前-15 これが俺様の真の姿だ!
ボク、ローズブレイド信長は小学校2年生の秋ごろに、ここ杜の町小学校に転校してきた。
「どうして肌が黒いの?」
「目の色がちがう。もっと近くで見せて!」
「日本語上手だね。すごい」
「変な名前」
浅黒い肌と緑色の目、そして特徴的な名前の転校生。ボクは注目の的だった。でも、ボクはかなりの人見知りで、寄ってくる同級生を無視したり、冷たくあしらったりした。名前について何か言われるのも嫌だった。
やがて飽きたのか、ボクに話しかけて来る子はいなくなった。でも、ボクに対する興味が失われた訳では無かった。
最初は黒板消しトラップだった。教室の扉の上部に挟んでおき、中に入ろうとした者にチョークの粉をお見舞いするやつ。ボクはそれに見事引っかかった。黒い肌が白く染まったことがツボに入ったのか、クラスの皆に大笑いされた。
味を占めたのか、悪戯はどんどんエスカレートしていき、それはイジメへと呼べるものに発展していった。肌の色がおかしいと修正液を塗られたり、緑色の目が気持ち悪いと頭にバケツを被せられたりと、色々やられた。
3年生に進級したが、運悪くいじめっ子達と同じクラスになってしまった。当然のようにイジメは続いた。しかも知恵が付き、過激さが増し始めていた。でも、ある日……
「オマエ等何してんだ!!」
ブチ切れ暴れまわる彼は、正義の味方……というよりも魔王のようだった。
***
「二郎。今日も来ないのかな……」
朝の教室にて、隣に座る幸が小さく呟いた。週明けの月曜日も、ジローちゃんの席は空席だった。
「ボクのせいだ……」
ボクはジローちゃんへのイジメを止めることができなかった。朝来たとき既に、黒板に沢山の悪口が書かれていた。ボクはジローちゃんが来るまでにそれを消したり、書いた奴に怒ったりできたのに、そうしなかった。
「ボ、ボクが止めなかったから、ジローちゃん学校に来なくなったんだ」
ジローちゃんは3年の時、イジメを受けていたボクを助けてくれた。凄まじい喧嘩になったのは恐かったけど、ボクのために怒ってくれる彼の姿が、とても嬉しかった。それなのにボクは……
「最低だ。ボクは、ボクまでイジメに遭うんじゃないかって、恐くて……ボクが悪いんだ」
「馬っ鹿みたい! そんなのやった奴が悪いに決まってるじゃない」
幸の一声で、出かけていた涙が奥に引っ込んだ。
ボクが「ありがとう」と感謝を述べると、幸は顔を紅くして照れ始める。
「ワタシそんなことお願いしてない!」
突如、教室の端からヒステリックな女子の声。声の主は木下だった。
「それ冤罪じゃない! ワタシはそんなのお願いしてない! 確かに突き飛ばされてショックだったけど、仕返ししろ何て一言も言ってない! 勝手な事しないでよ!」
いつもの女子グループの中で、木下は激しく喚いていた。冤罪という言葉を聞いて、ボクはやっぱりと思った。ジローちゃんが女子トイレを覗くとか、そんなことをする訳がないのだ。
「ねえ! 学校が終わったら、皆でジローちゃんの家に行こうよ!」
ボクは思わず立ち上がり、クラスの皆に向けてそう言った。会話が止まり、皆の視線がボクに集中する。それに萎縮してしまい、ボクは「い、行きたい人だけで……」と小さく付け加えた。
「もちろん行くわ」
幸がそう言って手を上げた。
「ワタシも。委員長の仕事サボるなって直接言ってやりたいし」
木下も手を上げる。
「俺も」「あたしも」
次第にジローちゃんを心配したり、擁護したりする声が多くなっていき、次々と手が上げられていく。ボクはとても嬉しかった。そうさ。ジローちゃんには今までに積み重ねてきた信頼があるんだ。
「おれは行かねえぞ」
