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1-5 舞い戻りし我が業(中二病) 結

 暫く声を失い、我が復活に恐れおののく哀れな妖婆ようば。彼の者は未だ深刻な事態を理解できていないらしい。


「……た、田中君?」

「気安く我が名を呼ぶな下郎」

「下郎!?」

「貴様如き浸食度6程度の使徒が、我が覇道を阻むことすら烏滸おこがましい。早急に失せよ!」

「た、田中君一体どうしたの?」

「君では無い! ……様だ。様を付けろ」


 俺様はたじろぐ妖婆の手から、悪魔の名を冠する冒涜的なまでに甘い物を奪い取る。


「よく聞け妖婆アッラ・フォーよ! この程度の供物で魔王たる俺様を懐柔しようなぞ、片腹痛い」


 俺様はスプーン上の禍々しい供物を無慈悲に捨てる――のはやっぱり却下。食べ物を粗末にしてはいけません。


「あ、結構うめえなコレ」


 供物を口に含むと、滑らかな舌触りのムースがふわりと蕩け、濃厚でビターなチョコレートの甘みが口いっぱいに広がった。

 だが同時に酸っぱい臭いがした。


「フククククク……貴様は魔具プラスティック・スプーンを己が小汚い胸元に長時間入れることで妖力を高めていたようだな。着眼点は悪くないぞ。だがしかし! 如何に己が妖力を増幅させようとも惑乱妖術【加齢臭非弩死(かれいしゅうひどし)】なぞ、魔王たる俺様には一切通じぬ。ワハハハハハハ!」

「誰か来て! 田中君がおかしくなった!」


 必死の形相で助けを求める妖婆。だがその声は誰の耳にも届かない。


「フククククク……助けを呼ぼうとも無駄だアッラ・フォーよ。この部屋は既に我が結界術にて隔離されている。まあ先生嫌われてるから保健室に近づく奴が居ないだけなのだが。だからどれだけ叫ぼうとも無駄な行為なのだ!」


 俺様は魔具プラスティック・スプーンを、奈落へと続く穴(トラッシュ・ホール)に向けて、魔弾を放つようにシュビッと放り投げた。


「あ……」


 だが飛距離が足りておらず、スプーンは床に落下した。 


「クッ……下界は久方振り故、まだ思うようにコントロールできぬか……」


 俺様はスプーンを拾い上げ、ゴミ箱に……じゃなくて奈落へと続く穴(トラッシュ・ホール)に放り込む。後、スプーンが落ちたせいで床がちょっと汚れたから、ティッシュペーパーで綺麗に拭いといた。


「フククククク。しかし久々の下界は何とも心地良い。世界征服の狼煙を上げるにはいい日だワハハハハハハ!!」

「せ、世界征服……お願いふざけるのはもう止めて! 何か聞いてるだけで恥ずかしい。元の田中君に戻って!」

「無駄だ。加齢とともに髪が薄くなってきたから実は植毛している妖婆よ」

「ギェッ!? 何故それを」


 妖婆の顔が青ざめる。


「フフン。俺様の全てを見通す右眼【邪眼フォレンジック・アイ】に見抜けぬものなぞないのだ。胸は寄せて上げているだけではなく、実は塩水を詰めていることも見通しているぞ。他にも、厚化粧で上手く誤魔化しているようだが、テープで皺を伸ばしていることや、髭が伸びてきたから頑張って抜毛していることもな。どっちも美容に悪いから止めた方がいいと思います。痕が残ってますし」


 妖婆の青ざめた顔が、次第に赤みを帯びていく。

 気にも留めず、俺様はさらに畳み掛ける。


「フククククク……因みに貴様がしょっちゅう俺様に向けて放つ第十二階位咬臭魔術【汚駆逐災(お口臭い)】の威力は中々の物だった。気付いてないかもしれませんが、口臭ホント酷いですよ。内臓を悪くしてるかもしれないから一度病院に――」


 スパアン!


 ***


「痛ってえ……あの保険医本気で叩きやがった」


 親切心から内臓機能低下の可能性を指摘したのに、酷い仕打ちだ。まあ、確かにデリカシーの無い発言だったとは思うが。

 それと、頬に感じる痛みとは裏腹に、どこか清々しい気分だった。まるで、長いこと抑圧されていたものが一気に解放されたかのような、胸がすく思いだった。


「あ、田中君!」


 教室に戻る途中の階段で、巻田さんに話し掛けられた。


「可愛いハムスターのヘアピン沢山ゲットしたから早速付けてみたんだけど、どうかな?」


 俺様は腰を逆に反りつつ、一振りで街を滅ぼすことのできるこの指先を、ビシッとモフモフアフロに向ける。


「絶望的で壊滅的なセンスは相変わらずだな。浸食度3のメデューサ型魔獣カール・ライスよ。憐れなモルモット共が蛇頭に飲み込まれているようで、よく似合っているぞワハハハハハハ!!」


