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中二病を治したかったのだが! ~それは青春というより黒春~  作者: 中山おかめ
第伍幕 ぼくを生んでくれてありがとう。
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5-3 七夕物語の稽古をしよう 急

 俺は眼鏡なしの状態でワンシーンを演じ終えた。驚くべきことに、台詞動作表情、全て台本通りにできた。


「……うん。これだったら眼鏡無しでも行けそうです」


 そう告げると、演劇部の面々から拍手が送られる。何かこそばゆい。


「うむ。上手く行って何よりだ」


 稽古を見ていた大門先輩が満足そうに頷いた。


「何かその……済みません」

「気にするな。田中の事情を考慮しなかったオレが悪い」


 眼鏡無しでも演技可能となった理由。それはヒコボシの台詞を中二臭くしてしまうことだった。俺が役に合わせるのではなく、役を俺に合わせる。逆転の発想だった。


「役者1人1人の個性に合わせる。それもまた、演劇というものだ」


 大門先輩は神妙に言った。

 俺は熱血気味な大門先輩を、頑固で職人気質な人物だと思っていたが、その認識を改めなければならない。彼はとても柔軟な思考の持ち主だった。少なくとも演劇に関しては。


「でも、ちょっと台詞が小難し過ぎませんか? 子供は理解できるんですかね」

「うむ。問題ない。何よりも大事なのは雰囲気作りだ。それさえできればストーリーは伝わる」


 それは演技が駄目ならストーリーが伝わらないということを暗に意味している。にも関わらず、メインキャストはド素人の俺。子供向けの公演と言えど、不安になってきた。


「田中。お前は勘違いしている。劇はお前1人で作り上げているものではない。主演に助演に脇役、照明や音響等の裏方、そして監督のオレ、全員が力を合わせて作り上げるものだ。お客様から見ると主役は1人だが、舞台を作る我々から見れば、我々1人1人全員が主役だ。主役が主役を支え合い、演劇を作り出す。大勢の主役に囲まれて、何を恐れる必要があろうか」

「カッケえなオイ」


 大門先輩による熱弁。

 隣で聞いていた姫路先輩が軽い口調で称賛した。


『演劇部には大ちゃんが居る。だから大丈夫さ』


 つと、俺は屋上での悲室先輩の言葉を思い出した。


「では、他の台詞も修正しようではないか。手伝ってくれるか田中?」

「勿論です」

「姫路の台詞もかなり直すことになるが、いいか?」

「問題ねえよ」


 そして俺と大門先輩と姫路先輩の3人で協力し、台詞を修正していった。3人寄れば文殊の知恵と言うべきか、修正作業はサクサク進んだ。

 そして台本の修正が9割がた終わったところで、突如視聴覚室内のスピーカーから聞きなれたラジオが流れる。


『ヤギコー♪ イチパーセントォ プ レ ハ ブ ラ ジ オ♪ 15時だべ~~~♪』


 時計を見ると、時刻は15時半を回っていた。


 ***


 オレは台本の修正作業中、突如始まったラジオ番組に物凄く驚いた。

 それはもう、今をときめく舞台女優の電撃結婚報道と同レベルの衝撃だった。


 ヤギコー1%プレハブラジオ、15時だべ。


 6月から突如始まった校内ラジオであり、毎週月曜日15時半に放送されている。今日で放送は6回目だ。15時だべと言いつつ15時半開始の、色々と突っ込みどころ満載のラジオ番組。


 確かに、今日は7月23日の月曜日であるから、放送されてもおかしくないように思える。

 しかし今日はまだ夏休みが始まったばかりであり、我々演劇部や野球部、バスケ部などといった精力的に練習に励む部を除き、学校に来ている生徒は少ない。


「ヤギラジ今日もヤんのかよ。意味あんのか?」


 姫路もオレと同じ考えのようだ。


「まあ、オレはファンだから、夏休み中も彼の声が聞けて嬉しいぞ」


 オレはヤギラジのファンだった。というよりも、正体不明のパーソナリティ桜井ゴートに興味深々なのだ。


「大門先輩。台詞のチェックお願いします」


 田中は余りヤギラジに興味が無さそうだった。いや……興味がないというよりも、優先すべきは目の前の作業だと考えているのだろう。真面目な奴だ。


「一旦休憩にしよう。オレはヤギラジを聞きたい」


 オレは鉛筆を置き、ヤギラジに耳を傾ける。


『HEYHEYHEYヘエエエエエイ! さあさあ本日もやって参りました、ヤギコー1%プレハブラジオ、15時だべ。パーソナリティはわたくし桜井ゴート』


 渋めの低音美声による軽快なトークにより番組が進められていく。是非とも彼をナレーション役として我が演劇部に迎えたい。


 そしてヤギラジを聞いている最中、ふとオレは思った。

 今、学校に殆ど人はいない。つまり……桜井ゴートの正体を掴む大チャンスなのではないか?


