98.エントール国第3騎士団団長5
-エントール国 第3騎士団 団長視点-
口から無様に出そうになる悲鳴を、なんとか抑え込む。
いや、悲鳴を上げた方がチャイの走るスピードは落ちるだろうか?
まさか、ビビっている者を無視して走る事は無いはずだ。
たぶん。
「紅組が見つからない。上から探そう」
上?
上って、大木を直角に走るって事だよな。
ははっ……失神していいかな?
いや、団長たるもの――。
「行くぞ」
「ぎゃぁぁぁ」
叫んだ俺は悪くない!
追いかけっこだから魔法の使用は禁止。
それにホッとした、少し前の俺に言いたい。
魔法で守られないという事は、重力や風に襲いかかられるという事だ。
せめて最低限の魔法の使用をお願いするんだった!
「朝方は、普通の特訓だったのに……」
皆との特訓に参加して、何が良かったか。
それは、ありとあらゆる魔法攻撃を浴びせられる事だ。
昔より逃げ足ではなく、回避する事がうまくなった。
そう回避だ。
けして逃げているわけではない。
例え尻尾が内側に入っていたとしても、逃げではない!
それに回避だけでなく、攻撃方法も色々と学んだ。
なぜなら、フェンリル達は回避しようとすると攻撃を乱発してくるし、アルメアレニエやアビルフールミに至っては、集団で攻撃してくるから回避は不可能だった。
集団攻撃は卑怯だと思ったが、森にいる魔物の動きを再現してくれていたらしい。
ただ1つだけ言わせてもらいたい。
森の魔物とアルメアレニエやアビルフールミでは、強さが全然違うから!
なにより皆との特訓で、攻撃にルールなど無いという事を学んだ。
只今、多種多様な罠を張り巡らせ攻撃する方法を勉強中だ。
まぁつまりは、俺は強くなった。
王と一緒に来た騎士と少し手合わせをしたが、圧勝したからな。
手合わせした騎士達が驚いていた。
あれは気持ちが良かった。
ここでは、子供たちにも翻弄されるけど。
「大丈夫か?」
気が付くと大木の一番上にいた。
ちょっと意識が飛んでいたようだ。
良かった、チャイから手を離さなくて。
「大丈夫だ」
俺の返答にホッとした様子のチャイ。
意識を飛ばすつもりは無かったけど、悪い事をした。
「紅組の姿は見えるか?」
チャイと一緒に、木の上から周辺を見渡す。
「木々が邪魔で見えにくいな」
朝の特訓が終り昼を食べた後、親玉さんとシュリが話しているのが見えた。
その2匹を見た瞬間、そっとその場を離れようと思った。
あの2匹は、何かにつけて競っている。
しかも、それを子供たちが煽っているから手に負えない。
で、逃げようとして……今は大木の上。
つまりは逃げ切れなかった。
いつもなら自由参加なのに、今日は拒否が通じなかったから。
話を聞けば、おやつがかかっているそうだ。
ははっ。
おやつかぁ。
「いた、あそこだ! 下りるぞ!」
チャイの言葉に、ぐっと歯を食いしばりチャイにしがみ付く。
チャイの体がふわっと浮き、そのまま落下する。
その速さに、声にならない悲鳴を上げる。
地面が見えてきてホッとしたが、来る衝撃に目をつぶる。
だが、チャイが上手く着地してくれたのか、覚悟したほど衝撃に襲われる事は無かった。
ただ、体勢を整える前に走り出してしまったので、ちょっと斜めにしがみ付いている状態から抜け出せない。
なんとか体勢を整えようとするが、走るスピードが速すぎて無理。
「見つけた!」
チャイの嬉しそうな声に、なんとか視線を前に向ける。
こちらに気付き、逃げ出した翼を発見。
チャイが一気に距離を詰めるので、翼の頭に巻かれている赤いハチマキを取った!
「うわ~、取られた!」
悔しがる翼の姿に、ちょっとガッツポーズ。
これで、取った赤いハチマキの数は4本。
俺的には、頑張っている方だ。
「ダダビス兄ちゃん、はやいよ~」
翼の言葉に苦笑する。
「チャイに乗っているからな」
そうでなければ、開始早々で終わっているだろう。
ふわっ。
「あれ? 今の風、変だったよね?」
急に周りを見回しだした翼に、首を傾げる。
風が変とはどういう事だろう?
