30.エントール国国王 エスマルイート王
-エントール国 エスマルイート王視点-
手の中の紙を見る。
エントール国では見た事もない、白く滑らかな上質な紙。
そこに書かれた「招待」という文字をなぞる。
2日前、招待状が届いた。
書かれていた内容を簡単に言うと「親交を深めるために、一緒にお食事でもどうですか?」というものだった。
指定した場所は、エントール国で有名な老舗料亭。
予約するのが大変だと言われている店だ。
そして、招待者は獣人のウサ殿。
彼女は、森の神が大切にしている獣人の1人だ。
その招待状を届けたのは、森の神が作ったゴーレム。
最初はリーダー殿かと思ったが、別のゴーレムだった。
名前はオル。
エントール国担当だと教えてくれた。
担当という言葉にちょっと疑問を持ったが、何も聞かなかった。
ただ表情に出てしまったのだろう。
「エントール国の者が、森で問題を起こした時に速やかに解決する者です」と教えてくれた。
「分かった」と答えたが、きっとそれだけでは無いだろう。
すぐにお礼の手紙を書き、オル殿に渡した。
森の神が大切にしている存在からの招待を、断るような愚かな事はしない。
招待された中に、我が娘エリトティールがいた。
彼女は国に被害を及ぼす存在には、どこまでも冷淡な判断を下す事が出来る。
次期国王となるエストカルトは人の心を掴むのが上手いが、少し弱い面がある。
それをフォローしているのがエリトティールだ。
なぜエリトティールが呼ばれたのか。
少し怖いと感じてしまったのが、正直な気持ちだ。
ただ期待もした。
もしかしたら、エルマスを宰相に出来るのではないかと。
少し前、森の神が主催した「運動会」という行事に参加させてもらった。
その時に現宰相に問題がある事や、信用できる者が少ない事を愚痴ってしまった。
ただその結果、森の神からリーダー殿をお借りする事が出来た。
一緒にエントール国に戻って来たが、リーダー殿は「エルマスを宰相にする準備をしてきます」という言葉を残して、姿を見せなくなってしまった。
姿が見えなくなって1週間。
そろそろ心配になって来た頃に届いた招待状。
期待するのもしょうがないだろう。
「ここですね」
第1騎士団団長ガルファの案内で、指定された店の前に来た。
この周辺は高級店が多く、限られた者しか来ることはない。
馬車から降りると、一度大きく深呼吸をして店の中に入る。
店の者が、すぐに部屋へと案内してくれた。
今日の朝、第4騎士団団長が自ら報告書を持ってきた。
その内容は、大商人と言われる者による様々な犯罪だった。
第4騎士団は、元は傭兵団だ。
俺が王になった時に騎士団へと勧誘した。
国民の問題を主に扱い、小さな問題の場合は報告義務がない。
ただ、周りに影響のある問題だけは、報告するようにした。
他の騎士団は俺の直轄だが、第4騎士団は俺の指示なく自由に動くことが出来る特殊な存在だ。
自由に動けるため横暴な組織にならないか心配したが、今のところ問題は起きていない。
他の騎士団から交流目的で団員を送っているのも、監視役となっているのだろう。
報告書の内容を読み、ため息が出た。
どうやら大商人が力にものを言わせ、好き勝手していたようだ。
目に付いたのが、関係者に指示を出し特定の人物達に借金を負わせていた事だ。
方法を読んだが、かなりあくどい。
問題の大商人の血筋を見て、もう一度ため息がこぼれた。
その大商人は、ある男爵家当主の弟だった。
その男爵家は、現宰相が当主をしているコタルギ伯爵の血縁者が嫁いだ家だ。
報告書と一緒に渡された、関係者の相関図を見る。
コタルギ伯爵家前当主の子供の多さに、そしてその子供達に現在行っている所業に怒りで震えた。
この問題の解決を第4騎士団に任せたのは、リーダー殿だろうな。
なぜなら、第4騎士団の前団長が少し前の大粛清で捕まったから。
その団長のせいで、第4騎士団は国民からの支持が下がっていたのだ。
今回の事件をきっかけに、また国民からの支持が集まるはずだ。
報告書を見て少し首を傾げる。
男爵家の事は詳しく調べているのに、コタルギ伯爵については全く調べていない。
そっと第4騎士団団長を窺う。
ジッと俺の事を見ているだけで、話しだす様子はない。
つまり、コタルギ伯爵は調べないという事だ。
少し前の大粛清で、多くの貴族が消えた。
これ以上は、国の運営に影響が出る事をリーダーは知っているのだろう。
「本日中に全ての関係者を捕まえます」と言う、第4騎士団の言葉に頷く。
大商人と全ての関係者の逮捕と言った以上、かなり大騒ぎになるだろう。
関係者の中に、大商人が支援し有名になった者が多く含まれていたから。
もしかして、大騒ぎになる事が目的だろうか?
