81.エンペラス国 宰相ガジー
ーエンペラス国 宰相ガジー視点ー
手に持っている書類を机に叩きつけたい衝動に駆られる。
だが、この書類は王に持って行く必要がある。
だから、我慢だ
……我慢。
あ~くそっ。
怒りを抑えるなど無理だ!
「あの馬鹿者共が!」
バシン。
2日前に起こった騒動の報告書。
愚かにも、魔石に手を出そうとするなんて。
あれは、森の神からの預かり物なのに。
今は、エントール国のアマガール魔術師が守ってくれている。
正確には、研究をしているようだが、森の神がそれについて罰を与えた事は無い。
まぁ、研究は全く進んでいないようだが。
「また問題を起こしてしまった」
力なく椅子に座り込む。
森の神は、まだ我々を許してくれるだろうか?
2日前、いや、日付が変わっていたから昨日の夜中か?
魔石がある建物から、急に光が溢れた。
第1騎士団が慌てて駆けつけると、建物を守っていたはずの騎士達が倒れているのを発見。
すぐさま、魔石の状態が確認された。
「魔石は無事だった。だが……まさか持ち出そうと考える者達がいるとは」
再度ため息が零れる。
森を襲った魔眼を、発動させていた魔石。
今は、その当時の面影はなく。
澄んだ綺麗な魔石になり、美しい輝きを放っている。
そしてあの魔石には、計り知れない力があるとアマガール魔術師が言っていた。
我が国の魔導師達も、さまざまな道具を使い調べた結果、内包する力に慄いていた。
「魔石を利用するためか」
確かに、あの魔石に内包されている力を利用できれば、どんな事でも出来るだろう。
だが、あの魔石は森の神が恩情でこの国に置いてくれているに過ぎない。
利用するなど、許される訳がない。
盗もうとした者達は、元奴隷達だった。
彼らのバックには、貴族の姿がちらついているが黙秘されてしまったとある。
魔石の事だから、取り調べを強化してもいいかもしれない。
証言さえ取れてしまえば、最悪死んだとしても誰も何も言わないだろう。
「うわっ」
「えっ!」
「ひっ!」
なんだ?
執務室を守っている騎士達の慌てた声や怯えた声に、視線を扉に向ける。
「何があったんだ?」
騎士達の戸惑いや恐怖が、扉を隔てているのに伝わってくる。
いったい、何が起こっているんだ?
小型のナイフを手に持ち、窓へ視線を向ける。
ここは3階。
私であれば、最悪窓から逃げられる。
「いいかな?」
誰の声だ?
騎士達の声ではない。
「はい。あっいえ、まずはお聞きします。はい」
「ごめんね。ガジーに、先触れ出すのをすっかり忘れちゃった」
私を呼び捨て?
知り合いか?
「いえ、大丈夫セス」
いや、先触れは欲しいから大丈夫じゃない。
それと、噛んだぞ。
緊張し過ぎだろう。
コンコン。
「失礼いたします。ゴーレムのバッチュ殿と……ひっ、アルメアレニエ殿がいらっしゃるです」
………………はっ?
今、騎士は何と言った?
「ゴーレムのバッチュ殿? アルメアレニエ……えっ?」
冗談だよな?
冗談だと言ってくれ。
コンコン。
「あの~、宰相……お願いします。返事を下さい」
「あぁ。大丈夫だ。どうぞ」
泣きそうな騎士の声に、慌てて応える。
全く大丈夫ではないが、とりあえず執務室に入ってもらって話をしなくては。
そう、話……魔石の事だよな。
何か罰でも言いに来たのか?
だが、今までは容赦なく力が行使されていた。
使者が来たという事は、そこまでの罰ではないのでは?
ガチャ。
ゴクッ。
扉が開いた瞬間、全身が震えるのが分かった。
とりあえず、深呼吸をして落ち着かなければ。
「お邪魔します。初めまして、バッチュです。これから、宜しくね」
「エンペラス国の宰相を務めるガジーです。どうぞよろしくお願いいたします」
扉が開くと、アルメアレニエとその上に乗ったゴーレムが片手をあげて入って来た。
自己紹介をされたので返したが、大丈夫だろうか?
バキッ。
ん? バキッ?
「あっ、やっちゃった。扉をちょっと壊しちゃった、ごめんね」
えっ、扉?
