壊れさせないために、テトはメアリィに懇願した。その目には薄っすらと涙を抱えていたほどだ。
その願いの強さはメアリィにもしっかりと届く。
「……わかった。 大丈夫だよ、ノアは私が守るよ!」
メアリィも真面目に、そしてあえて明るく答える。
呪いがどれだけ人を狂わすか、それは呪い持ちであるメアリィもよく知っていた。メアリィの呪いは『純血』。 人の血が欲しくて欲しくて堪らなくなり、目の前が真っ赤に染まっていくのを日に日に感じる日常だった。我を忘れ、ただの獣になっていく日常だった。だが今はノアのおかげでそれは『満たされた』のだ。だからその恩もメアリィは忘れてはいないし、何よりメアリィは血だけではなく、ちゃんとノア自身も好きなのだ。今回ノアの様子が少しおかしかったことも、メアリィは気づいていた。
「……そう。ありがと、あとノアからもう少し離れて」
「それは嫌。 守るためには密着する必要があるし、それに私はノアの奴隷だもん!」
「ノアの、奴隷?……だめ」
ノアを守るという同じ決意をした二人だが、親密な関係になる事はなく、二人は凍える雪が舞う通路よりも冷たい目で睨みあっていた。




