106.ドン、ドン、ドン。
「おはよう」
日課となっている、核周辺にある呪いの浄化。
最近は、呪詛と言っていいのか分からない言葉達に迎えられる。
とはいえ、まだ2割ぐらいは呪詛だけど。
あの、変な叫び声をあげて消えた翌日から、彼らの言葉が凄い勢いで変わっていった。
時々、返事をくれるようにもなった。
たまたまではないと……思う。
「元気か~」
「元気だよね」
「雨がふるふる、ふふふふっ」
うん、雨は返事ではないな。
「今日も快晴だよ。雨は、そういえばここ数日は降ってないな」
「今日はあれだね」
あれとは?
「……またね」
えっ、あれって何?
「ははっ。またな」
「雪は甘いんだよ。尻尾が伸びた」
ん~、これはどう返せばいいんだろう?
「みぞっこ、ぐぅ」
「かっわいい子だね。ととんちゃん」
おっ、名前が出た。
ととんちゃん?
内容から、この声の子供か知り合いの子供かな。
「今日はやるったら、やる!」
あれ?
この言葉は昨日も聞いたような気がするな。
「皆、そろそろ浄化を始めるぞ」
聞いているとずっと聞き続ける事になるからな。
悪いけど、これぐらいで終わりにしよう。
『おはよう。ありがとう』
あっ、この頭に響く声は。
「おはよう。今日も宜しくな」
『こちらこそ』
この声だけは、不思議な聞こえ方をするんだよな。
脳からと耳からどちらからも聞こえるというか、つかみどころが無いというか。
まぁ、普通に会話が出来るので嬉しい存在になっているけど。
そういえば、今日は若い男性の声だったな。
昨日は、女性の声だった。
不思議な事に、性別や声のトーンが異なるのに俺の中で「同じ人物」と言う認識なんだよな。
のろくろちゃんには、色々な存在を感じるのに。
「さて、始めるか」
最近の浄化は少し俺の中で変化した。
彼らを苦しみから解放してあげたいという気持ちは変わらない。
前より強く思うようになったぐらいだ。
それにプラスして、彼らの思うように生きて欲しいという気持ちが芽生えた。
元々は、気持ちを楽にして成仏して欲しいという思いがあった。
でも彼らの声を聞いて、別にここにいたいなら、いてもいいと思うようになった。
彼らがそれで楽しいなら、それが一番だと。
体からスーッと力が黒い空間に流れ込んでいく。
「「「「「頑張れ、頑張れ」」」」」
ふふっ。
最近は、力を空間に流しだすと応援されるようになったんだよな。
しかも、協力してくれているのか力の広がり方が断然よくなった。
まさか呪いが、こんな面白い存在だとは思いもしなかったよ。
『そろそろ止めた方が良い』
応援されて頑張っていたら、止められるんだよな。
でも、あと少しぐらい――
『すぐに止めなさい』
あっ、声が低くなった。
流していた力を止め、浄化魔法を使う。
「浄化」
空間に広がる白く輝く淡い光。
前のように目がくらむような眩しさは無いが、前より浄化力は上がっている。
「ゆるさない」
「あいつら、ころす、ころす、ころす」
まだ聞こえてくる、呪詛。
前ほど力が無くても、まだ苦しんでいる者がいる。
早く、彼らの苦しみやつらさが軽減されるといいんだけど。
『力の使い過ぎは、駄目だ』
えっ、もしかして怒っているのか?
「うん、ごめん。気を付けるよ」
浄化が終わってから怒られたのは初めてだな。
「主様」
呼ばれた声に振り返ると、妖精が……死者の花にぐるぐる巻き?
「何をしているんだ?」
「えっと、どうしてこうなったんだろう?」
妖精も分かっていないのか、困った雰囲気を出している。
『遊ばれて……遊んでくれてありがとう』
今、言い換えたよね?
つまり、妖精は死者の花に遊ばれているのか。
「あれ? 取れない」
下にふらふら、右にふらふら。
まだ、自由に飛び回る事が苦手な妖精には、今の状態は良くないだろう。
「妖精、止まれ。今、死者の花を取るから」
妖精を片手で捕まえて、死者の花に手を伸ばす。
スルスルスルスル。
ん?
まだ触れてもいないのに、妖精から死者の花が離れた。
「死者の花には、意識があるのか?」
『その子は、皆の気持ちが形になった』
そうなんだ。
ん?
両手を見る。
妖精を掴んでいる。
そう、地面から離れている。
それなのに、どうしてあの声が聞こえるんだ?
