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1-8 そうだお祓いをしよう 序

 ボクは当時の思い出を手繰りながら、かつてのジローちゃんの宣言を再現した。


「えっと……16歳の誕生日を迎えたら、世界征服を開始するのだ。そして高笑い」


 でも実際に高笑いはしたくないから言葉で省略……したにも関わらず恥ずかしい。

 これらのこそばゆいセリフを、恥ずかしげも無く連発していた彼は、まさに魔王メンタルの持ち主だと思う。


「しかし、千里の道も一歩から。まずは手始めにその時通っている学校を征服する。学校征服だ」

「俺そんなこと言ったっけぇ……?」


 枯葉が一枚地面に落ちたときのような、今にも消え入りそうな声。半ズボンの少年、もとい田中二郎は赤面し、頭から湯気を立てていた。あの頃と比較して、一応は恥じらいという感情を覚えてくれたらしい。


「さらに『学校征服を成した暁には、その場所に田中大悪魔城を築く』とか言ってたねえ」

「分かった! もう分かったから、それ以上は止めてくれ」

「いやはや。あの頃から中二病凄まじかったよねえ」

「……当時中一だったがな」


 ジローちゃんが余り意味の無い訂正を入れる。


「いや小学生の時から発症してただろ。さっすがジローちゃん。大人だねえ」

「ウオオオオオオオ!!」


 ボクが恥の上塗りの補足を入れると、ジローちゃんはもんどりを打って恥ずかしがった。


「……つまり、この現象はあの名も知らぬ神様の仕業だと?」


 科学的根拠は何一つ無かったが、他に思い当たる節も無かった。


「やったねジローちゃん。願いが通じたねえ」

「通じてねえよ! 唯の嫌がらせではないか。今日一日だけでどんだけ恥かいたと思ってんだよ……」


 ジローちゃんは、両腕で顔を覆いながら呟いた。

 一体どんな恥をかいたのかは知らないが、間違いなく面白いことだろうから、後でクラスの誰かに聞いてみよう。


「――陳情ちんじょうだ!」


 突然、伏せがちだった顔を上げ、ジローちゃんは大声で叫んだ。


「これはもう、直接陳情に行くしかあるまい。信長よ、これからの予定は?」

「え? まあ今日は部活休みだし、暇だけど」

「ならば共に中峰八満宮へ向かうのだ。フククククク……名も無きまつろわぬ神よ。観念のほぞの固め時だ。貴様は魔王たる俺様に立て付いたのだ」


 どうでもいいことだけど、かつて自分を悪魔と称していた彼は、高校生になって魔王に昇格したらしい。暫く封印してたせいで、病状が悪化したんだろう。


「いいけど、トイレ掃除あとどれ位かかりそう魔王様」


 笑えることに、ジローちゃんは色々やらかした罰としてトイレ掃除を命じられていて、今は任務遂行の真っ最中だった。ボクと話している間も、ジローちゃんは掃除の手を一切緩めていない。


「後5分だ! それで御不浄に掛けられし穢れた呪いを、伽羅色きゃらいろの双剣にて全て払い落とすことができる」


 ジローちゃんは2対の双剣、もといトイレブラシを、まるで2刀流の侍のように構えながら言った。

 うーん、本物の刀なら、当人の端正な容姿と相俟って、結構様になるポーズの筈なんだけどなあ……


「不肖田中二郎。尋常に参る!」


 格好良い台詞を、最高に格好悪い状況下で吐きつつ、ジローちゃんは大小含め便器を隅々まで綺麗に掃除した。掃除なんて適当に済ませてしまえばいいのに、変に真面目なんだこの魔王様は。しかも無駄に掃除スキル高いのが余計笑える。


 ***


 俺はきっちりとトイレ掃除を終わらせてから、俺と信長の2人でかつて初詣に来た神社にやって来た。あの時と変わらぬ鳥居を前に、俺は何だか懐かしい気持ちに襲われた。まだ感傷に浸る年齢ではないはずだが、神社というものは否応なしにノスタルジックな気分にさせてくる。

 恐らく、何百年も続く歴史が――それこそ魔法めいた力が――心に直接働きかけてくるのだろう。


 中峰八満宮なかみねはちまんぐうは市の中心部から東に真っ直ぐの方角に建っている。

 この社は大昔隣のI県にて創祀そうしされたものだが、当時は情勢の不安定な激動の時代。数世紀に渡り、幾度か遷座せんざを余儀なくされた経緯を持つ。

 そして、伊達笹宗だてささむねによりこの地に移されたのを最後に、今日こんにちまで御神体は現在の地にてまつられ続けている。


 御遷座ごせんざから400年。創祀から数えれば1000年。

 その歴史的価値から中峰八満宮は国宝建造物に指定されており、毎年数多くの参拝者が御利益を求め当社を訪れる。大晦日には、神域の境界たる鳥居を越え、街中の道路にまで長蛇の列が続いていたのを目にした事がある。