『それではまた次回の放送でお会いしましょう。GOODBYE AND SMILE! さよならは笑顔で』


 思い立つと、居ても立っても居られなくなるのがオレの性。

 ヤギラジが終わると同時に、オレは「放送室に行ってくる!」と言い残し、視聴覚室を飛び出した。


 誰も居ない廊下を一直線に駆け抜ける。視聴覚室と放送室は同じ階にあるため、ものの数秒で到着。扉上部の放送中ランプは消えていた。


 オレはノックなどといったまどろっこしい真似はせず、ドアノブをガチャガチャと回し放送室への突入を試みる。だが残念なことに鍵が掛けられていた。


「ここを開けろ桜井ゴート! お前は完全に包囲されている!」


 ドンドンドン! と刑事ドラマのクライマックスシーンさながら激しく扉をノックする。


「ちょいちょいちょいちょい! 何やってんですか!」


 だが田中に後ろから羽交い絞めにされ、オレは扉から引き剥がされた。


「離せ田中! オレは桜井ゴートにどうしても会いたい! 演劇部に勧誘したい!」

「だとしても、放送室前で騒ぐのは迷惑です」

「放送中のランプは消えている。だから問題ない」

「収録中だったらどうするんですか」


 それを聞き、頭まで昇っていた血が一気に引いていった。ヤギコーの放送室は放送設備だけでなく、音声などの収録機材も揃っているらしい。偶にレコーディングに使わせてもらっていると、JAZZ部の同級生が言っていた。


「それは……考えが至らなかった」

「熱心なのはいいですが、もうちょっと落ち着いて下さい。もう3年生ですよね。今年卒業ですよね」

「す、スマン……でも、どうしても桜井ゴートに会いたくてだな」


 田中は物憂げに一つ溜息を吐いた。そして彼は放送室の前に立ち、コンコンコンと扉をノックする。


音無(おとなし)さん。居ますか?」


 ガチャリと鍵が開き、扉の隙間から一人の女子生徒が顔を半分だけ出す。


「ジロくん? どうしたの?」

「ちょっと話があるのだが、大丈夫?」


 親しげな口調の田中。どうやら2人は知り合いのようだ。


「ぼく()、大丈夫」


 そう言って、音無は素早く放送室から出てきた。一瞬で扉を開け閉めされたため、中を覗くことは叶わなかった。


「それで、話って何?」


 音無はスモーキーボイスでそう言った。女性にしてはかなり低い声だったが、彼女の体型を見ると妙に納得してしまう。


 芸人のような激太り体型ではないが、小太りというには贅肉が付きすぎている。でも、醜いとは感じない。可愛い系のポッチャリさんだ。


 オレは手短に自己紹介を済ませてから、音無に用件を告げる。


「桜井ゴートに会わせてくれ」

「居ません」


 音無は即答した。


「そんな馬鹿な! 放送が終わったばかりだぞ! まだそこに居るんだろう?」

「居ないものは居ません」


 音無は心底面倒くさそうに目を逸らした。そして、もう用は済んだと言わんばかりに放送室へ戻ろうとする。


「ま、待て! せめて桜井ゴートの正体を教えてくれ!」

「教えません」


 取りつく島もない。ここまで冷たくあしらわれると、熱血演劇馬鹿と言われてきたオレですら意気消沈してしまう。


桜井ゴート(ひつじ野郎)は捕まえたか?」


 姫路が背後から現れ、声を掛けてきた。

 すると何故か、ツンケンしていた音無の様子が一変し、どことなく怯えを孕んだ表情になる。


(そら)……」


 姫路も姫路で、どこか気まずそうだった。空気が、本番中に台詞が飛んでしまった瞬間(とき)のような、ヒリヒリとしたものになる。


 何だ? 2人はどういう関係だ?


 しかし関係性を尋ねる前に、音無は怪物から逃げ惑うエキストラの如く、オレ達に背を向け廊下の奥へ逃げて行った。ふくよかな体型にもかかわらず逃げ足は滅茶苦茶に速かった。


「姫路先輩……音無さんと何かあったんですか?」


 田中がオレの気持ちを代弁してくれた。


「……さあな」


 姫路は誰とも目を合わせずに答えた。


 そしてオレは気付いた。

 音無は放送室の鍵を掛けずに立ち去った。もしかすると……


 オレはドアノブを掴んで回す。抵抗なく扉は開いた。


「桜井ゴート! 神妙にお縄につけい!」


 時代劇の定型句を叫びつつ放送室に突入。

 だが……室内はもぬけの空だった。


「……桜井ゴートさーん。隠れてないで出っておいでー」


 返答はない。人の気配も感じない。


 何処かに隠れてないか探したいところだが、勝手に放送室を荒らすのは気が引ける。それに、見る限り隠れる場所は無さそうだった。


「……空が逃げた瞬間に、逃げたんじゃねえの」


 姫路が推理を披露する探偵役のように、顎に手を当てながら言った。


 確かに、音無しが逃げた時、オレ達3人は暫く放送室から目を離していた。しかし、こんなに近くにいて、扉が開いたことに気付かないものだろうか。


「もしくは、音無さんの言う通りだったんじゃあないですか」


 田中が部下を諌めるベテラン刑事役のように、素っ気なく言った。


 どちらの意見も釈然としない。

 オレは結末がぼかされた劇を見た後のようなモヤモヤ感を残しつつ、視聴覚室に戻った。

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