92.解放?
「あれ?」
箱に触れている手に、暖かくて柔らかな物を感じる。
んっ?
柔らかいは、おかしいよな?
箱から手を離して軽く叩いてみる。
予想通りコンコンと音がする。
「柔らかく感じたのは気のせいだったのか?」
もう一度箱に手をそっと当てる。
しばらくすると、さっきと同じように暖かさと柔らかさを感じる事に首を傾げる。
「やっぱり柔らかさを感じるよな?」
自分の手を見る。
特に気になる変化は起きていない。
箱は硬いし、手もいつも通り。
違いは、箱の中の花の色だけだ。
「開けてみようかな」
感じた暖かさに嫌な物は一切無かった。
逆に安心するような気持ちよさがあった。
「大丈夫なの?」
妖精が傍に飛んできて、心配そうに俺を見る。
「大丈夫だと思う」
それに肩を竦める。
というか、飛び方がふらふらで不安を覚えるんだが。
「手から感じる物が、暖かくて柔らかいから」
「暖かくて柔らかい?」
妖精の言葉に、頷く。
「そうなんだよ。不思議だよな」
妖精が箱に近付く。
「中にある花の影響を、受けているのかもしれないね」
花の影響か。
「確かめるためには、やっぱり蓋を開けてみるしかないよな」
「うん。そう思うけど……ちょっと心配」
まぁ、そうだけど。
でも、このまま放置するわけにはいかないからな。
「開けてみるよ。何かあったら困るから、離れていてくれ」
「分かった。問題が起きたら、すぐに助けを呼ぶね」
助け?
でも、問題が起きている場所に仲間を呼ぶなんて、被害を大きくするだけじゃないのか?
でも、本当に何かあったら助けは必要か。
「判断は、任せるよ」
俺の言葉に、ふらふら飛びながら頷く妖精。
いつか落下しそうな飛び方だな。
「実はもう、箱の中の異変は知らせておいたんだ。あっ、一つ目のリーダーが待機しているって」
「えっ? そうなんだ。と言うか、今連絡が届いたのか?」
「うん、そうだよ。ロープに言葉の伝達方法を教えてもらったんだ。これは凄く便利だね!」
知らない間に、妖精がレベルアップしている。
まぁ、特に問題ないからいいか。
「他にも出来る事が増えたのか?」
「バッチュにね、侵入者を捕まえる方法を学んだよ。あのね、食べちゃったら話が聞けないから、生け捕りの方がいいんだって」
生け捕り……なんか言い方が嫌だな。
でも、食べちゃうよりマシか。
とりあえず、話を戻そう。
妖精が俺から離れている事を確認すると、蓋に指を掛ける。
「よしっ、蓋を開けるぞ」
深呼吸して、棺桶に似た箱の蓋を持ち上げるとそれほど力を籠める事なく蓋は開いた。
「「えっ?」」
蓋が開いた瞬間、ふわりと優しい香りが空間に広がる。
無意識にクンクンと香りを嗅いでしまう。
死者の花の香りと言えば、花に誘導するための、あっ!
「しまった、忘れていた!」
死者の花は香りで、おびき寄せるためのエサだったんだ。
思いっきり吸い込んじゃったよ。
まずはこれ以上の香りを吸い込まないように、結界で、
「主様、この香りは大丈夫みたい!」
「えっ?」
結界を張ろうとしたが、妖精の言葉に止まる。
大丈夫と言う事は、影響はないのか?
「この香りは落ち着くだけで、他に影響は出ないよ」
もう一度、箱から香ってくる死者の花の香りを吸い込む。
確かに、嫌な感じは一切ないし、花に引き寄せられる事も無いな。
それどころか、なんだろう……懐かしい感じがする。
「問題は、無いみたいだな」
無駄にドキドキしてしまった。
それにしても、いい香りだな。
「凄くいい香り。ふわふわってなる」
嬉しそうにふわふわ飛ぶ妖精。
まぁ、見た目はふらふら飛んでいるから、心配が募るけど。
あっ!
