26.エントール国 エスマルイート王
-エントール国 エスマルイート王視点-
「では、間違いないのだな?」
エントール国の宰相が目の前で跪く騎士に確認を取る。
その顔には少し焦りがあるのがわかる。
「間違いありません。森はエンペラス国の第1騎士団団長ガンミルゼ……様を守りました」
騎士は名前の後に一瞬迷いを見せたが、様を付けて宰相に答えを返す。
静寂に包まれていた謁見の間に、小さなどよめきが起こる。
宰相は、眉間にしわを寄せるが1つ息を吐き出す事で気持ちを抑えたようだ。
エントール国の騎士が、他国の同等の騎士に目上の敬称を付けることは無い。
だが、今この場で我が国の第3騎士団団長ダダビスはガンミルゼを目上とした。
森での事にすぐさま独自で判断できる力に満足する。
「そうか」
私の声が謁見の間に響くと、どよめきが収まり部屋に静寂が訪れる。
視線を向けて来る貴族たちを見回し、最後に騎士に視線を向ける。
「森はガンミルゼを必要な者として認めた。第3騎士団団長ダダビスよ、そなたはそう判断したのだな?」
「はい」
ダダビスの迷いのない答えに、難しい顔になる宰相。
声を出して笑いそうになるのを、何とか耐える。
彼にとっては、目論見が外れてしまったので悔しいのだろう。
数日前、宰相は「エンペラス国が力を得る前に攻めてしまいましょう」と、提案してきた。
既に、多くの貴族の支持も集めている事が窺え、自分の失敗に苦い思いをしたものだ。
だが、今日の報告ですべてが変わる。
数日前、森全体を包み込む膜のような光が現れた。
その光からは高純度の魔力を感じ、わが国に混乱を起こした。
だが光はまるで森の中に吸い込まれる様に消えていき、何が起こったのかは不明。
魔術師たちが調べたが、あの光が現れた原因を突き止めることは出来なかった。
だがその答えを持って、森の中を調査していた第3騎士団が戻って来た。
そして、あの光の正体。
誰も想像していなかっただろう。
まさか森が、攻め込んで来ていた国の人間を守るなど。
だが、森は1つの意思を示した。
それが全てだ。
このエントール国は獣人の国。
エルフも人間もドワーフもいるが、獣人が一番多い。
またこの国は、他の国と違い他種族のハーフも多く存在している。
この目の前にいるダダビスも、獣人とエルフのハーフだったはずだ。
それが許されると判断されたのは、最初に生まれたハーフが森に守られたからだと言い伝えられている。
森と共に生きてきたエントール国。
その国が、森の判断を無下にする事は断じてない。
「次の王はガンミルゼで間違いないだろう。使者の用意をしておくように」
「……それは」
「宰相、何か異論でも?」
「まだ……」
何処まで戦争の用意をしていたのか不明だが、ある程度私財をつぎ込んでいたのだろう。
引くに引けない状態という事か?
ばかばかしい。
「私は言っておいたはずだろう。早まるでない、行動は慎重に致せと」
謁見の間に私の声が響くと、高位貴族達が視線を彷徨わせているのが、視界に入る。
おそらく宰相の仲間だろう。
……結構な数が宰相についていたのだな。
「そうですが……」
「何か問題でもあるか?」
宰相は視線を私に向ける。
「ガンミルゼもエンペラス国で獣人を虐げてきた存在です。森が許したのは、間違いでは?」
報告をした騎士ダダビスの隣にいる副団長の肩が少し揺れた。
それはそうだろう。
団長の報告に不平を言ったのだ。
あの光に包まれた森の中に、実際に目で見た事を報告したにも関わらずだ。
この場で団長を否定するという事は、任務に就いていた第3騎士団に喧嘩を売ることになるのだが、判っているのか?
