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1-4 舞い戻りし我が業(中二病) 転

 ~現在~


「失礼します」


 ノックしてから保健室の扉を開けたが、中には誰も居なかった。お昼休みだし、厚井先生も昼食を食べに行ってるのだろうか。ならば勝手に必要なものを拝借させて頂こう。盗人のような行為に少々気が咎めたが、あのセクハラ保険医に会いたく無い気持ちの方が勝った。


 俺は色々な医療品が詰められた棚へと向かい、突き指に使えそうなテーピングテープを探した。だが中々見つからない。棚の端から端まで一通り調べても、求めているものは発見できなかった。

 運動部が盛んな学校だから、用途の広いテーピングテープはすぐ取り出せる場所に置いてあると思うのだが。


「あら駄目よぅ。勝手に漁っちゃ。いけない子ね」

「うわあ出た!」


 背後から無理矢理艶っぽさを出そうとしてる皺った声。


「なによぅ。幽霊みたいな扱いして。傷つくわぁ」


 いや、オマエは幽霊なんて儚い存在じゃない。妖怪だ。

 思わず口から飛び出そうになる罵声を理性で押さえ込みつつ、俺は身を正した。

 一応彼女は保健室の先生。たとえ変態でも、最低限の礼儀は尽くすべきだ。


「す、済みません。急に声を掛けられたのでビックリして」

「ンッフフ……いいわ。田中君だから特別に許して、ア・ゲ・ル」

「そ、そうですか。ところで、テーピングテープはありませんか?」

「ああ、それはここよぅ」


 そう言って、厚井先生は引き出しの鍵を開き、中から茶色のテーピングテープを取り出した。


「……何でそんなとこに入れてんすか。危険な薬品じゃないだろ」

「だってぇ、田中君みたいにぃ、わたしが居ない隙にぃ、勝手に持って行こうとする生徒がいるからぁ、仕方なくこうしてるのよぅ」


 つまるところ、厚井先生は俺の想像以上に生徒から嫌われているようだ。この変態がいる限り、保健室はその役割を果たせずただの医療品置き場と化している。今度目安箱に苦情を入れてやろう。


「どこを怪我したのぅ。手当てするから、包み隠さずミ・セ・テ」

「い、いや怪我したのは俺じゃなく、十字架さんが……」


 あ、しまった。

 俺の失言直後、厚井先生の表情が見る見る不機嫌なものに変わっていく。


「ナニ? 十字架って、あの糞ビッチのこと? 胸だけが取り柄のガリ勉糞ビッチ」

「生徒を糞ビッチ呼ばわりとかホント最低だな」


 友人への不当な評価に苛立ちを覚え、思わず罵声が飛び出した。だが、厚井先生は聞いても効いてもいなかった。


「駄目よぅ田中君ぅん。ああいうビッチは、男の子の気を惹こうとしてるだけなのぉ。騙されちゃダ・メ」

「はぁ……とにかくテープください」


 何かもう疲れた。1秒でも早くここから立ち去りたい。


「ちょっと待ってぇ。田中君に渡したいものがあるのぉ」


 そう言いながら、厚井先生は保健室に戻ってきてからずっと手に提げていた、可愛らしい、お菓子屋さんでよく見る直方体のケーキ箱を開封した。


「じゃア~~ン♪ 田中君の大好物、リンリンバムバムのデビルスケーキでーす。誕生日おめでとう田中君ぅん」

「何で俺の誕生日を知ってるのだ。それに好物も……口を滑らせたことありましたっけ?」

「ンッフフ……何でだと思う?」


 俺は頭を軽く回転させる。そういえば、一応この変態は保険医だ。


「そういや、身体測定がありましたね。その時に知ったんですか?」


 確か、渡された測定表には誕生日の欄があった。


「いいえ。身体測定は男の保険医が担当してたでしょう。それにぃ、わたしは悪用するからって理由でぇ、男の子の結果は一切見せて貰えないのぅ。失礼しちゃうわぁ」


 そこまで分かっていて学校は何故この保険医をクビにしない。


「第一、測定表じゃあ田中君の好物は分からないでしょぅ。それにぃ、わたしはついさっき(・・・・・)、田中君の誕生日を知ったのよぅ。ダ・カ・ラ、大慌てでケーキを買いに行ってきたのよぅ。あ、そろそろ田中君の誕生時間ね。13時ピッタリなんでしょう。田中君が生まれたジ・カ・ン」


