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中二病を治したかったのだが! ~それは青春というより黒春~  作者: 中山おかめ
第肆幕 オトンが誰か分からないんやけど
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4-2 巷ではこれをエロゲ展開と言うらしい 下

 その業界で働くのはとても屈辱的だった。だが、仕事を選り好みしていては食っていけぬ状況だった。だから僕は嫌々ながらも仕事を続けていた。


 評判は良かった。どうやら僕にはコッチ方面の才能があったらしい。だが僕は素直に喜べなかった。僕が求めて続けてきたのは鮮烈な自然の風景で、こんな暗く淀んだ猥褻(わいせつ)な物では無い。

 僕はこの仕事を馬鹿にしていた。低俗だと思っていた。そんな仕事をせねば生きていけぬ自分に嫌気がさしていた。


 でも、彼女に出会うことで僕の景色は変わる。


 ジュンと出会ったことで、何も映っていなかった白写真が煌びやかに現像されるのだ。


 ※『白と純』プロローグより


 ***


 アタイは暖かいシャワーを頭から浴びた。普段なら髪の毛の美しさを保つために、たっぷりと時間をかけて洗うのだが、今そんな気が起きない。ただお湯を頭からかけ流すのみ。


 冷えた体が徐々に熱を取り戻していくのを感じた。それと同時に長く伸ばした髪が水分を含み鉄をぶら提げているかのように頭が重くなった。


 体が十分に暖まってから、アタイはシャワーを止め脱衣所に出た。田中が用意してくれた女性用の衣類が、洗濯機の上で綺麗に畳まれていた。ご丁寧に『姉のお下がりです』との書き置き付き。


 この手馴れた対応に、今まで数多くの女にここでシャワーを浴びさせて来たのだろうと、少し悲しくなった。それと同時に姉の存在を初めて知り驚いた。アタイは田中の事を勝手に一人っ子だと思い込んでいた。

 田中のお姉さん……一体どんな人なのだろうか。


 アタイは気遣いに甘え、服を着替えようとしたが、そこには肝心のものが無かった。


「田中君! タオル無いんだけど」


 この時のアタイはよくもまあ、危機感も羞恥心も無くこんなことを言えたものだ。


 暫くして、コンコンと脱衣所の扉がノックされた。「ここに置いておくから」と一言の後、足音が遠く離れていく。デリカシーの無い男子なら、きっとノックもせず扉を開け、タオルを投げて寄越しただろう。下手すると、隙間から着替えを覗いてきたかもしれない。

 やはり田中は紳士だ。しかもタオルはちゃんと2枚用意されている辺り、女への気配りが行き届いている。やはり手馴れている。ドスケベ田中め。何か腹が立ってきた。


 アタイは1枚目のタオルを手に取り、コシコシと頭を軽く拭く。次に毛の束をタオルで優しく挟み、水気を吸い取らせていく。その作業を毛先まで繰り返し、全部の髪を拭き終える頃には、タオルはたっぷりと水分を吸収し重さが増していた。


 2枚目のタオルを手に取り、拭き切れていなかった箇所の水分を吸収させる。髪が十分乾いたら、次は体を拭いていく。首回り、乳房とその谷間、股間、膝の裏、足の指と指のまで、全身隈なく拭き取っていく。


 そして田中の姉のお下がりに身を包んだ辺りで、ようやく頭の沸騰が収まり、冷静な思考を取り戻した。


 今更だが……本当に今更なのだが、アタイ厚かまし過ぎるやろ。

 無理矢理泊めてくれと家に押しかけ、風呂に入って、あまつさえ着るものまで提供させた。図々しいにも程がある。

 それによくよく考えたら、いやよくよく考えなくても、これ完全に誘ってるやん。人様の家でシャワー浴びるとかアホちゃうか。アタイのキライな糞ビッチの行動そのものやん。


 ヤバい。紳士的な田中の事だから、急に襲い掛かってくる事はないと思うけど、そういう空気になったら抵抗できる気がしない。百戦錬磨の田中のことだ。甘いフェイスと優しいリップと激しいテクニックで身も心もトロトロにされるに違いない。


『大丈夫。俺に身を預けて。全部任せて』


「キャー!!」


 アタイは言われてもいない田中の言葉を勝手に妄想し、嬌声にも似た近所迷惑な悲鳴を上げた。


 ***


 我らが魔王様には弱点が2つある。


 1つ目は機械。ロボコン部での操縦のグダグダっぷりが記憶に新しい。テレビのリモコンの操作すらおぼつかないジローちゃんの機械音痴っぷりは正直常軌を逸しているレベルで、昭和生まれのお爺ちゃんですら、もっと上手に使えるだろう。


 そして2つ目はエロ。言い間違いではない。女性の乳房の話題や、18禁のブツを鑑賞しようと躍起になっていた彼からは想像し難いが、実はエロが苦手である。

 もう少し正確に言えば、ジローちゃんは性を想起させる直接的な言動・接触、ざっくり言えばセクハラが大の苦手なのだ。彼が保険医の厚井を嫌う理由はそこに有る。だってあの変態ジローちゃんにセクハラばっかするし。


