30.糸の罠は危険です
畑を通り過ぎて森へ出る。
暇になるとよく散歩をするので、俺にとっては見慣れた光景が広がっていた。
ワリアンの話が終わったので家に戻ろうとしたが、ダダビスとギルスが「森を見たいので許可が欲しい」と言ってきた。
「別に俺の許可は必要ないから自由に見ていい」と言うと、2人がとても嬉しそうに笑ったので少し驚いてしまった。
森に何かあるのかと思い一緒に来たのだが、やはりいつもの森だ。
でもダダビスの尻尾もギルスの尻尾も、嬉しそうに揺れている。
それが不思議で、ついじっと尻尾を見つめてしまう。
そんな俺の視線に気付いたのか、2人がちょっと恥ずかしそうにした。
「俺達、獣人にとって森の奥は特別なんです」
ダダビスの言葉にギルスが頷く。
「そうなんだ。でも、なんでだ?」
森の奥にしかない、何かがあるんだろうか?
確かに木々の太さは森の奥の方が太いし、家の周辺でしか見かけない花はあるが。
それのせいか?
「森の奥は森の王の住処があると言われています。なので特別なんです」
森の王?
後ろを付いて来ているコアを見る。
「コアも森の王だと言っていたな?」
「そうだ。我はフェンリルの王で森の王でもある。だが我の住処は主のいる所だから、他の場所には作っていない」
そういえば、龍達はそれぞれ棲家があるがコアにはないな。
「森の王の住処が気になるなら、今度回ってみるか?」
「えっ? 回る?」
ダダビスが不思議そうに首を傾げる。
「あぁ、龍達にはそれぞれ住処があるんだ。行ってみるか?」
許可を取った方が良いかな?
後で聞いておこう。
「はい。出来るなら見てみたいです!」
ギルスの巨体がぐっと俺に迫る。
それにちょっと引きながら、
「分かった、後で皆に許可を取っておくよ」
俺の答えが嬉しかったのか、ギルスの尻尾が激しく揺れている。
まさか、龍達の住処だけでこんなに興奮するとは。
「楽しみです。ん? あれは?」
ギルスに視線を向けると、上空を見ている事に気付く。
何を見ているのかと思い上を見ると、きらきらと光る糸が木々の間に見えた。
「主様、あれは何でしょうか?」
ん?
どうして蜘蛛の糸だと分からないんだ?
あっ、この世界の蜘蛛達は糸を吐かないんだった。
「あれは蜘蛛達から出る糸で作った罠だよ」
家に近い木々に張り巡らされた、罠を見る。
本当に綺麗に、家から近い木々全てに張られている。
「しかし、前の世界の糸もこんな感じだったかな?」
昔見た蜘蛛の糸が、太陽の光で輝いて見えていた記憶はない。
これも、この世界特有なのだろうか?
「くも?」
ギルスが不思議そうに首を傾げる。
蜘蛛がどうしたんだろう?
……あっ。
えっと何だっけ、チュア? 違う。
チュエレ……チュエアレニエだ!
「チュエアレニエの事だ。あれはチュエアレニエ達が作った罠なんだ」
思い出せてよかった。
それにしても、チュエアレニエか。
もう少し短い名前なら言いやすいんだけどな。
「チュエアレニエの事、えっ? チュエアレニエから糸が出るんですか?」
「あぁ、進化したらしい」
「「進化!」」
驚いた2人の様子に苦笑が浮かぶ。
仲がいいな。
「あの、あの糸は触っても大丈夫ですか?」
ダダビスのちょっと興奮した声に首を横に振る。
「死にたくなかったら、止めた方が良いぞ」
あの糸、見た目はきらきらして綺麗なんだが、色々と付与されている。
前に見た時は、糸にぶつかった魔物が、凄い断末魔の悲鳴をあげて転がった。
驚いて様子を見ていたら、魔物はすぐに動かなくなった。
何があったのか聞くと、糸に猛毒が塗ってあったらしい。
死んだ魔物の大きさは俺の4倍か5倍。
それがほとんど一瞬で死ぬとか、どんな毒を使ったのか。
ただ、猛毒を使った罠は次の日には回収された。
なぜなら、小鬼達に毒が魔物の体に回ってしまって食料にならないと言われたからだ。
次に見た時は、糸にぶつかった魔物が燃えた。
毒糸が撤去されたと聞いていたので次は何だろうと思ったが、今度は火での攻撃だった。
すぐに魔物は消し炭になるかと思ったが、予想を裏切り燃やし尽くされる事は無かった。
ただし、小鬼達から「ところどころ燃えた魔物は調理に向かない」と言われて、これも回収。
その次に見た時は、魔物を生け捕りにしていた。
糸に魔物がぶつかると、周りの糸が一斉に魔物に巻き付いた。
親蜘蛛達は、「これなら完璧」と言っていたが、彼らの糸は非常に丈夫だった。
しかも、どんな大きさの魔物がぶつかっても切れないようにいつもより強化してあった。
小鬼達は、糸を切るのに四苦八苦。
それを見た親蜘蛛達は、そっと糸を回収したそうだ。
今は確か、糸にぶつかった瞬間。
バチバチバチッ。
「そうだ、雷だ」
というか今のは、魔物が糸にぶつかって雷攻撃を受けた音じゃないか?
