65.エントール国第1騎士団団長
-エントール国 第1騎士団 団長視点-
「ガルファ団長! 宰相の下に集まった反逆者たちが動き出したと報告が!」
副団長ミリラの声に、書類から顔を上げる。
今、なんと言った?
集めた情報から、動くにはまだ時間が掛かると判断された。
だからその間に、こちらも準備をすると……。
それが、動き出した?
「どういう事だ!」
「見張っていた者たちの中に、間諜が紛れ込んでいたようです。その者に、情報を操作されてしまったと思われます」
やられた!
あれほど、宰相側の人間が紛れ込まないように注意をしたというのに。
「動き出したと言うが、何処だ?」
急いで剣を持って、部屋を出る。
ミリラ副団長が後ろからついてくる。
「壁の近くに、集まり出しているようです」
壁の近く?
「なぜ、そんな場所に?」
壁は結界で守られている。
守られて?
待て。
数週間前に、結界の一部分が弱まっていると連絡が来ていた。
すぐに修復をするように指示は出されていたが……まさか!
立ち止まり、ミリラ副団長を振り返る。
「結界もろとも壁を壊そうとしていると、連絡が来ています。数名の魔術師が宰相側に付いていたようです」
何という事だ。
壁は、壊された所だけの被害で済むが、結界はそうではない。
結界は、国全体を覆うように張っているため、一部でも崩れれば全体の結界が弱まってしまう。
この問題点の改善に取り組んでいるが……。
「リストン、王に分かっている事の報告。俺たちは、すぐに壁に向かう」
結界が弱まれば、森から魔物が来てしまう。
森の調査をしている部隊から、混ぜ物が近くにいると報告があがっている。
もし、混ぜ物がエントール国に入り込んでしまえば、大きな被害を生む。
宰相は、何を考えている。
王になりたいと思うのは自由だが、国民に被害が及ぶ方法を選ぶとは。
結界が弱まれば、どれだけ危険なのか想像は出来るだろうが!
もしかして、それが狙いか?
「クソが」
「団長、落ち着いて下さい」
ミリラ副団長の言葉に、大きく息を吐く。
そうだな。
落ち着いて処理をしなければ、本当に手遅れになる。
「行くぞ」
「はい」
ミリラ副団長が団員に連絡をしてくれていたのか、第1騎士団の執務室のある建物から出ると多くの部下が待ち構えていた。
すぐに移動が出来るように、馬の準備も終わっている。
「団長、すぐに出られます」
さすがだな。
「第2、第3の騎士団が住民を誘導してくれるだろう。俺たちは、王城に向かおうとする反逆者を討つ。宰相を見つけ次第、拘束。歯向かうようなら、腕でも足でも切り落とせ!」
「「おぉ~」」
もしもの時の動きを、事前に話し合っておいてよかった。
間に合ってくれ。
「行くぞ」
しばらく馬を走らせていると、空気が揺れた。
ちっ。
結界が大きく揺れている。
「団長」
「間に合わなかったな。壁が壊された。結界もだ」
宰相側には、上位の魔術師がいるようだ。
もしくは、特殊な武器でも使ったか?
まぁ、今更それを考えても仕方ない。
「いつ反逆者がくるか分からない。気を引き締めろ」
後ろに続く部下に叫ぶ、
彼らが後れを取る事は無いだろうが、何をしてくるか分かったものではない。
いつもは感じないが、壁までが遠く感じるな。
「どういう事だ?」
ミリラ副団長の声に、斜め後ろをついてくる彼女を見る。
彼女の手には、遠くの相手とも会話が出来るアイテムが握られている。
何かあったのか?
「ゴーレム? はっ? 2体?」
ゴーレム?
魔導師達が動かす人形の事か?
ゴーレムを使って、結界と壁を壊したのか?
魔術師だけでなく、魔導師も宰相側に付いたという事か?
この国の魔導師達は少ないが、優秀だ。
だが、結界を壊すゴーレムを作れるだろうか?
「もっと詳しく! だから敵ではないのか? あちらも困惑している様子?」
ミリラの声に、戸惑いと困惑が混ざる。
「どうした?」
「それが、壁が壊れた瞬間にどこからかゴーレムが現れたようです」
「宰相が用意したゴーレムでは無いという事か?」
「あちらもゴーレムの姿を見て、戸惑っている様子なので違うだろうと」
では、何処からゴーレムが?
ゴーレムを動かすには、魔導師が必要だ。
傍にいるはずだが……。
「魔導士の姿は?」
「それがどこにもいないと言っています」
いない?
動かす者がいないのにどうやって動いている?
「はっ? それは本当に? 見間違いではなく? どうなっているんだ」
何だ?
