1-6 我が業(中二病)が俺を滅そうと画策する 上
「ノブナガあああああ! ノブナガあああああ!!」
俺は世界一有名な戦国武将の名前を叫びつつ廊下を駆け抜ける。目指すは1年E組の教室だ。
全力疾走約10秒。廊下に積もった埃を舞い上げつつ、E組の正面でキュキュキュッと急ブレーキ。俺様はE組の扉を解き放つ!
「第一階位崩解法術デスエンチャントォ!」
「誰だ喧しい!」
英語教師の怒声。授業中に申し訳ありません。
「だが緊急事態だ。許せ!」
英語教師が理由を尋ねてきたが、それには返答せず信長の席へ向かう。
「じ、ジローちゃん? 一体どうしたよ」
「おお、久しいな我が忠実なる下僕信長よ」
「朝会ってんじゃね?」
「喜べ。俺様は遂に復活した。世界征服に向けて貴様に相談したいことがあるのだ。ホント助けて下さい」
俺様は信長の腕を掴み拉致する。
「さあ、共に覇道を行こうぞ!」
「お……オイお前ら、授業中、だぞ?」
ポッチャリとした英語教師の、泣き喚く幼児を前にどう対処すべきか分からない時のような、困惑した表情と声。
「止めてくれるな魔人ポッチャマンよ。我らはこれから禁忌の地平へと向かうのだ」
「パードゥン?」
「あとその英単語スペル間違ってます。文房具はstation"a"ryじゃなくてstation"e"ryです」
「え? あ、ホントだ済まん」
「精進したまえワハハハハハハ!! お騒がせしましたッ」
***
「授業をサボるなんてキミらしくない。それにあの先生結構厳しいから、目え付けられたくないんだけど」
階段まで移動し腰を落ち着けたところで、信長が少し不満げに言った。俺は素直に謝罪した。
「済まない。だが、ホントに困っていたのだ……」
こいつは俺の親友、ローズブレイド信長。ラジオの投稿時に使用する異名ではなく、れっきとした本名だ。
身長165センチ。血液型はB型。声は高めの訛声。そして、彼は黒人の父親と日本人の母親の間に誕生した。所謂ハーフである。その為、肌は浅黒く目は緑色と、中々印象的な容姿をしている。それでもローズブレイド信長という名前のインパクトには負けるが。
因みに信長と名付けられたのは、父親が戦国武将好きだからという、ありふれた理由である。
「それで一体どしたん」
「信長よ……忠実なる下僕よ、偉大なる我が宣託を聞け。復活したのはいいが、俺様はどうやら清浄たる神々の使徒より強縛な戒めを掛けられているらしい。これは恐らく、階位限界突破究極法術ザ・ジュニア・ハイ・スクール・ディズィーズに違いない。かの忌々しき戒めより、悠久にて強大なる我が魔力を隠匿できぬ。このままでは我が計画に支障をきたす。早急に解決策を探さねばならぬのだ」
俺様は凄く真面目な顔で一気に捲し立てた。そして、一歩遅れて自分が今なんて言ったのかを理解した途端、激しい羞恥心が襲い掛かってくる。
「違うのだ……そうじゃないのだ。そうなのだが、そうじゃないのだ……」
両手で顔を覆いながら呟く。ホント一体何なのだこれは。
「……要約すると、何か知らないけど中二病発言が止まらなくなった、ってことか?」
少しの間を置いてから、信長が眉をひそめつつ言った。
「そうだその通りだ!」
「え、マジで」
「マジのマジ。大マジだ」
「そしてこのヒューマンエラーを何とかしたいと」
「流石だ信長。理解が早くて助かる」
だが、信長は訝しげに目を細めている。無理もない。我ながら骨董無形にも程がある訴えだと思う。傍目から見て、今の俺はふざけている様にしか見えないだろう。
「信じられぬのも無理はない。高次元の存在は俺様以外感知不可能。故に、機鋼魔族のハイ・エンド種たる貴様でも、かの法力を捕捉することは叶わぬだろう」
俺の言ってること現実味が無くて信じられないよね。と、言いたいだけなのに、繰り出される発言が酷過ぎる。ホント何なのだこれは。
「いや、信じるよ」
「え、マジで!?」
「マジのマジ。大マジね」
だが、驚くべきことに、信長は我が言霊を理解した。流石は我が記念すべき第一の下僕。
「まあ、非科学的すぎて正直信じらんねえけど、とりあえず信じるよ。キミって嘘吐いてまで悪ふざけする奴じゃないからねえ。でも、ちょっと残念だ」
「残念? 何がだ信長よ」
「ボクとしては、遂にあの頃のキミが戻ってきたんだなって」
「止めてくれ! 我が業は忘れ去られた時代に置いてきた筈なのだ」
あの時代を思い出すと、今でも顔から地獄の業火が噴き出してしまうくらいに恥ずかしい。
「取り敢えず保健室で休ませて貰ったらいいんじゃね。ジローちゃんのクラスには後でボクから伝えておくからさ」
俺が心の中でのた打ち回っていると、信長がそう提案した。だが到底受け入れられない案だった。
「ならぬ! あそこには怒れしイかれた妖婆アッラ・フォーが巣食っている。そんな所に駆け込むのは命取りだ! ヤベエ!」
暴言を吐きまくったから、多分まだ怒ってるだろうなあ。いやまあ、怒ってなくても、あの変態セクハラ空間には絶対行きたくないのだが。
「そういえば今日は厚井先生だったっけ? それは確かにヤバいな。寝てる最中にズボン脱がされるんじゃね」
「冗談でも止めてくれ! おぞましいにも程がある」
言葉を聞いただけで全身にサブイボが泡立った。
「じゃあさ、今日はもう早退したらいいんじゃね?」