51.信じるかな?
ベッドに寝ている魔界王ボル……少し前に思い出したのに、忘れてしまった。
彼は身長が高く、やせてしまっているがそれでもいい体格をしている。
若い頃は、そこにいるだけで存在感がかなりあっただろう。
顔には深い皺が刻まれていて、髪も眉も真っ白だ。
力を無理やり奪われたからなのか、それとも老いからなのか分からないが、顔色はかなり悪い。
「んっ?」
薄らと目を開けたボル魔界王。
周りを窺うと、少しほっとした表情を見せた。
そして俺を見ると、ほんの少し頭を下げる仕草をした。
「初めまして。あなたが、彼等の言う主様ですね。助けて頂きありがとうございます」
掠れている声が耳に届く。
彼等ってサブリーダーやアリ達の事かな?
「はい。初めましてボル、チャスリ魔界王」
よしっ、つっかえたけど言えた。
あっ、様を付けた方が良かったかな?
でも、これから親しくなっていくには、様とか必要ないよな。
「様は必要ないですよ。翔と言います。よろしくお願いします」
魔界を引っ張って来た凄い魔神だ。
尊敬の意を表す「様」を付けるべきかもしれないけど、なんとなく壁を感じるからな。
ここでは、身分を気にせずただの魔神として過ごして欲しい。
あっ、それなら魔界王と呼ぶのも変えた方がいいか。
「翔ですか、それなら私の事はボルチャスリでお願いします。……いえ、ボルでお願いします」
「ボルですか?」
俺としては呼びやすいから嬉しいけど、いいのか?
「えぇ。遥か昔、呼ばれていた名前です」
遥か昔か。
もしかしたら、魔界王となる前に呼ばれていた名前なのかもしれないな。
「分かりました。ボル」
「ありがとうございます。翔」
話し疲れたのか、小さく息を吐くボル。
今日は、ここまでにした方がいいだろうか?
これからの事を、少し話したかったんだが。
「翔。1つお願いがあるのですがいいでしょうか?」
「なんでしょうか?」
ボルの願い?
「魔界に私が魔界王だった時の腹心がいます。彼に生きているという事を伝えて欲しいのです。そして魔界を頼むと言っていると」
腹心?
もしかしてゴルア魔神の事かな?
「伝えたい相手の名前は?」
「ゴルア魔神です。彼はきっと私を心配しているでしょう。元気だと伝えれば、きっと安心すると思うのです」
今のボルを元気だとは言えないけど、ゴルア魔神を安心させるためだろうな。
伝える事は既に予定に入っているから問題はない。
ただ、伝えるだけでゴルア魔神は納得するだろうか?
サブリーダーと話していた時も思ったけど、初めて接触してきた相手の言葉を信じるだろうか?
今の魔界は、かなり不安定だ。
信じるには、かなり勇気が必要だと思う。
そうなると、接触してきた相手を攻撃する可能性の方が高い気がする。
さて、どうしたものかな?
一番いいのは、ゴルア魔神がここに来ることだよな。
自分の目で確かめた方が、絶対に安心できるだろうから。
でもこれにも問題がある。
信用できない者に付いてくるか。
無理だな。
いや、ゴルア魔神の性格にもよるか。
凄く寛大な人物だったら?
「ゴルア魔神は、初めて会った者の言葉を信じますか?」
「……無理ですね」
あ~、やっぱり。
「失礼します。それでしたら動画撮影をした物を、見せるのはどうでしょう?」
えっ?
動画撮影?
この世界に、そんな機能の付いた道具は無かったよな?
リーダーを見ると、俺を見て頷いた。
もしかして、作ったのか?
