前-3 小学6年生は多感
弱々しく不幸な男子。
あたしが初対面の時に抱いた田中二郎のイメージだ。
だが今の彼は打って変わって、活発で明るいワンパク少年。笑顔を振りまきながら校舎を案内してくれる彼を見ていると、あの時の田中二郎は幻だったのではないかとすら思えてくる。
「さて、理科室とか家庭科室とか色々見て回ったけど、他に案内して欲しい所はあるかな?」
田中二郎は笑顔で言った。よく笑う男子だ。
「えーっと、とりあえず学校の中は大体分かったんだけど。その……彼は?」
あたしは背後をチラリ。
田中二郎に校舎を案内して貰っている間、黒人の男子が後をつけてきていた。
「あー、うん。そうだね」
田中二郎は黒人のほうに顔を向けた。
「オマエもいい加減その人見知り何とかしろよ。もう6年なんだぞ」
「で、でも……」
「いーから自己紹介」
「う、うん……」
どもり気味の黒人男子が近寄ってきて、あたしの正面に立つ。
「ボ、ボクの名前は……信長」
とても小さな声だった。オドオドした様子といい、緑色の瞳といい、最強の武将とかけ離れている男子だと思った。
「違うだろ。ちゃんとフルネームを言えよ。それが自己紹介の鉄則だ」
「うるさいなあ。分かったよ……」
黒人の男子は一度深呼吸してから、ヤケクソ気味にフルネームを告げる。
「ボクの名前はローズブレイド信長。笑ったらブツからな」
あたしは和と洋が融合したその名前を聞いて思わず、
「カッコいい!」
と言った。素直な気持ちだった。
ローズブレイド信長は目を丸くする。
「ジローちゃん。こいつ変」
「褒めてくれたのにその言い草は無いだろ」
「ジローちゃんはもっと変」
「流れるように悪口を言わないでくれないかな」
2人のやり取りがおかしくて、あたしは笑ってしまった。
「2人は友達なの?」
あたしが尋ねると、2人は同時に頷いた。ローズブレイド信長は小学校2年生の時に杜の町小学校に転校してきて、田中二郎とは3年生からの付き合いとのことだった。
「そういえば、勇舎はジローちゃんと前から知り合いだったのか?」
「知り合いというか、セクハラに遭ってた彼を助けてやったのよ」
「セ、セクハラ……?」
「うん。だよね」
あたしは田中二郎に同意を求めた。あたしに悪意はなかった。
「何でそれ言うんだよ……」
田中二郎は両手で顔を覆いながら、消え入りそうな涙声で呟いた。
そうか……女子と同じで、男子だってそういう被害にあったら恥ずかしいものなのか。
あたしは田中二郎にいっぱい謝った。ローズブレイド信長も絶対に誰にも言わないと約束した。
「それならいいや。許す」
すると田中二郎は笑顔でそう言った。
立ち直りの早いこと。男子は皆こうなのだろうか。それとも田中二郎の特徴なのだろうか。
***
翌日の朝のホームルームで、クラス委員長を決めることになった。
1人の男子が勢いよく手を挙げた。昨日、田中二郎をからかっていた男子の1人だった。だがそれは、クラス委員長に立候補するためではなく、
「田中二郎クンをクラス委員長に推薦します」
男子が田中二郎を指差しながら言った。
「えー。そしたら僕3年連続だよ。誰か代わってよ」
「いいや。委員チョーは田中以外有り得ないって」
男子の言葉に、クラスメイトほぼ全員が賛成した。
「しょうがねえなあ」
そうボヤキつつも、田中二郎もまんざらでもなさそうに立ち上がり、黒板の前に立った。クラスメイト達が田中二郎に向けてパチパチパチと拍手を送る。あたしもとりあえず、皆にならって拍手を送った。
人望があるんだな……
次に、女子のクラス委員長を誰にするかという話になった。今度は1人の女子がおずおずと手を挙げた。昨日、男子とケンカになりかけた女子だった。
「ワ、ワタシが、クラス委員長に立候補します」
女子達が「木下ちゃん凄ーい」「頑張って」と彼女を称賛した。だが、男子の一部からブーイングが上がる。
「こらこら。自分から立候補するのはとても立派なことですよ」
担任の教師がブーイングを飛ばす男子に向けてそう注意した。
そして、この2人をクラス委員長に任命するか多数決が取られる。結果、クラス委員長は田中二郎と木下明美の2人に決定した。
「田中君。よろしくね」
木下明美は嬉しそうに田中二郎に向けて言った。
「うん。よろしくお願いします」
田中二郎は木下明美に向けてお辞儀した。木下明美は慌ててお辞儀を返した。
その様子を見てて、あたしは何となく、木下明美は田中二郎のことが好きなんじゃないかと思った。クラス委員長に立候補したのも、つまりはそういうことなんだろう。
小学6年生。
異性のことを強く意識し、恋に忙しくなる時期だ。
でも、あたしは恋というものを今まで身近に感じたことが無かった。
あたしはどこか遠い国の出来事のように、嬉しそうにはにかむ木下明美を眺めていた。