そっと後ろを振り返ると、真っ黒な空間が目に入った。
もう一度、自分の両手を見る。
確実に、地面から離れている。
「ん~、まぁ大丈夫か」
前は呪詛もそこから溢れる不穏な気配も凄かったので、閉じ込めておきたかった。
正直、怖かったから。
でも、今の呪詛ぐらいなら問題ない。
それと不穏な気配は、この頃全く感じない。
なので、閉じ込めておく必要はないような気がする。
そういえば、「皆の気持ちが形になった」と言ったよな。
妖精から離れた、死者の花を見る。
ぷるぷるぷる。
死者の花が揺れると、きらきらと花の中心から小さい光が出て来る。
「あれ?」
俺の言葉に、揺れていた死者の花が止まる。
「やっぱり」
死者の花の中心にある石は、真っ白な色をしている。
でも、本当の色は透明なのだと聞いた。
今まで、透明の石を持つ死者の花を見ていないので、すっかり忘れていたが。
あの話は、本当だったようだ。
目の前の死者の花の中心にあるのは、綺麗な透明の石だった。
「これが本来の死者の花の石なのかな? 凄く綺麗だな」
ばたんばたん。
悶えている?
どこか苦しいのだろうか?
「大丈夫か?」
『大丈夫だ、気にするな』
この声が大丈夫と言うなら、大丈夫なんだろう。
死者の花について、詳しいみたいだから。
「さてと、そろそろ戻るよ」
地下4階の死者の花が詰まった箱の状態も見たいしな。
あの場所も、ここの変化と同じように凄い勢いで変化しているんだよな。
特に箱の蓋が勝手に開いて、中から花が飛び出して咲くようになった。
今あの場所は、それはもうカラフルな花々で彩られている。
「箱から根っこが飛び出していたのは驚いたよな」
土に埋めなくても勝手に根っこが伸びて埋まっていた。
なので、あの大変な作業は必要なくなったが、箱を突き破る根っこ。
強すぎるだろう。
『ばいばい』
「あぁ、バイバイ。また明日」
お別れは子供の声か。
墓場から直接地下4階へと移る。
この空間を完璧に掌握したので、移動のルールを変更した。
今は、地下神殿に行かなくても地下1階に移動が可能だ。
「おはよう」
腕の中で妖精が身動きした。
見ると、飛びたいようだ。
「どうぞ」
腕の中から飛び出した妖精は、箱の蓋を開けて咲いている死者の花の上を飛び回りだした。
「主様。今日は2個が箱の蓋を押し開けて咲き始めたよ。根っこは……底を突き破って土に刺さっている」
「ありがとう」
妖精にお礼を言いながら、傍にある死者の花を見る。
ピンクの花弁に中心には白い石。
やはり、ここの死者の花は白い石か。
「……元気か?」
……反応なし。
まぁ、そうだよな。
何をしているんだ、俺は。
「お~い、妖精――」
ん?
なんだ?
凄い嫌な予感がする。
「主様?」
妖精が傍に飛んでくるが、全身が震えているのが分かる。
何かが、くる!
ドン。
「がはっ。くっ」
体が、地面に叩きつけられる。
起き上がろうとするが、何かに押さえつけられているようで動けない。
「くそっ。なんなんだよ!」
「きゅう」
小さな声に視線を動かすと、妖精が苦しそうに呼吸をしているのが見えた。
駄目だ。
皆を守らないと。
この世界を守る結界で、押さえつけてくる力を跳ねのけるイメージを作る。
「5重の結界!」
体の中から凄い勢いで力が消えた。
それと同時に、押さえつけるような力が消えた。
「はぁ、はぁ。妖精は?」
良かった、生きている!
ドン、ドン、ドン。
くそっ。
かなり強い力みたいだな。
結界が揺れている。
「もう一度、5重の結界! 妖精、ジッとしていろ」
家に戻ると、庭や広場で仲間が倒れていた。
傍に寄って様子を見る。
「意識はあるな」
空を見上げる。
龍達が、空を飛び回って攻撃しているのが分かる。
駄目だ。
あの力は、龍達では歯がたたない。
ドン、ドン、ドン。
「ロープ」
……くそっ、返事が無い。
「主」
声に視線を向けると、青い顔をした光がいた。
「子供達を家の中に、獣人達も」
「はい」
俺の言葉に動ける仲間達が動き出す。
ドン、ドン、ドン。
「くそったれが」
なんて事をしてくれるんだ。
不安な問題は色々抱えていたけど、それでも皆必死に生きているのに。
どうして、そっとしておいてくれないんだ。
ドン、ドン、ドン。
守る。
なにがなんでも守ってみせる。
胸に手を置く。
「おい、守るぞ。俺の力なのだから従え! 絶対に守るからな!」