「糸に触れたらどうなるか、見る事が出来るが見に行ってみるか?」
無言で頷く2人を連れて、音の発生源を探しに行く。
「コア、どの辺りだと思う?」
「もう少し先だろう。あぁ、ほら。子蜘蛛達が集まっている場所がある」
コアの少し先は、結構離れていたりするんだよな。
……あっ、見えた。
今日は、そんなに離れていなかったな。
太い木の下に集まっている子蜘蛛達に近付く。
途中で俺達に気付いたようで、前足をあげて挨拶をしてくれた。
「邪魔して悪いな。罠にかかった魔物を見たいんだけど、大丈夫か?」
「どうぞ。今日はばっちり決めたから」
決めた?
「罠による誘導と仕掛け。魔物を生け捕りにするための、雷攻撃の微調整が完璧だったんだ!」
「そうか。凄いな」
かなり色々試していたもんな。
「凄いよね! 頑張ったよね?」
「あぁ、頑張ったな」
俺の言葉に子蜘蛛達が喜ぶ。
「難しかったんだよ! 攻撃力の微調整って、本当に。強すぎる雷攻撃は、真っ黒になっちゃって食べられないし。弱すぎるとなかなか倒れてくれなくて、ストレスで身が硬くなるし!」
そうか、大変だったんだな。
それにしても、いかに食材として美味しく確保できるかが、ポイントなんだな。
倒れている魔物に近寄るが、完全に意識を失っているのかピクリともしない。
子蜘蛛達の様子から、命までは奪っていないと思うのだが。
そっと魔物の顔の辺りに近付くと、呼吸音が聞こえた。
「気を失っているのか」
魔物の全身を見る。
黒く焦げてるところは、見当たらない。
本当に絶妙な力加減で攻撃されたようだ。
あれ?
ダダビスとギルスは?
周りを見ると、少し離れた所から、こちらを見ていた。
「傍で見なくてもいいのか?」
「「はい」」
なぜか2人から緊張した様子が伝わって来た。
それを不思議に思いながら、子蜘蛛達にお礼を言った。
「そろそろ、家に戻ろうか」
森にこれ以上いても、見るところもないしな。
「分かりました。見せて頂き、ありがとうございます」
「いいよ」
ん~、対応が硬いな。
前の時は、もう少し……かなり緊張していたな。
仕方ない。
ゆっくり関係を深めていこう。
「そうだ。家に戻ったら、魔石を見てくれないか?」
換金用に籠める魔力を加減した魔石があるんだよな。
「魔石ですか?」
ダダビスは不思議そうに俺を見る。
「先生達の給料を払うのに、魔石を換金したいんだ」
これについては前にも言ったよな?
「あっ、そうでしたね」
良かった、思い出してくれたようだ。
「前に渡した魔石は俺の魔力が込められ過ぎていて、換金できなかっただろう? だから、換金できるように、込める魔力を減らした魔石を用意したんだ。その魔石を見て欲しい」
大変だったんだよ。
ちょっと気を抜くと、俺から大量に魔力が魔石に流れ込んでしまって、金額が付けられない魔石の出来上がり。
何度も失敗を繰り返して、ようやく少量の魔力を流す事に慣れた頃、どれくらいの魔力を込めればいいのか分からない事が発覚。
項垂れる俺に、一つ目達や仲間達が協力してくれて、何とか魔石を100個用意できた。
ただ俺としては、魔石に込めた魔力が少なすぎる気がするんだよな。