「団長。4匹のアビルフールミが、姿を現したと」
アビルフールミ?
あの、アビルフールミ?
地中に引きずりこむ魔物、アビルフールミ?
「どうして……」
そう言えば、アビルフールミは森の神に仕えていると報告があったな。
アビルフールミだけでなく、種の長であるアンフェールフールミの姿も森の神の傍にあったとか。
「森の神が動いているのか?」
「その可能性がありますね。ただ、王と宰相どちらのためでしょうか?」
それが問題だな。
王なら問題ないが、宰相のためだとしたら……。
いや、宰相のためなら壁が壊れても姿を現さないんじゃないか?
姿を見せた事で、反逆者たちは困惑しているらしいからな。
「反逆者の動きは?」
「ゴーレムとアビルフールミの登場で、壁を壊してからは動きが無いそうです。森から宰相の姿が見えたそうですが、ゴーレムがいるためエントール国には入れないと言っています」
ゴーレムが、邪魔を?
もしかして……。
「あの……アビルフールミとゴーレムが仲間の可能性があるような事を言ってきました」
「やはり、そうか」
ミリラ副団長の、言葉に確信を持つ。
森の神は、エントール国の王のために動いてくれたのだと。
ゴーレムは、おそらく森の神が作ったのだろう。
ゴーレムに見えるが、森の神が作った物が普通のわけがない。
きっと特殊なゴーレムだから、傍で動かす者がいなくても動いているのだ。
「森の神は、宰相たちを見張っていたのかもしれないな」
「「えっ?」」
俺の言葉に、ミリラ副団長が驚きの声をあげる。
今まで黙って話を聞いていた、ミリラ副団長のすぐ後ろを走っていた補佐も、さすがに声をあげてしまったようだ。
「そうでなければ、壁を壊した瞬間にゴーレムたちが姿を見せるはずがないだろう」
きっと被害が広がらないように、隠していた姿を見せてくれたのだ。
「それは、そうですね。いつから宰相を見張っていたのでしょうか?」
「もしかしたら、かなり前からかもな」
ダダビスが言っていた。
エントール国がエンペラス国のようにならないか、警戒していたみたいだと。
こうなると、ずっと見張られていた可能性があるな。
「あの」
「なんだ?」
ミリラ副団長の困った声に視線を向ける。
「アルメアレニエも、姿を見せたそうです。近くには、複数のアルメアレニエを確認したとあります。あと国の近くに現れた混ぜ物を、ゴーレムが簡単に倒したと連絡があったそうです」
「アルメアレニエが? 混ぜ物をゴーレムが屠った?」
やはり、王側だと判断して問題なさそうだな。
「そろそろ壁が見えるんだが……静かだな」
反逆者の姿が見え始めたが……既に、戦意喪失している者もいるようだな。
彼らも気付いたのだろう。
森の神が、エントール国の現王のために動いたと。
「簡単に捕縛できそうですね」
ミリラ副団長の言葉に、補佐が頷くのが見えた。
「最後まで気を抜くな。囲え!」
俺の言葉に、反逆者を囲うように団員たちが動く。
「あれですね」
ミリラ副団長の視線を追うと、ゴーレムの姿が見えた。
想像していた姿より、はるかに小さい事に驚く。
「……小さいですね」
ミリラ副団長の戸惑った声に頷く。
「あぁ、そうだな」
もっと、力を見せつけるようなゴーレムを想像していたので、予想外だ。
彼らを刺激しないように、そっと近付く。
声を掛けるべきだろうか?
それにしても、アビルフールミの姿を初めて近くで見たが、恐ろしいな。
まだそれほど大きいサイズではなかったが、強靭なあごで俺たちなどあっという間に地面に引きずり込むんだろうな。
アルメアレニエか。
森で遭遇したことがあったが、あれは恐ろしかった。
気付くと頭上から、こちらの様子を窺っていたからな。
あれ?
今、あのゴーレム……。
「えっ! あっ。移動するみたいって……速い!」
小さいアビルフールミを先頭に、移動を始めたゴーレムたち。
あまりの速さに、あっという間に見失ってしまった。
「あの……団長」
「なんだ」
「あのゴーレム……しゃべりませんでしたか?」
ミリラ副団長の言葉に、俺の聞き間違いではなかったと確信した。
「そうだな」
「……ゴーレムですよね?」
「……森の神が作ったゴーレムだからな」
森の神か。
恐ろしい存在だ。
「団長。宰相を捕まえました。抵抗は無かったそうです」
「分かった。怪我人は?」
「1人」
1人?
「宰相が殴ったそうで、頬に怪我があるそうです」
「……そうか」
苛立ちでも、ぶつけられたのか?




