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中二病を治したかったのだが! ~それは青春というより黒春~  作者: 中山おかめ
第肆幕 オトンが誰か分からないんやけど
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4-13 美少女のお家にお泊りしよう

「だ、だって妊婦モノとか珍しいじゃないか。絶対話題になると思った――」


 僕は監督を全力で殴り飛ばした。周囲にはつい先程殴り飛ばした猿共も倒れていて、それを見た監督は「ヒイィ」と情けない声を上げながら、モヒカン頭を揺らした。だが僕の怒りは収まらない。僕は監督を壁際に追い詰め、怒りのまま何度も殴った。


「待って!」


 背後からジュンに抱きすくめられた。


「お願いもう止めて! それ以上やったら死んじゃう! 生まれてくるこの子のためにも、殺人者にはならないで!」


 その言葉で僕はスゥッと冷静になった。彼女は何の保証も無いのに、腹の中の子は僕の子だと信じているのだ。それがとても辛かった。


 ※『白と純』第8章3節より


 ***


 大体10分ほどで、江口さんの家に到着した。彼女の家は青羽通り沿いにある11階建てのマンションだった。そしてそのマンションの玄関にて、幽霊を思わせる白い影が揺らめいていていた。そしてその白い影は俺の姿に気付くと一目散に駆け寄ってきて、俺は不覚にもちょっとビックリしてしまった。


「た、たたたた、田中君かい! すす、すすす、杉ちゃんを見かけ――」


 白い影の正体は江口さんの父親、江口アキラさん。彼は焦燥を顔面に貼り付けていたが、俺が背負っている人物の存在に気付き、表情を緩めた。

 だが、夜更けに俺と江口さんが一緒に帰って来た(しかもおんぶ状態)という状況を把握するとすぐさま目の端を狐のように吊り上げ、腕の筋肉が盛り上がった。


「テメッ! 血の繋がった大事な娘にナニしやがった!」

「パパ落ち着くのです! パパが不安に思ってるようなことは無いのです」


 江口さんが俺の背から降り、事情を全て包み隠さず説明した。

 説明を受けている内にアキラさんは落ち着きを取り戻していったが、つり上がった眉が下がることは無かった。


「じ、事情は分かったよ。でもね杉ちゃん。そして田中君」


 バチン! バチン!


「高校生が真夜中に、ましてや歓楽街に行っちゃいけません」


 2発の平手打ちの後、アキラさんの静かなお叱りの言葉。

 娘を叱ったりできなそうなイメージだったため、ちょっと意外だった。


「ごめんなさいなのです」「……ごめんなさい」


 江口さんと俺は素直に謝った。だが、俺はどうにも納得できなかった。


「何故俺が2回叩かれたのだ?」


 2発の平手打ちは、両方とも俺に向けられたものだった。


「だ、だって、杉ちゃんを殴るなんてできないし……」


 だからと言って俺を2回も殴ることはねえだろ。


「じゃあ俺はこれで。おやすみなさい」


 不満を抱きつつも、江口さんを自宅まで送り届けるという任務を完了した俺は、2人に笑顔で別れを告げた。しかし、アキラさんに引き留められた。


「ちょ、ちょっと待って田中君。い、家は近いのかい?」

「いや、鍵鳥方面だから近くはないですね」

「滅茶苦茶遠いじゃないか。今日は家に泊まっていくんだ。親御さんにはぼくから連絡して上げるから」

「え? いやでも悪いですし」

「こ、子供が遠慮するもんじゃないよ。それにこのマンション、2人で済むには広すぎて部屋が余ってるんだ。寝る場所には困らないよ」


 かくして俺は江口家に泊まることになった。

 エレベーターで9階へと登り、902号室と書かれた扉には『江口聖』『江口杉子』と書かれた表札がぶら下げられていた。


 へえ……聖でアキラって読むのか。何か格好いいな。


 そんな感想を抱く中、江口家の扉が開かれた。俺は2人に続いて、彼等の巣に足を踏み入れた。

 そして俺は愕然としてしまった。


 玄関とリビングに続く廊下には大量の新聞や雑誌が所狭しと積まれており、今にも倒れてきそうだ。床には空き瓶空き缶空きペットボトルがおもちゃ箱をひっくり返したかのように散らばっており、足の踏み場に困るほどだった。


 だが、江口親子はさも当然のように隙間をぬって廊下を進んでいった。俺も親子の足取りを真似て先へと進み、リビングに到達した。


 もはや魔境だった。


 未洗濯と思われる大量の衣類がソファーに投げ出されていて、新手のソファーカバーと呼べる代物になっていた。


 大小の大量の靴下が床に脱ぎ捨てられており、大きめの虫の死骸が転がっているかのよう。それだけじゃなく、丸められたティッシュや白いコピー用紙、カラー印刷された写真が散らばっていて、モザイクアートを成していた。