あぁ、扉がアルメアレニエより小さかったのか。
別にそんな事は目の前の存在に比べれば些細な事だから、問題ない。
「大丈夫です」
「仲間に来てもらって、修理してもらうね」
「えっ?」
仲間?
それはつまり、バッチュ殿のような存在が他にもいらっしゃるという事か?
無理!
「いえ、こちらで修理するので、問題ありません」
「そう?」
「はい」
あっ、勢いよく返事をし過ぎたかもしれない。
だが、本当にこれ以上の衝撃は遠慮したい。
「そうか、それならお願いしようかな。あっ、これを修理費用に充ててね」
バッチュ殿が、アルメアレニエから下りて私の傍に歩いてくる。
そして、何かを渡そうと手を伸ばした。
「ありがとう、ございます」
とっさに受け取ってしまったが、何を頂けたんだろう?
バッチュ殿の存在に、緊張しながら手の中の物に視線を向ける。
「それは主が魔力を詰め込んだ魔石だよ」
「えっ……」
バッチュ殿の説明に、手の中の物を落としそうになる。
慌てて握り込んだが、今度は手を開けるのをためらう。
主とは、森の神の事だよな。
つまり、この手の中にあるのは森の神が力を詰め込んだ……魔石?
「ガジー。話があるんだけど、良いかな?」
「はい。えっと、こちらに……」
執務室に在るソファを勧めようと思ったが、止める。
バッチュ殿の大きさからみて、ソファが大きすぎる。
どうしよう。
「あっ、気にしなくて大丈夫です。それより、この国に預けていたロー、魔石を引き取るね。今まで守ってくれてありがとう」
やはり魔石の事か。
あれ?
そういえば、まだ謝っていないんだった!
「あの、この度の事は本当に申し訳ありませんでした。どんな罰でも受ける覚悟です」
「ん? 罰って何の?」
私の言葉に首を傾げるバッチュ殿。
えっ?
もしかして怒ってないのか?
「あぁ、魔石を盗もうとした者達がいた事?」
「はい、そうです。私は、彼らの事を把握できていませんでした。すみません」
「謝る必要はないよ。だって、今回の事は監視していたのに防げなかった俺達のせいだし」
「監視?」
「そう。大きな問題を起こしそうな者達は、全員監視しているんだ。あっ、今回動いた奴らは、上からの指示ではなく暴走したみたい。命令も無いのに勝手に動いたら駄目だよね」
色々、訊きたいような、聞きたくないような。
まずは……彼らは指示を受けていなかったのか。
それだと、彼らを支援していた貴族を潰すのは難しいかもしれないな。
「あっそうだ。彼らに武器や資金を提供していた貴族は、他にも色々やらかしているから。今回の事は罪に問えないけど、潰すだけの材料はあるから安心してね。それと、彼らは居ても居なくても問題なさそうだから、潰した方が良いと思うよ」
潰した方が良いような罪があるんだな。
私が把握しているより、色々知っていそうだ。
しかし、どれだけの情報を掴んでいるんだ?
恐ろしいな。
「エルフ国や獣人国みたいに人手が豊富じゃないから、罪を犯した者達を一掃してしまうと、色々なところで問題が起きそうなんだよね。だから、ガジーから見てまだ『使えそう』と判断した貴族は飼い殺し……じゃなくて。今回は大目に見て罰金ぐらいで許してあげてもいいかなって思うんだ。人材が育ったら、入れ替えていけばいいしね」
そう言いながら、大量の書類が執務机の上に載る。
この書類は何処から出て来たんだろう?
アルメアレニエが、出してきたように見えたけど。
あっ、前脚があがった。
……もしかして挨拶かな?
頭を下げておこう。
「この書類は、全て証拠になるから厳重に管理してね。それとこっちの書類は、今はまだそれほど目立つ事はしてないけど油断しないほうがいい者達の資料。あと、こっちは早急に切り捨てた方が良い者達で、これは見せしめにお薦めの者達だよ」
バッチュ殿の言葉に、頷き書類を手に取る。
数枚読んで、ため息を吐いた。
目に付いた貴族達には私の手の者を送り込んで監視しているが、まだまだ甘かったようだ。
「お手を煩わせて申し訳ありません」
「楽しいから問題ないよ。それより魔石を移動させる前に、一芝居打つから手伝い宜しくね」
「えっ?」
一芝居?