「『どうがさつえい』とは、何ですか?」
ボルの言葉にリーダーが少し胸を張ったのが分かった。
「動く画像と言って、動いているボルチャスリ殿をそのまま記録する事が出来るんです。我々の仲間が、動画撮影が出来る道具の製作に成功しました。その道具で元気になったボルチャスリ殿を撮り、ゴルア魔神に見せるのはどうでしょうか?」
やっぱりセブンティーンかナインティーンが、作ったみたいだな。
さすがだな。
「そんな事が出来る道具があるんですね。魔界は色々遅れているので、知りませんでした」
ボルの言葉に、傍にいたサブリーダーを見ると頷いた。
本当に遅れているのか。
あとで、詳しく話を聞こう。
「その『どうがさつえい』は、すぐに出来るんですか?」
「出来ますが、今日は止めておきましょう」
リーダーの言葉にボルが首を傾げる。
「ボルチャスリ殿の体調が、もう少し良くなってからの方がいいでしょう。そうじゃないと、余計に心配をかける事になります」
リーダーの言葉に、ボルが苦笑したのが分かった。
「そんなに不調に見えますか?」
それはもうかなり。
「「「はい」」」
あっ、皆も同じ気持ちだったんだな。
「ははっ。そのようですね」
同時に返事をした俺達に少し驚いたあと、楽しそうに笑ったボル。
笑っている彼を見て、俺も少し笑ってしまう。
「分かりました。もう少し体調をよくしたら、『どうがさつえい』と言う物をお願いします」
「了解いたしました。では、体調がよくなるためにも、もうお休みください」
そうだな。
話して疲れたのだろう。
起きた時より、顔色が悪くなっている。
「起きたら美味しいスープでも持ってきます」
「ありがとう。君たちが作るスープは美味しくて好きなんだ」
その言葉を最後に、スッと眠りに就くボル。
「しばらく起きそうにないですね」
リーダーの言葉にサブリーダーが頷く。
「ここ数日は、2日に1度は目を覚まします。ですが、移動で疲れたでしょうから今回はいつ頃目が覚めるか分かりません」
「では、いつ目が覚めても良いように準備をします。蜘蛛達は、ボルチャスリ殿が起きたらすぐに連絡してください」
リーダーが、頭上に声を掛ける。
見ると、複数の孫蜘蛛達が、片手を左右に振っていた。
「頼もしい存在だな」
俺の言葉が聞こえたのだろう、左右に振る速度が上がる。
そんなにスピードを上げて振らなくてもいいのに。
「……主」
リーダーの声に視線を向けると、ジッと俺を見つめる視線にちょっと驚く。
「どうしたんだ?」
何か訴えるような視線だけど、なんだ?
いったい何を求められているんだ?
「私は、どうですか?」
……えっと、「どうですか?」とは?
「リーダーも頼もしいですよね」
サブリーダーの言葉に頷く。
「もちろん。リーダーが家や森を守ってくれるから、俺は自由に動き回る事が出来るんだ。リーダーがいなかったらと考えると恐ろしいよ」
いや、本当に。
リーダーがいなかったらなんて考えたくもないからな。
「そうなんですね! 分かりました。これからも頑張ります」
「おう。宜しく」
急に元気になったな。
「頼もしい」と言う言葉に、何か理由があるのか?
リーダーを見る。
ボルの布団を直す後姿からも分かるぐらい、機嫌がいいようだ。
たぶん、俺が「頼もしい」と言ったからだよな?
最近、お礼の言葉が少なかった……とか?
それなら気を付けないと駄目だな。
しっかりと、声に出して気持ちを伝えないと。
言わなくても分かってくれるというのは、俺の身勝手な考えだからな。
言葉にする事は大切だ。
―ボルチャスリ視点―
ふと目が覚める。
周りを見ると、主……翔の守る世界だと分かった。
その事に、体から力が抜ける。
そうだ、牢の中からは助け出されたのだった。
「あれ?」
そっとお腹に手を置く。
「力が戻って来ているのですか?」
魔神力を無理矢理に奪われたせいなのか、魔界にいた時は全く回復されていなかった。
それが、まだ通常よりは遅いが、回復してきている。
もう、諦めていたのにまさか回復するとは。
「んっ?」
何かの視線に気付いて視線を向けると、複数の目を持つ存在が沢山いた。
ちょっと驚いたが、敵意は無くただジッと私の様子を窺っているのが分かりました。
「君たちは誰ですか?」
私の言葉が聞こえたのか、前脚を左右に振ったのが見えました。
話は理解出来るけど、話す事は出来ないのかもしれませんね。
それにしても、ここは不思議な場所ですね。
馴染みのある魔神力と闇の魔力を感じる。
そしてその2つの力に、優しく包まれているように感じてしまうのです。
知っているのに、知らない力。
「不思議です」
まだ体が睡眠を欲しているようです。
もう少しだけ、眠りましょう。