 ポカンとした表情のカール・ライス。俺様は隣を素通りし、階段を上る。


「田中。ちょっといいか」


 階段を上りきったところで、細木君が弾んだ声で話しかけてきた。


「さっきのデカメロン事故だけど、十字架さん全然気にしてないって。もしかして十字架さん、オレに気があるのかな? フラグ立ったか?」


 俺様は左目を手で押さえつつ、もう片方の眼、邪眼フォレンジック・アイで彼を睨む。


「フククククク……自惚れるな浸食度2のロウソク型魔獣ホソー・キー。立ったのは貴様の些末な股間だけよ痴れ者。雌共に悪い噂を流されぬよう、精々注意することだな」


 出目金のように目を丸くし顔を蒼褪めさせるホソー・キー。俺様は隣を素通りし、廊下を進み教室へと向かう。


「うむ。戻ったか田中!」


 教室の手前で、大門先輩が腕組みしながら通せんぼしていた。


「我々演劇部は何時だってお前を歓迎する! さあ、この入部届にサインを!」


 鼻息荒くB5用紙を突き出しながら迫り来る先輩。

 俺様は手を腰に当てつつ顎を引き、相手を見下しつつ宣言する。


「フククククク……我が道を阻むとはいい度胸だ、浸食度5のイエティ型魔獣オーキー・ドア・ラブよ。いずれ世界を総べる魔王たる俺様が20人程度の組織に収まるわけ無かろう。まずは仲間を666人まで増やして来い!」


 絶望顔のオーキー・ドアを素通りし、教室の扉に手をかけた。


 何でだろう……何だかすっごく楽しい!


「我は舞い戻ったぞ無知蒙昧むちもうまいなる愚民共!」


 俺様は派手な音を立てながら教室の扉(ゲート)を開いた。魔王の登場に恐れをなしたのか、クラス全員が談笑を止めた。


「た、田中君……遅かったね」

「待たせたな。憐れなる子羊ボインクロスよ」

「ボイ……何やそれ?」

「汝の負傷せし右手を差し出したまえ。魔王たる俺様が直々に手当てするのだ。我が回復魔技にかかれば、痛みなど直ぐに治まろう」


 十字架さんが、少々困惑気味の表情を向けてきた。

 はて? 何故彼女はそんな微妙な表情をしているのだろう。


「……あ、男に直接触られるのは普通嫌だよな。ちょっと慣れ慣れし過ぎたね。ゴメン」


 よくよく考えたら、クラスの注目が集まる中、男から直接手当されるなんて恥ずかしいに決まってるし、変な噂が立ちかねない。中学時代のノリで、つい過度なお節介を焼いてしまった。


「え? いや、別に嫌じゃないんやけど……」

「ではさっさと右手を差し出すのだ。魔王を焦らすとは中々の強かさだボインクロスよ」

「は、はあ……」


 おずおずと、ボインクロスは右手を差し出した。俺様は彼女の痛めた指に、保健室にて入手したテーピングテープにて丁寧に処置を施す。


「これでよしっと。フククククク……俺様の凶悪なる魔力が込められているのだ。完治なぞあっという間であろう。今日一日は右手を余り動かさないように。我が力により浸食度が上昇し、究極的変異メタモル・フォーゼするやも知れぬな」


 これでつき指が悪化すること無いだろう。だが、何故かボインクロスは浮かない表情だ。


「あの……田中君。えっと、その……どうかしちゃった?」

「どうかって、何がだ」

「いや、頭が」

「別に怪我とかしてないが。あ、それともゴミとか付いてる?」

「いやそうじゃなくてね……その、魔王がどうとか、魔力がどうとか、っていうかボインクロスって何やの?」

「オラ、昼休みは終わりだ。さっさと席に着けー」


 ガラガラと、教室の扉の開く音。数学教師の鈴木来夢すずきらいむ先生の御登場だ。いつの間にか昼休みは終わっていたらしい。


「起立! 注目! 礼!」

「はい。では授業を始めましょう。教科書66ページを開いて下さい」


 俺はライム先生に指示された通り、教科書66ページを開く。

 フククククク……66ページとは、まるで俺様の復活を祝福しているようではないか。


 ……復活? 祝福? 俺は何を考えているのだ?


 何故だろう。何か俺は、とてつもない状況に身を置かされている気がする。先程の十字架さんの言葉が、頭の中を反芻する。


『その、魔王がどうとか、魔力がどうとか、っていうかボインクロスって何やの?』


 懐かしくも、むず痒い感覚が去来する。小学生の頃の文集を久しぶりに読み返した時に感じる、恥ずかしさで穴に入りたくなる、そんな感覚。


「おい田中どうした。頭抱えて……頭痛か?」


 教壇から、ライム先生が心配そうな声を掛けてきた。

 俺様は立ち上がり左手を後頭部に、右手をフレミングの法則のような形を作りつ宣告する。


「フククククク……頭痛だと? 見縊みくびられたものだ。その程度で魔王たる俺様が苦しむわけなかろう。どうやら永き眠りにより、愚民共は俺様の恐ろしさを忘れているようだな」


 教師の苦笑い。凍り付く空気。イタイタしい沈黙。

 これは……これはヤベエ!


「済みません怠惰魔法ボイ・コットを使います」


 そして俺は逃げる様に教室から緊急脱出。


 この時の俺はまだ、突如発症したこの奇妙な現象を侮っていた。舞い戻りし我がカルマが、後にとんでもない展開を引き起こすなど、この時の俺は予想だにしていなかったのだ……


「だが! この程度の神話的苦難、魔王たる俺様が容易く撃ち払ってくれようぞワハハハハハハ!」


 いやホント何なのコレ!?

 さっきから忌まわしき過去の遺物が、我がカルマが留まることを知らない。

 助けを、助けを求めなくては! 俺は一目散に親友の元へと急いだ。

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