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中二病を治したかったのだが! ~それは青春というより黒春~  作者: 中山おかめ
第伍幕 ぼくを生んでくれてありがとう。
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5-9 男女の修羅場は魔王も食えない 下

「ふう……ありがとうございます」


 時計塔の梯子を登り切り、俺は姫路先輩の隣に座る。


「また助けられちゃいましたね」


 俺は笑顔でそう語りかけた。


「……田中みてえなゲロ野郎、別に落ちても良かったってな」


 しかし姫路先輩から返って来るのは罵詈雑言。相変わらず可愛らしい見た目に反して口が悪い。でも、俺を拒まずにいるのだから、聞く耳を持っているということだ。


「姫路先輩。あのですね……」


 そして俺は誤解を丁寧に紐解いていく。


 俺と音無さんは恋人の関係では無いこと。

 カフェ・ベートーヴェンで彼女の悩みを聞いてあげていたこと。

 その悩みとは、姫路先輩に関するものであること。

 音無さんが姫路先輩のことを今も大好きであること。

 それだけに、姫路先輩との体の関係を拒絶してしまったことを申し訳なく思っていること。

 音無さんは男がちょっと苦手なこと。

 そして……姫路先輩が捨てた弁当を見つけてしまったこと。


「それは……ワリイことをしたな」


 姫路先輩はホントに申し訳なさそうな声で呟いた。やはり悪意から弁当を捨てたのではないことが分かり、俺は安堵する。


「正直に謝った方がいいと思います」

「……そうだよなあ」


 姫路先輩は空を見上げながら、溜息交じりに呟いた。

 俺は「偉そうなこと言えるほど恋愛経験無いですけどね」と、自虐的に付け加える。


「なあ田中。どうしてアンタはそうなんだ?」

「どういう意味ですか?」

「だってよ。アンタやたらお節介じゃねえってな。もう一度聞くが、空が好きな訳じゃねえんだよな?」

「うん。音無さんとは友達です」


 俺は正直に答えた。すると姫路先輩は呆れた声を上げる。


「普通好きでもねえ女の愚痴に付き合ったりしねえってよ。ほら、女の悩みってメンドくせえし、男にゃ理解できねえ部分もあるだろ」

「でも……悩める人がいるのなら、それに寄り添うのが魔王の務め……ゲフン!」


 俺は慌てて言い直す。最近開き直ったせいか、眼鏡をしてても中二発言が漏れ気味だ。


「悩める人を放って置くのは主義に反するので」

「ハッ! カッケエなオイ」

「だから姫路先輩も俺を頼っていいですよ」

「ハイ?」


 やがて姫路先輩は「ゲロパねえ」と大声で笑い始めた。むう……笑われるのはちょっと不本意だ。


「じゃあ……一つ頼らせてもらうってな」


 姫路先輩は一つ「ウ゛ウ゛ン゛」と咳払いをしてから、俺に頼みごとを告げる。


「空を連れて来てくれ」


 ***


「このまま自然消滅でもよかったんだが、ちゃんとケジメは付けねえとな」


 姫路先輩は音無さんの目を正面から捉える。


「別れよう」


 青空の屋上にて、姫路先輩は悲しげな眼差しと共に別れを切り出した。まるでドラマのワンシーン。

 そして……どうして俺は修羅場に付き合わされてるのだろうか。隠れて様子を窺っているとか、そういう状況ではなく、立ち去ろうとしたら姫路先輩に残ってくれと頼まれたのだ。

 何故に? どうして? ホワイ? こういうのって2人っきりで話すべきものじゃあないのか? それともこれが最近のムーブメント? 分からん……


「嫌……嫌だよ!」


 音無さんは首を左右に振り、別れを拒絶する。


「こ、今度は、今度はちゃんとするから! 頑張るから!」

「チゲエよ。そうじゃねえ」

「じゃあ太ってるから? それともお弁当不味かった? 悪いところがあるなら言って。頑張って治すから!」

「チゲエよ。おれが空に見合わねえってな」


 そう告げる姫路先輩の瞳に、自虐的な色が見えた。


「じゃあな音無(・・)。お前との1ヶ月、結構楽しかったぜ」


 そして姫路先輩は音無さんを横切った。音無さんはショックの余りからか、振り返りすらしなかった。


「変なことに巻き込んで悪かったな」


 姫路先輩は去り際に、俺の肩に手を置いて、俺にだけ聞こえるよう小さな声で言った。


 音無さんが呆然と、屋上の中央で立ち尽くしている。

 どれぐらいの間そうしていたのだろうか。やがて音無さんは意識が宙に浮いているかのようなポカンとした表情で、静かに言った。


「ごめんジロくん。今日はちょっと……無理」

「いえ、大丈夫です」


 俺は他に掛ける言葉が見つからなかった。もっと気の利いた言葉を掛けられればいいのだが、恋愛レベルゼロの俺には難題過ぎる。


 音無さんはフラフラとした足取りで、屋上から去って行く。俺はせめて傍に居て上げようと、彼女を追った。


「ヘイ田中ボーイ。そこは1人にしてやろうぜ」


 階段を降りようとする俺の背後から、悲室先輩に声を掛けられた。彼女は腕を組んで立っていた。


「いつからそこに? というかまだ屋上に居たんですか?」

「恋の香りが漂う時、愛の伝道師はどこにだって現れるのさ」

「つまり出歯亀(デバガメ)ですね。覗きの罪で通報します」

「なにさ人聞きの悪い」


 頬を膨らませる悲室先輩。もっと弄りたいが、今はそれどころじゃあない。

 俺は音無さんを追い駆けようとする。だが、悲室先輩が回り込み通せんぼ。


「1人にしてあげなって」

「でも……」

「田中ボーイ。失恋は独りになって、気持ちを整理する時間が必要なのさ。だから……ね?」


 彼女の言わんとしていることは、分からなくもない。辛いことがあったら、独りになりたい気持ちは分かる。でも、今の音無さんを独りにしてもいいのだろうか?


「田中ボーイ。追い駆けたら、逆に追い詰めてしまうこともあるぜ。時には待つことも重要さ」

「そういう……ものですか?」

「そういうものさ」


 そう言って、悲室先輩が右目でウィンクした。男性的精悍さと女性的優雅さを併せ持ったウィンクに、思わず見惚れてしまう。


「田中ボーイ。キミに話して置きたいいことがある」


 悲室先輩は真面目かつ、どことなく艶のある声でそう言った。

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