1-9 そうだお祓いをしよう 破
ボクらはお祓いを受けるために、西の社務所に来ていた。社務所には巫女が独り。ボクは彼女に尋ねた。
「すみません。お祓いを受けたいんですが」
「でしたら、こちらの受付用紙に御記入頂けますか」
ボクは社務所の巫女から2枚の受付用紙を受け取ると、1枚をジローちゃんに渡し、記入用に設けられた長机に移動した。机上のボールペンを手に取り、受付用紙に記入すべき事項を確認する。住所、氏名、年齢、願意、そして『初穂料』。
……何て読むんだコレ。
「ジローちゃん。このなんとか料って何のことか分かる?」
「初穂料。お祓いにかかる料金のことだな」
「でも空白じゃね。料金なら、金額が書かれてるもんじゃね?」
「お参りの時、お賽銭の金額が定められてないだろう。それと同じようなもので、気持ちの金額を書き込むのだ」
「え、じゃあ10円でもいいのか?」
「流石にそれはちょっとなあ……一応相場があった筈だから、巫女さんに聞いてくれまいか?」
ボクが社務所の巫女に尋ねると、
「個人の場合、大体5000円をお納めして頂いております」
「5000円!?」
それを聞いたジローちゃんが叫び声を上げた。それもそうだ。普通の高校生にとって5000円は大金だ。ボクらは社務所に背を向け、小声で相談する。
「そこまで掛かるとは思わなんだ。5000円もあれば古今東西悪魔図鑑が買える」
「ボクもお祓いに使うくらいなら、センサー付きブラシレスモーターを新調したい」
「信長よ」「ジローちゃん」
「「止めるか」」
意思を統一し、ボクらは社務所の方を振り返った。
「すみません。今日はちょっと持ち合わせが無くて……」
「この受付用紙はお返しします。お時間を取らせてしまい、大変申し訳ありませんでした」
そう言いながら、ジローちゃんは未記入の受付用紙を返した。一瞬、中二病発言が飛び出てしまうんじゃないかとハラハラしたが、今回は大丈夫だったようだ。随分とブレのある祟りだ。
そして、ボクとジローちゃんは揃って踵を返す。
「御待ちなさい」
背後から少々しわがれ年季を感じさせる女性の声に引き止められ、ボクらは歩みを止めた。振り返ると、社務所に歳を重ねた女神主が1人増えていた。
「お二人とも、とてもお若いにも関わらずお祓いに来られたということは、何か深いお悩みがあるのでしょう」
「え、ああ、まあ……」
ジローちゃんの中二病発言が止まらなくなったんです。何て正直に言えるわけがないから、適当に言葉を濁すしかなかった。
「今回だけ特別に無料で宜しいですよ」
女神主からまさかの施し。驚きでボクらが声を失っていると、女神主は慈悲深き菩薩のごとく、ニッコリと笑った。
「お二人とも一礼してから鳥居をくぐられたでしょう。参道も中央じゃなく、ちゃんと端を歩いていましたし、手水舎でのお清めも正しい手順でした。若いながら、大人でさえ守らないお作法をきちんと守られていたので、正直感心しておりました。きっと神様も喜んでおられます」
まさかジローちゃんの変な礼儀正しさが、ここで功を奏すとは……
ボクらは顔を見合わせ、互いに頷いた。
「じゃあ、お言葉に甘えます。えっと、まずはそれを記入すればいいんですよね」
「はい。あ、無料でと言いましたが、初穂料にはお気持ちの金額を書いてお納めください。お賽銭程度の金額で結構ですので」
「分かりました」
そして、ボクらは再び受付用紙を受け取り、背後の長机で氏名・年齢等を記入していく。
「……信長よ。大変申し訳ないのだが、もう一枚貰ってきてくれまいか」
そう言いながら、ジローちゃんは赤面しつつ、記入済みの受付用紙を差し出してきた。
『氏名:田中二郎』
『住所:魔界最深部アザトース区闇夜神殿第13扉4-44-444』
『年齢:666歳』
『願意:世界征服』
『初穂料:5円』
「書くのも駄目なんだ……」
「済まぬ。忘れてた」
それでも、名前だけは自分の名前を貫く辺りがジローちゃんらしい。
ボクは書き損じたと、社務所から受付用紙をもう一枚貰い、それをジローちゃんに渡そうとしたが、
「済まぬが、代わりに書いてくれるか?」
とのことだったので、ジローちゃんの代わりに各欄を埋めていく。
『氏名:田中二郎』
『住所:M県S市大城区鍵鳥町○○番地XXX』
『年齢:16歳』
『願意: 』
『初穂料:5円』
「えっと……願意って、願い事を書けばいいんだよねえ」
「ああ。それで問題ない」
「何て書けばいい?」
「この場合は病魔退散……でいいよな?」
「ボクに聞くんじゃね」
とりあえず、ボクは願意に病魔退散と書いた。でも、それだけだと体調不良の方と勘違いされそうな気がしたため、より正確を期すため言葉を書き加えた。
『願意:病魔退散(中二病をお治しください)』
「……ほい。書き終わったよ。ボクの分と一緒に出してくんね」
「ありがとう。ホント助かる」
社務所に受付用紙を出した後、ボクらは女神主と巫女の先導により、神社の建物中へと導かれる。初めて目にする神域の内側に、ボクは少し緊張した。
***
田中と信長を拝殿まで案内し終えてから、女神主と巫女が浮足立った様子で会話していた。
「奥様……宮司に確認せず勝手に決めて、大丈夫ですか?」
「だって見たでしょう! すっごいイケメンじゃない!」
「確かに! 正直ドキドキしました」
「でしょう? あんな男前、そのまま帰したらむしろ主様に怒られてしまいます。これは我等の主様を思っての行動です」
「な、なるほど……主様、男好きですからね。それはそうと、あのイケメン学生、芸能人ですかね?」
「少なくともテレビで見たことは無いですね。何にせよ、カメラを準備するのです」
「カメラ? 何に使うんですか」
「お馬鹿。写真を撮るに決まっているでしょう」
「まあ私も欲しいですけど……」
「お馬鹿。それもありますが、宣伝に使うのですよ。イケメンのお祓い写真。上手くいけば、かなりの宣伝効果を期待できます」
「しょ、肖像権とかの問題は?」
「……私達は主様に仕えております。当神社の繁栄が……主様が第一です。俗世の下らぬ決まりごとなど取るに足りません。これは主様の為なのです」
「成程そうですね。主様の為なら仕方ありません」
「他の巫女にも連絡を。私は宮司と共に修祓の準備をしてきます」
「畏まりました」