 俺達は混雑を避けるために、あえて日程をずらしたっけか……


「さて、あの祠? の場所はどの辺りだったか……」

「少なくとも、神社の建物の近くではなかったよねえ」


 到着したはいいものの、俺達はあの祠の在処を綺麗さっぱり忘れていた。遥か記憶では、小道を進んだ森の中の印象が強い。おぼろげな記憶を頼りに探すが……


「おかしいな。全然見つからん」


 境内を一回りしても、祠のほの字も見つけられなかった。そもそも、祠へと続く小道自体を発見することができなかった。ならば……


「ちょっくら聞いてくる」

「あ、おいジローちゃん!」


 こういうときは、関係者からの情報収集が基本だ。俺は掃き掃除中の、同い年ぐらいと思わしき白装束の巫女に声を掛けた。


「何でしょうか?」


 巫女が少し顔を赤らめつつ、笑顔を向けてきた。俺様はお返しに邪悪な笑みを返す。


「フククククク……清廉純白なる巫女よ。俺様の瘴気に穢され、狂気の淵に侵されたく無くば、我が問いに正直に答えたまえ」


 過去に一度見たような巫女の引き攣った笑顔。ヤベエ。


「スミマセン! こいつ演劇の役作り中だから何か言動がおかしいけど気にしないで」


 信長が慌てて割って入ってきてくれた。流石だ我が下僕!


「あ、ああ……そうだったんですか。汚す、だとか犯す、だとか言うから、一瞬襲われるのかと思いました」


 オイ巫女。俺はそんなこと言ってない。襲う気も無い。


「イヤイヤ。ジローちゃんにそんな度胸ないよ。だって彼女いない歴イコール年齢のDTなんだから」


 オイ下僕。なんてことを言いやがる。必要ない情報を暴露しないでくれまいか?


「えっ!? そうなんですか」

「そうなんよ。だから許してやって。それでちょっと聞きたいことがあるんですけど……」


 俺の代わりに信長が祠について尋ねてくれたが、巫女は知らないと答えた。だが宮司なら何か知ってるかも、と言い残し、巫女は拝殿の中へ入って行った。


「忘れてた……助かったぞ信長よ」

「ジローちゃん。今日はもう誰とも会話すんな」

「そうさせて貰う……しかしだ、信長よ」

「何?」

「人のことを童貞呼ばわりするの止めてくれないか?」

「でも事実じゃね。それとも彼女できた?」

「……返す言葉もありません」


 暫くして、巫女が宮司を連れ拝殿から戻ってきた。そして、境内にそのような祠は存在しないと告げられた。

 宮司曰く、そもそも祠とは神を祀るための小さなお社のことで、分かりやすく言うと神社の超ミニチュア版だ。だから神社の敷地内に、別の神社が存在しないのと同じ理屈で、神社の中に祠が存在するのもあり得ない、だそうだ。

 ただし、神社を造ろうとした際、既に別の神様が祀られていた場合、境内に祠が残されるという形もあるだろうが、その場合祠はきちんと管理される。しかし、中峰八満宮にそういった記録は無いとのことだった。

 俺達は一度宮司に頭を下げてから、境内の休憩所へ移動した。


「俺の記憶違いでなければ、祠……あったよな?」

「あった筈だけどねえ……宮司さんが何か隠してるとか?」

「いや、我がフォレンジックアイは嘘を言ってないと告げている」

「どうしようジローちゃん。何かボク怖くなってきた……」


 信長が怯えた表情を向ける。信長は少々心霊の類いが苦手なタイプだった。


「案ずるな。あの時、俺達は祟られるようなことなぞ何もしていない」

「でもジローちゃん変なことになってんじゃね」


 そこを突かれると言い返せない。よく分からぬ超常的な力により、俺の意思に関係なく我がカルマ……ゲフン! イタイタしい発言が駄々漏れになっているのは事実なのだ。


「やっぱ祟られてんじゃね?」

「こんな馬鹿馬鹿しい祟りがあって堪るか!」

「でもさぁ……アッ!」


 何かに気付いたのか、信長が目を大きく開いた。信長の視線の先を追うと、達筆でこう書かれていた。


『お祓いの相談承ります』


「信長よ……魔王たる俺様に、お祓いを受けろと?」

「うん。駄目かな?」

「信長ァ! 良くぞ気付いた。今日の礼も含めて、後で褒美を取らせよう」

「じゃ、ホシタニ珈琲で奢って」

「却下! 俺を破産させる気か。アーケードのカニアンで勘弁してくれ」

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