「騎士の報告が嘘だとでも?」
「それは……ですが、奴が獣人を殺したという情報も」
「確かに」
「では」
「だからなんだ?」
「えっ?」
「獣人を殺したという情報は聞いている。だからそれがどうしたと聞いている」
「獣人である同士を殺した奴を認めると?」
「……宰相、彼はエンペラス国の騎士だ。地位を得るにはどうしても逃れられない現実がある」
「地位を得るために獣人を殺してもいいと?」
「ガンミルゼの部下の行動を見ていると、地位を得る必要があったと言えるだろう」
「ですが!」
「ふぅ。エンペラス国の前王が死んだ時、第1騎士団の多くは王都ではなく何処にいた?」
「それは……」
「答えよ!」
「各村や町にいたと」
「それはなぜだ?」
「……」
「前王を討ちとった後の混乱を抑えるためであろう。しかも、討ち取る数日前には貧困層から売られてきた子供達を避難させてもいる、その一団に獣人達も多数紛れ込んでいた事も確認されている」
「それは、そうですが……」
「第1騎士団が各地で行った事は何だ?」
「くっ……」
「奴隷解放宣言の後、戦えない獣人の子供達の保護だ。並びに各村や町の領主との交渉。これらは1日や2日の準備では出来ない」
「……」
「おそらく、準備に10年以上かかっているはずだ。第1騎士団の団員の意思を、極秘で1つにまとめるだけでもどれほど大変か!」
宰相は悔しそうに下を向く。
エンペラス国の前王の死と同時に知らされた様々な情報。
私とて、その情報を全て鵜呑みにしたわけではない。
だが、上がってくる報告のすべてに第1騎士団団長ガンミルゼの姿がちらついた。
遺跡調査と言う名ばかりの調査団に集められた人選を見て、笑ってしまった。
新人で力の弱い魔導師に、奉公してすぐの若い子供達。
なにより警護に当たる奴隷達の中に、生まれたばかりの獣人とその母達が含まれていたのだ。
どう考えたって、何らかの意図が働いているのが分かる。
その一団が向かった先はもちろん遺跡などではなく、身を隠すように移動を続けある町に到着。
その町こそが、ガンミルゼの統治する町だった。
そして王城の様子を窺っていた間者からの報告書には、王の死んだ日の事が詳細に書かれていた。
あの日、王城の裏の扉が警護を付けることなく開かれていた事。
光に襲われてすぐに、騎士たちに守られる様に獣人達が王城から外へと走り出した事。
その騎士たちについていた紋章が、第1騎士団のモノだった事。
そして王城近くの倉庫に入り、出て来ると格好が変わっていた事。
それを待ち構えるように、あちこちから人が現れ数人に分けてすぐさま移動を開始した事。
他の町や村からの報告を見ても、全て計画されていたことが窺える。
全ての準備にどれだけの時間を費やしたのか、それは1年や2年では到底無理だ。
あの国では、ガンミルゼの意見は少数だったはず。
その中から、同じ事を思う仲間を見つける事がどれだけ大変か。
おそらく、他国の間者だけでなく自国の間者の目を潜り抜けながら少しずつ準備をしてきたのだ。
国を変えるためだけなら、獣人達は無視しても良いはず。
だが奴隷である獣人達の解放に向けても、同時に準備をしていたのが分かる。
「ダダビス」
「はい」
「ご苦労であった」
「はっ」
「エントール国は森の意思を尊重する。ガンミルゼ王となった暁には友好国となるよう努力する」
私は宣言を行い、謁見の間を後にする。
後ろに第1騎士団の団長が付き従っている。
「ガルファ」
「はい」
「ガンミルゼと同じことが出来るか?」
「……無茶を言わないでください」
ハハハ、確かに。
俺とて、同じことが出来るとは思わない。
どれほどの覚悟があれば、出来るのか。
俺には想像すらできないな。
そんな人物が王となるのだ。
友好国以外の道など、選べるはずがないではないか。