 ダイニングテーブルには弁当の空箱が積まれていて、数匹のコバエが残飯を夜食にしていた。キッチンには洗ってない食器の高層ビル。しかも臭う。


「す、杉ちゃんの印税で、オンボロアパートからこんなにも立派なマンションに引っ越すことができたんだよ」


 マスコミの取材を受ける人のように、若干の照れを見せつつ誇らしげに語るアキラさん。

 きっと番組名は汚宅訪問だろう。


「どうだい? すごいだろう」


「今 す ぐ 大 掃 除 だ」


 俺は江口親子に汚部屋がどれだけ健康に悪影響なのかたっぷりと説教した後、掃除に取り掛かった。

 とはいっても真夜中に大きな音を立てるのは近所迷惑のため、目に付くものを片付けることぐらいしかできないが、それだけでもかなり見違えるだろう。




 リビングをあらかた片付けた俺は、各々の部屋を掃除している筈の親子の様子を見に行った。まずはアキラさんの部屋だ。

 俺はコンコンコンと3回ノックしてから扉を開ける。


「アキラさん。リビングは終わったので手伝いま――」

『アンッ、アンッ、アンッ、アァーーーーッッッッ!!!』


 バタン!


 俺はふか~く深呼吸をしてから、もう一度扉を開けた。


「た、田中君。か、片付けはちゃんと進んでるよ」


 とのエロ聖人の主張。だが部屋のぐちゃぐちゃ具合は然程変わってなかった。寧ろ悪化しているといえる。


「ならこれは何だ?」


 俺はエロ聖人が片付けそこねたブツを拾い上げながら尋ねた。


『蒼居マリアベストセレクション・リマスター・エロリンピックバージョン』


 DVDパッケージにはそう書かれていた。


「は、初めは真面目に片付けてたんだよ。でも、何か懐かしいものが出てきて、久しぶりに観たくなって」


 エロ聖人は引っ越しの準備中に過去のアルバムが出てきて、懐かしさの余り夢中になってしまった的な事をのたまっている。

 俺は呆れて何も言えなくなってしまった。一つ溜息を吐いてから、エロ聖人の部屋を後にする。


「た、田中君待つんだ」

「何ですか?」

「DVDは置いてけ」

「チッ!」


 次に俺は娘の方の江口さんの部屋へと向かった。コンコンコンと3回扉をノックし、返答を待つ。

 だが返答は無かった。それどころか部屋主の気配を感じなかった。


「江口さん?」


 少々の不安を覚えつつも、俺はゆっくりと扉を開けた。

 相変わらず部屋の中は書きかけの小説、種々の参考資料で凄惨な有様だった。だが、片付けようと努力した痕が見られるため、エロ聖人よりは遥かにマシである。


 肝心の江口さんは、部屋の中央で原稿用紙を敷布団代わりに寝ていた。恐らく、片付けている最中に眠くなり、横になったらそのまま寝落ちしてしまったのだろう。


 俺は江口さんをベッドの上に運んだ。風邪を引かぬよう、掛布団を肩口まで伸ばしてから部屋を後にする。


「ごめんなさい」


 突然の謝罪に驚き、俺は背後を振り返った。


「パパ……ごめんなさい」


 それは江口さんの寝言だった。

 謝罪を繰り返す江口さんの寝顔から、涙が一筋流れた。


 怖い夢を見ているのだろうか?


 俺は踵を返し、江口さんの傍に歩み寄る。


「うおっとぅ!?」


 しかし固くて平べったい何かに足を滑らせてしまい、危うく盛大に転んでしまうところだった。

 やはり汚部屋は命に関わるから危険だ。明日整理整頓というものを江口親子に叩き込んでやる。


 そんな決意を抱きつつ、俺は足を滑らせた何かを拾い上げた。

 それは薄青色の大きな封筒だった。

 差出人にはこう記載されていた。


『THKU遺伝子研究所』


 ***


 わたしが目を醒ますと、時間は10時を回っていました。完全に遅刻なのです。

 昨日の疲れのためか、わたしは泥のように眠ってしまったみたいでした。


「パパ! どうして起こしてくれなかったのですか!」


 わたしはそう叫びながらリビングに躍り出ました。しかしそこにパパは居らず、その代わり二郎さんが椅子に座っていて、わたしは混乱しました。リビングが見違えるほど綺麗になっていたことも混乱に拍車をかけました。


「江口さん。おはよう」

「……おはようなのです」


 半ば反射的に挨拶を返しました。わたしは彼が我が家に泊まったことを思いだしました。

 二郎さんは優雅に珈琲を呑んでいました。他人の家とは思えぬ寛ぎっぷりです。


「パパはどうしたのですか?」

「アキラさんはまだ寝てるみたい。一晩中映画鑑賞に励んでたみたいだし、暫くは起きてこないのではないか」


 二郎さんは苦笑しながらそう言いました。


「のんびりしてていいのですか? 学校はとっくに始まっているのです」


 わたしがそう尋ねると、二郎さんは珈琲カップをテーブルに置きました。

 そして、飛ぶ鳥を落とすかのような優しい笑顔と甘い声でこう囁いたのです。


「江口さん。学校なんかサボってデートしようか」

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