魔物が近くにいるのか?
それは無いか、アルメアレニエやアビルフールミが沢山いる所に来る魔物はいないだろう。
森の王も、この追いかけっこに参加しているし。
「あっちだ。あっちから変な物を感じる」
翼が指した方を見るが、俺では何も感じ取る事が出来ない。
「行くか?」
「うん」
チャイと翼が、走り出す。
慌ててチャイにしがみ付く。
あれ?
あっ、魔法で体を支えてくれたみたいだ。
……追いかけっこは終わりなのかな?
「うわ~、木が真っ黒だ!」
えっ?
翼の言葉に前を見ると、少し先にある大木が真っ黒に染まっているのが見えた。
こんな事は初めてだ。
あれは、なんなんだ?
「不安感が増すな」
チャイの言葉に頷く。
黒く染まった大木を見た時に感じた不安感がどんどん増している。
本能が近づくなと言っているみたいだ。
「大丈夫か?」
「あぁ、ありがとう。大丈夫だ」
チャイの言葉にお礼を言う。
まだ大丈夫、耐えられるはずだ。
「結界」
翼の声と共に、重たくなっていた体が軽くなり不安感がふっと消えた。
「翼、ありがとう」
「どういたしまして。異変はちゃんと話さないと駄目だよ」
「分かった」
隠したわけじゃなく、まだ大丈夫と思ったんだが……いや、隠そうとしたかもしれないな。
これぐらいの事でと。
「前に、主に言われたんだ。『早く言ってくれた方が、対処が簡単な事が多い。だから、異変を感じたらすぐに誰かに言う事』って」
言われてみればそうだな。
第3騎士団でも、森での小さな異変を見逃さないように教えていた。
バキバキバキ。
「えっ!」
目の前にあった黒く染まった大木が、大きな音と共に右に倒れていく。
まさかの光景に、チャイの上で思わず固まってしまった。
「うわ~、うわ~、主以外に、あの木を切る事が出来るなんて、凄い! 凄い!」
翼の興奮した声に、ちょっと感心してしまう。
俺は恐怖を感じたのに、翼は凄いと感じるんだな。
「なんか出て来た~! 真っ黒! 真っ黒な……玉?」
「毛が生えてないか?」
翼とチャイが興味津々で、倒れた大木の下あたりから出て来た黒い塊に近付いていく。
近付くたびに、体に寒気を感じる。
「近付いて、大丈夫なのか?」
心配になってチャイに声を掛ける。
それに、立ち止まってくれたチャイ。
翼も、チャイの様子を見て立ち止まった。
「うわ~、あの木が倒れているよ。それになんか生まれた!」
あちこちから子供たちの声が聞こえだす。
皆、追いかけっこを止めて様子を見に来たようだ。
と言うか、子供たちはあの黒い玉が怖くないんだな。
「この黒いのから、呪いの気配を感じるな」
呪い!
チャイの言葉に、体がちょっと引く。
これが呪いなら、近付いたら駄目だよな。
「チャイ、少し離れよう。呪いに近付くと、呪われると聞いた事がある」
危険な物だ。
「大丈夫だよ。だって、こっちに向かってくる様子もないし。それに、可愛い」
へっ?
可愛い?
俺の頭ぐらいの大きさでふわふわした毛を持っている塊だから、可愛いと言えば可愛い……か?
ギョロ。
「ひっ!」
可愛くない、可愛くない!
なんだ、その目の数は!
どう見ても、気持ち悪いだろう。
「やだ~、可愛い。見て、見て。目がいっぱい出て来た」
えぇ~!
桜の声に、唖然と彼女を見る。
桜の隣にいる親玉さんが、彼女を不思議そうに見ているようだ。
きっとあの黒いのを可愛いと言ったからだろう。
だって、どう見ても可愛くない。
どちらかと言えば、不気味だ。
あ~、目が動いている!
「見て、見て。ウサ、目がいっぱいあるよ! 変化出来るって凄いよね。他にはどんな変化が出来るの? 見せて!」
桜が興奮した状態で黒い玉に近付く。
なぜか黒い玉が、ちょっと桜に引いているように見える。
「あれ? 怖い? 大丈夫よ。食べないし、襲わないから!」
それは黒い玉が言うべき事じゃないか?
あっ、子供たちが頷いている。




