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EX-9 七夕前夜祭花火大会 コ

 M県S市の七夕祭りは8月6日から8日8日の3日間開催される。


 何故7月ではなく8月に開催されるのか? 理由は7月だと他県と開催日が被ってしまい集客力が落ちてしまうため……ではなく、旧暦と新暦の問題らしい。元々七夕祭りは旧暦7月7日に行われる行事だった。


 だが旧暦通りに七夕祭りを行うと、年によって開催日時がバラバラになりややこしい。かといって、新暦の7月7日に開催するのは季節感が合わない。(S市の七夕祭りには祖先の霊を祀るお盆と、米の豊作祈願の両方の意味が込められていた)


 ならば単純に1ヶ月ずらして8月6日から8月8日に開催しよう、というのが8月に七夕祭りが行われる理由だ。大規模な祭りの為、梅雨の時期はずらしたかったという思惑もあったとか。


 ……が、悲しいかなS市の七夕祭りは必ず雨が降るというジンクスがある。地元民にとっては「また雨が降ったのか」と夏の風物詩だ。去年なんて台風という憂き目に遭った。皮肉なものである。


 そして、その七夕祭りの前夜祭として、毎年8月5日に花火大会が開催される。

 派手な外見地味な名前こと俺、田中二郎は小学6年生から人混みが苦手になってしまったため、凄まじい混雑をみせる花火大会に行かなくなった。


 しかし、然程混雑しない穴場があると姫路先輩から誘われ、今年は行くことにした。久しぶりの花火大会がちょっと……いや、結構楽しみでもあった。人混みは苦手だが、祭り自体は嫌いじゃあないのだ。


 夕飯を作り置きし、父さんに「レンチンして食べて」と声を掛けてから、ヤギコーに向かう。そして集合時間の10分前、16時50分にヤギコー正門に到着した。

 演劇部の面々は大体揃っていた。その中には音無さんも居た。音無さんと姫路先輩の2人はいつの間にかヨリを戻したようだ。


 集合時間5分前。何故か江口さんと十字架さんが集合場所に現れた。


「あれ? どうして2人がここに?」

「先輩に誘われたのです」

「アタイは……着物が無料(ただ)で着れるって聞いて」


 そして集合時間の17時になり、花火大会参加者が全員集合した。時間にルーズな人が多いS市では、割と奇跡的な出来事である。


「うむ。では部室に向かおうではないか」


 花火大会前に部室に向かう理由……それは花火大会にピッタリの服装である浴衣や着物に着替えるためだった。男は演劇部の部室で、女は女子更衣室まで移動してから着替えを済ます。


 OBOGの好意により、演劇部には寄贈された浴衣や着物が大量に保管されている。でもそれを使う機会は七夕物語の公演ぐらいで、過去の先輩達はそれを勿体なく思っていたそうだ。


 浴衣や着物に埃を被せたままにするのは忍びない。折角だから花火大会に着て行こう。

 かつての先輩はそう考えた。そしてそれが毎年演劇部の恒例行事となったそうだ。


 着替えるのは強制ではないが、演劇部には変身願望のある人間が多い。だから大抵全員着替えることになる。等といったことを、浴衣に着替えてる最中に姫路先輩が説明してくれた。


「うむ。全員着替え終えたな。では、会場に向かおうではないか」


 着替え終えた俺達はヤギコーを出発。噂の穴場へと向かう。


「さて、これからオレ達は青羽(あおば)学生会館に向かう。そこでは花火大会の時のみ屋上が解放され、オレ達はそこで悠々と花火を鑑賞することができる。これは、青羽学生会館の御好意によるものだ。だからマナーは守れよ。毎年利用者全員マナーをちゃんと守っているから、屋上が解放されている。つまり、我々がマナー違反を働いたら、他の利用者の迷惑にもなってしまう。それを決して忘れるな。いいな? くれぐれも羽目は外すな。くれっっっぐれも羽目は外すな!」


 道中、大門先輩が何度も何度も口酸っぱく注意事項を述べる。部員達は、少し緊張した面持ちで大門先輩の言葉に耳を傾けていた。


 楽しい花火大会に向かっている筈なのに、なんだかちょっぴり空気が重い。でも、大門先輩の話はとても大切なことだ。


 歩いて約15分、俺達は青羽学生会館に到着した。学生会館の管理人に挨拶してから、俺達は屋上へ向かう。


「アレッ? ジローちゃん!?」


 屋上に出ると、聞き馴染んだ声が耳に届いた。


「信長。オマエも来てたのか」


 俺は演劇部から離れ、信長の元へ。


「ボクはロボ研の付き合いで。つーかジローちゃん。花火大会嫌いだったんじゃね?」

「正確には人混みな。先輩が人の少ない穴場があるって言ってたから……」


 俺は屋上一帯を見渡した。それなりに人が居たが、屋上は十分広く、悠々と足を延ばせるだろう。

 また、屋上に集まっている人は俺と年の近い人ばかりで、大人の姿が1人も見当たらない。


「屋上は入居者の大学生と、ヤギコー生にのみ解放されてる。だからここに居るのは学生だけ」


 信長が俺の疑問に答えてくれた。


「ヤギコー生だけ特別許されてる理由は?」

「ここを設立した人がヤギコー出身らしい」

「成程。それならゆっくり花火を楽しめそうだな」

「そう……だといいね」


 大人の目が無いという事実は、それだけで気が楽になる。

 でもだからこそ、大門先輩は羽目を外すなと口酸っぱく言ってたのだろう。学生同士の悪乗りは、時に取り返しのつかない事態になってしまうのだから。


「むむむ! 田中君。おヌシも来ていたのか」


 振り向くと、エルフ先輩が立っていた。その背後には腐れ外道共……じゃなくて、美術部3腐人も居る。


「ゆ、浴衣姿……まさかの神降臨だぞよ!」

「和服シチュキタコレ!」

「資料用に写真撮らせろ!」


 相変わらず(かしま)しい人たちだ。


「写真はNGです」


 俺は両腕で×印を作り、プイッと彼女達に背を向けた。俺はまだ美術室での一件を許してない。


 俺は一旦大門先輩のところに戻り、屋上を自由に歩き回ってもいいか尋ねた。


「うむ。問題ない。ただし、くれぐれもマナーは守るように」

「分かってますって」


 大門先輩の了承を得れたので、俺はグルリと屋上一帯を歩き回る。花火を抜きにしても、ここの屋上から見渡せる夜景は中々に絶景で、それを見て回りたかったのだ。


 普段着ることのない浴衣姿であるというのもあり、俺は観光中のような、非日常に身を置いている気分になってきた。人混みが苦手だから縁日を避けていたが、こういう風に過ごせるのなら悪くない。


 ……ただ、屋上を回っている最中に、妙に殺気立った声が耳に入って来た。


「まもなく花火開始だ。野郎ども。気合はいいか?」

「今年こそ……今年こそ彼女ゲッチュ。いかんキメ顔キメ顔」

「なあ……俺の髪型決まってるよな? カッコいいよな!?」


「30分後に最初の花火が打ち上がる。誰がどうなっても恨みっこなし。いいね」

「THK大生。高学歴。イケメン。将来性あり……」

「わたしは可愛いDK(男子高生)漁りたいなー」


 俺は夏の夜にも関わらず、酷い寒気を感じた。


 ヘックション!!

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