だが、ジローちゃんを敵視する男子がムスッっとした顔でそう言った。
「なんなんだよオメーら。んな簡単に手の平返して。バカじゃねえの?」
その男子は忌々しそうに吐き捨てる。
和気藹々となりかけていたクラスの空気が冷え込んでいく。何人かが「水を差すんじゃねえよ」と言いたげな視線をその男子に向けた。男子はそれを知ってか知らずか、机に足を乗せ、面白く無さそうに「フンッ」と鼻を鳴らした。
「何あの態度……」「あんな奴無視しよーぜ」
正直、ボクはジローちゃんにしょっちゅう難癖つけるその男子が嫌いだった。だからクラスの皆に厳しい目を向けられて、いい気味だとさえ思う。
でも、ボクはあくまでジローちゃんを元気付けたいがために先程の提案をしたのであって、その男子の株を落としたかった訳じゃない。
だから、なんていうか……モヤッとした。
「皆さん。今日は週に1度の全校朝会です。速やかに校庭に集合してください」
担任が慌ただしく教室へ入ってきたかと思えばすぐ出て行った。クラスの皆が校庭に向かう。ボクは釈然としない感覚のまま、教室を出た。
誰も居なくなった教室にて、角に設置されたロッカーが独りでに開いた。そこから黒い影がヌッっと姿を現し邪悪な笑みを浮かべている。影は奇怪な笑い声を口の端から漏らしつつ、教室から出て行った。
***
「秋も深まり、並木通りのイチョウが黄色くなりました。そして例年通り、銀杏ロードはやっぱり臭いですね」
校長先生の言葉に、ケラケラと笑い声が、特に下級生から上がった。
イチョウの並木通り。通称『銀杏ロード』。
杜の町小学校の通学路でもあるそれは、秋から冬にかけて地面に大量の銀杏が落下し、それはそれは凄まじい悪臭が放たれる。多くの小学生はその通りを避けて迂回するか、息を止めて学校まで駆け抜ける。
しかし、ジローちゃんはそのどちらでもなく、いとも平然と銀杏ロードをマイペースに歩く。余りにも平然としているため、『銀杏魔人』というありがたくない仇名を付けられ、からかわれたりもした。
でも、ジローちゃんは殆ど気にしてなくて、それどころか「銀杏デスボムもお見舞いしてやる」と遊んでいた位だった。
でも……悪口さえ笑顔に変えてしまうジローちゃんが、今日も学校を休んでいる。ボクは何だかとてもつまらなくなってきた。
校長先生の話が終わり、校長先生は朝礼台から降りた。その後、体育委員による秋の体育祭に関する連絡が行われ、それも終わった。
そして教頭先生が「朝礼は終了です」と述べ、全校生徒が端から順番に校舎に戻っていく……はずだったのだが、
「愚民共! まだ解散は早い!」
よく通る、高いとも低いともおぼつかない声が校庭の隅々まで届いた。何事かと生徒達は足を止める。
「クククククク……今日は記念すべき日だというのに、我が晴れ姿を拝まずに立ち去るとは、笑止千万!」
黒い布で全身を隠した何者かが素早く朝礼台へと昇り、マイクを手に取った。
「俺様……参上!」
その時彼は意図的に声を低くしてたため、すぐには気付けなかったが、その声は耳によく馴染んだ声だった。ほぼ毎日聞いてる声。ボクは彼の正体に気付き嬉しかったが、同時に酷く困惑した。
黒いマントなんか羽織って……キミってば何してんの?
「括目せよ! これが俺様の真の姿だ!」
そう叫び、彼はマントを脱ぎ捨てた。
頭に羊のような巻き角、背中には黒ビニールで作られたと思わしき巨大な蝙蝠の羽。全身黒づくめだが、所々血飛沫を思わせるデザインが入っている。手は長い4本の鉤爪が装着されていたが、その内の1本が中程で折れていた。彼がマントを脱ぐときに、思いっ切りひん曲げてしまったのをボクは見た。
キミってば何してんの? バグったの? バグっちゃったの?