 セクハラに限らず、ジローちゃんはデートや夜のお誘いといった不純異性交遊も不得手だ。ジローちゃんは大人びたセクシーな容貌から『経験が豊富そう』と勘違いされやすいが、実際にはスライム一匹倒したことのない経験値ゼロの雑魚である。

 討伐しに来た勇者が肩透かしをくらう、レベル1どころかゼロの雑魚。

 カロリーゼロを謳い文句にしながら厳密にはゼロではない炭酸飲料と違い、まごうことなきゼロ。

 甘味料一切無し。純粋純真のミネラルウォーター。

 とっても健全で健康的。


 そんなミネラル田中の魔王城に、はぐれメタルを何匹倒したのか分からない女戦士に忍び込まれたらパニックは必然だ。

 まあ、ジローちゃんがそういう類いの案件が苦手になったのは可哀想な理由があるのだが、それはまた別の話。


「田中君! タオル無いんだけど」


 風呂場から響く十字架の声に、ジローちゃんがビクリと全身を震わせた。そして潤滑油が切れたロボットのようにぎこちない動作で、タオルを2枚風呂場に持って行った。顔は茹蛸の様に真っ赤っ赤。たこ焼きにでもしてやろうか。

 というか、十字架はジローちゃんを男として認識してんのかな。無防備にも程がある。


 ……それとも、誘ってんのか?


 それはマズイ。ミネラルウォーターに不純物を混ぜたら途端に価値を失ってしまう。ジローちゃんには是が非でも、綺麗な体のままでいて貰わねば。


「信長よ……俺はどうしたらいいと思う」


 ジローちゃんがリビングに戻り、対面の椅子に座ってから同じ問いを繰り返した。実戦形式の経験皆無の彼は既に疲労困憊ひろうこんぱい。一夜限りの過ちなんて起きないかもしれないと思った。


「とりあえず、アレ片付けなくていいの?」


 ボクは床に広げられたままの、巨大な魔方陣を指差して言った。模造紙に描かれた精巧なそれは、十中八九ジローちゃんのお手製だろう。


「そんなもの今はどうでもよい」


 中二病のジローちゃんが魔方陣をそんなもの扱い。コリャ相当参ってるな。


「そう言えばキラさんは?」

「父さんは学会で都の方に行ってるのだ」


 エロゲ展開ここに極まれり。後はラッキースケベが来ればパーフェクト。


「キャー!!」


 突如、風呂場の方から十字架の叫び声。ジローちゃんは血相を変えてリビングを飛び出した。ボクも後に続く。


「十字架さん大丈夫うぉッ!?」


 風呂場の扉がバンと開け放たれ、そこから十字架が飛び出してきた。彼女は前も見ずに闇雲に廊下を走り、風呂場を目指していたジローちゃんとかち合ってしまう。そして2人はそのまま正面衝突。ジローちゃんは十字架を庇うためか、彼女の肩を両手で支えつつ後ろ向きに倒れた。


「いってえ……」「ご、ごめんなさい!」


 十字架が事態に気付き、覆い被さる格好から慌てて上体を起こした。


 プニッ! モミモミ……


 そんな効果音が聞こえた気がした。


 お約束のパイタッチイベント発生。ただし、ジローちゃんが十字架にではなく、十字架がジローちゃんの胸を鷲掴み。

 どうやらこれはジローちゃんが主人公のエロゲでは無く、十字架が主人公の乙女ゲーだったようだ。おまけに十字架はジローちゃんの意外とある鳩胸の弾力に感動したのか、彼女は目を輝かせてモミモミモミモミと揉みしだき始めた。

 おいそこの女主人公、ネタ選択肢選んでんじゃね。ふざけんな。


「……重いからいい加減退いてくれないか?」


 ジローちゃんが若干不機嫌そうに言った。重い、という女性への禁句をあえて使ったことから、割と本気で嫌がっている証拠だ。

 完全に選択肢ミスだ。ジローちゃんから十字架への好感度は急転直下(きゅうてんちょっか)。個別ルートの望みは薄い。


「ご、ごめんなさい」


 十字架は揉むのを止め、慌てて隣に退いた。ジローちゃんは仰向けの姿勢から「よっと」と声を上げながら立ち上がる。

 十字架は床に女の子座りをしたまま、自分の両手の平を見つめ、わきゃわきゃと変態親父の様に動かしていた。


「あ、あの……もう一度揉ませて欲しいんやけど」


 何故、この女はあえてネタ選択肢に走るのか。


「却下」


 ピシャリと断るジローちゃん。

 茹蛸のように真っ赤だった彼の顔は、平常の肌色に戻っていた。どうやら苦手とするセクハラ行為を受けて、脳味噌の冷却ファンが動作を再開したらしい。これで大人向けイベントの可能性はゼロになった。


 しかし、ラッキースケベ展開で平静さを取り戻すとは、相変わらずジローちゃんは見てて面白い。

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