だが大騒ぎになったとしても、エルマスを宰相には出来ない。
リーダーは、どうするつもりなのか。
「このお部屋です」
朝方の事を思い出していると、部屋に着いたようだ。
案内した者が扉を開けると、娘のエリトティールの姿が見えた。
そしてその前には、ウサ殿の姿も。
「申し訳ない、待たせてしまっただろうか?」
まさか最後に来てしまうとは。
「いえ、私が早く来過ぎたのです。どうぞ座って下さい」
ウサ殿の正面、エリトティールの隣に座り軽く頭を下げる。
「お久しぶりです」
「お久しぶりです。運動会ぶりですね」
俺の護衛として第1騎士団団長ガルファが室内にいるが、ウサ殿が気にした様子はない。
それにホッとする。
もしかしたら機嫌を損ねてしまうかと、少し不安だったのだ。
「エスマルイート王は、何か食べられない物がありますか? 既にこの店のお薦めを頼んでしまったのですが」
「いえ、大丈夫です」
どんな話が始まるのかドキドキする。
だが、エリトティールがエントール国について話すだけで、ウサ殿からは何もない。
それに首を傾げる。
「お待たせいたしました」
食事が運ばれて目の前に並ぶ。
その数は4人前。
「ガルファ団長、こちらにどうぞ」
「「えっ?」」
ウサ殿が隣の席を薦めるので、驚いてしまう。
ガルファも固まっている。
「大丈夫ですよ。この部屋には私が結界を張っているので、エスマルイート王が襲われる事は絶対にありません」
そんな強力な結界をいつ張ったんだ?
周りの魔力を探るが、全く分からない。
さすがだな。
「ガルファ」
名を呼ぶと、恐縮しながらウサ殿の隣に座った。
たぶん、ガルファは緊張で味が分からないだろうな。
食事を進めていると、部屋の外が少し騒がしくなる。
チラッと扉を見る。
どうやら、近くの部屋で何か問題が起こったようだ。
ウサ殿に視線を向ける。
外の騒ぎを気にする事なく、楽しそうに食事を続けている。
「行ってきましょうか?」
ガルファの言葉に頷く。
「気にせずに、食事を続けましょう」
「えっ?」
ガルファが動き出す前に、ウサ殿が止める。
そして俺を見て、にこりと笑った。
もしかして、あの騒ぎの原因を知っているのか?
「……隣には誰が?」
「コタルギ伯爵家当主、並びに一族ですね。今日は15組もの婚約が決まったお祝いだそうです」
ウサ殿は、第4騎士団が動いている事を知っているんだな。
彼らが動いたという事は、婚約の祝いなど出来るはずがない。
「ゆっくり食事を楽しみましょう」
ウサ殿の言葉で、食事を再開する。
その間も、部屋の外はどんどん騒がしくなっていく。
「さて、食事も終わりましたし、少し注意しに行きましょうか」
ウサ殿の言葉に、苦笑してしまう。
今日は話があるわけでは無く、この場に俺を呼ぶことが目的だったようだ。
「事前に説明して頂ければ、嬉しいです」
俺の言葉に、苦笑したウサ殿。
「リーダーに言っておきます。私も今日の朝、ここで食事をするように言われたんですよ。まぁ、やるべき事は聞きましたが。知らないとは思いませんでした」
ウサ殿の言葉に驚いてしまう。
まさかウサ殿も、今朝知らされていたとは。
扉を開け廊下に出ると、騒がしかった部屋から誰かが飛び出して来た。
その姿を見て、笑みを浮かべた。
「やぁ」
俺の出現に固まる現宰相を見て、笑みが深くなる。
それを見たウサ殿が、ニコリと頷いた。
「コタルギ伯爵家当主様。こちらをどうぞ」
ウサ殿が紙を差し出す。
それを震える手で取った現宰相。
「では、帰りましょうか。そうだ、お店によって下さい」
ウサ殿の言葉に首を傾げなら、彼女の後に続く。
そっと後ろを見ると、内容を読んで膝から崩れ落ちる奴の姿が目に入った。
「なんのお店ですか?」
「あれ?」
「あっ、言い忘れてた」
ウサ殿の不思議そうな表情と、エリトティールの言葉に眉間に皺が寄る。
何を言い忘れていたんだ?
「ヒカル殿が代表のお店が、エントール国にオープンしたんだった」
エリトティールの言葉に、額を押さえる。
それは忘れていい事ではないだろう。