「落ちるよ!」
「えっ? わっ!」
バランスを崩していく妖精を、急いで腕に抱く。
まさか本当に落下しそうになるとは思わなかった。
「あれ? そう言えば妖精はいつから前にも後ろにも飛べるようになったんだ?」
以前は上下にふわり、ふわりと飛んでいるだけだったのに。
いつの間にか、前にふわ……ふらふら、後ろにふらふら飛んでいるな。
「えっ? まさか今、気付いたの? 少し前から自由に飛んでいたでしょ?」
そうだっけ?
あぁ、そう言えば飛んでいたような。
「でも、昨日は羽をもつ子蜘蛛に抱えられて飛んでいただろう?」
羽を持っている子蜘蛛達に、抱え込んでもらって飛んでいたのを見たぞ。
「その子達に、飛び方を教わっているんだ。昨日は、バランスを取る方法を実地で教えてもらっていたの」
なるほど。
「ただ、体を傾ける角度が難しいんだけどね」
だからあんなにふらふらしているように見えるのか。
でも飛べているんだから、あとは慣れだろうな。
「いっぱい飛べば、コツを掴めるだろうから、焦らないようにゆっくり慣れて行けばいいよ」
「うん。ありがとう」
パチン。
えっ?
音が鳴った方へと視線を向ける。
「箱の中から音が鳴ったよな?」
「そうだと思う」
妖精と一緒に箱の中を覗き込む。
花の香りが少し強くなるが、あまり気にならないな。
「この香り、ホッとするね」
その言葉に、妖精の頭をぽんぽんと軽く叩く。
「そうだな。落ち着くな」
パチン。
「「あっ!」」
音と同時に、目の前にあった死者の花が1本消えた。
まさか花が消えると思っていなかったので、呆然と死者の花が消えた部分を見つめる。
しばらくすると、香りが少し強くなった事に気付いた。
「もしかして、死者の花が香りに変わっているのか?」
「主様、この箱に入っている死者の花なんだけど、少ないよね?」
妖精の言葉に、隣の箱の中を見る。
「そうだな。どれだけ死者の花が入っていたのか分からないけど、隣の箱と比べると約半分ぐらいしかないな」
隣にある箱には死者の花がギュッと詰まっているが、蓋を開けた方は半分ほどだ。
もし同じぐらい花が詰まっていたとしたら、半分が香りに変わったという事になる。
どうして花が香りに変わっているのか。
その原因は何だろう?
「主様。コアが死者の花の変化を見たいと、一つ目のリーダーに言っているみたい」
コアが?
そう言えば、コアは死者の花に詳しかったな。
何か知っているかもしれない。
「香りにも問題ないみたいだから、良いぞ」
「了解」
しばらくすると、コアが慌てた様子で地下4階に来た。
「主、死者の花が弾けたと聞いたのだが、本当なのか?」
弾けた?
「音と共に消えたんだけど、『弾けた』というのか?」
「そうだ」
コアが俺を見て頷く。
「そうか、それならその通りだ。コアは、なぜそうなるのか知っているのか?」
「解放だと思う」
かいほう?
介抱?
「花が必要ではなくなったから、弾けたんだ」
あぁ、解放か。
つまり苦しみから解放されたのか。
「それって、いい事だよな?」
「あぁ、主の浄化が効いたのだろう?」
えっ?
俺の浄化?
箱の中の花は、死者から切り離されたと妖精は言っていた。
つまり核の周りの呪いしか浄化していない俺の浄化は箱の中に届くはずがない。
「違う。俺の浄化ではないと思う」
「えっ? でも、箱の中から主の浄化の力を感じるけど」
えっ?
箱に向かって手を翳し、力を探る。
香りに気を取られて気付かなかったけど、微かに俺の力を感じる。
「どうやって箱の中に浄化の力が届いたんだ?」