 ドッと冷や汗が噴出し、背筋に氷が滑った。

 ま、まさか……


「貴様盗聴してやがったのか!」

「盗聴だなんて人聞きの悪い。流石にそれは犯罪だからやらないわよぅ」

「じゃ、じゃあどうして……」

「ンッフフ……分からないのぅ? この保健室ってぇ、ちょうど田中君の教室の真下なのよぅ。だから窓際まで登ってえ、ちょっと聞き耳を立ててたダ・ケ」


 何この地獄耳ストーカー怖い。それと窓際に登ったって何? まさか蜘蛛クモみたいに壁に張り付いていたのか? ホント怖い。しかも口ぶりから察するに、昨日今日の行動じゃないってことだよな。俺ってば、この妖怪にずっと監視されてた訳? 何それ超恐い。後でストーカー被害届の書き方を復習しなければ。


「ンッフフ……怯えた顔もカ・ワ・イ・イ」


 余りの衝撃の告白に俺は身を凍りつかせてしまい、保健室から逃げ出すタイミングを失ってしまった。すると何か勘違いしたのか、厚井先生は頑張って寄せて上げた見っともない胸の谷間から銀色のスプーンを取り出した。

 そんなお下劣なサービス望んじゃいません。ホント勘弁して下さい。というか、そのスプーン大量に雑菌が付いてそうなんですが、一応保険医としてどうなんですかそれ?


「ハイ。田中君、ア~~ン……」


 そして厚井先生はデビルスケーキをスプーンで一掬ひとすくい。俺の顔面に向けて差し出してきた。勿論俺は後ずさる。


「ア~~ン……」


 妖怪の脇をダッシュで抜けようかと考えたが、妖怪は上手いこと先回りし退路を塞いできた。突き飛ばし強引に逃げることもできるが、俺は暴力は嫌いだ。例え相手がセクハラ常習犯だとしても、暴力を振るうのはいけないことだ。だが妖怪に屈し、恋人同士もしくは母親が赤ん坊にする行為を受け入れてしまったら、今後のセクハラ行為はさらにエスカレートすることだろう。

 嫌だ。それだけは絶対に嫌だ。


「ほら、お口を開いてぇ。ア~~ン……」


 そんな葛藤を余所に、妖怪はジリジリと迫ってくる。ついに俺は壁際に追い詰められた。ちょうどその時だった。


 キーンコーンカーンコーン……コーンカーンキーンコーン……


 13時を告げる鐘が鳴り響く中、遥か過去の記憶が走馬灯のように流れた。


 ***


 ~過去~


 神の導きか、はたまた悪魔のいざないか、森の中の小道を進んだ先で、"それ"を発見した。


「やった。やったぞ! 俺は成した。成し遂げた! 13体目の干支が祀られし祭壇を発見したのだ! これで偉大なる悪魔に、魔王にまた一歩近づいた!」

「ジローちゃんすげえや! 神がかってる。いや悪魔がかってる!」

「イエーイ!」「イエーイ!」


 半ズボンとブランドがハイタッチで歓喜する。


「馬鹿二人がなんか盛り上がってる。でもまあ、まさか本当にあるなんて……正直ジローちゃんの妄想だと思ってたのに」


 冷めた態度の着物だが、何処となく声は弾んでいた。


「しかし、随分と荒れているな……」

「長いこと手入れされてないことは確かじゃね」

「何か、可哀想……」


 半ズボン達は、13体目の干支だと信じているようだが、石造りの"それ"は元の形状が何なのか分からぬほど崩れていた。少なくとも、何の動物であるか判別できない。

 また、"それ"は雨風に晒され続けてきたためか、くすんだ灰色の石肌はフジツボの群生のように凸凹しており、ところどころ生えている苔はまるでカビのようだ。

 "それ"が何なのか、何のためにあるのかは誰にも分からないが、一つ明白なのは気が遠くなるほどの長い間、放置され続けてきたという事実だ。

 

「……よし! いっちょ俺達で綺麗にしてやんべ」


 半ズボンが腰に手を当て、仁王立ちのポーズを取りながら言った。


「え!? 勝手にそんなことやっていいの?」

「別に悪戯する訳じゃあないから構わんだろう」

「あたしは賛成。何か放っとけないし」


 そして、少年少女達は"それ"を念入りに手入れした。真冬日のことだったが、不思議と寒さで手がかじかむことは無かった。


「フフン。以前とは見違えるようになったな」

「これなら神様も喜んでくれるよね」

「でも……結局何が祀られているのか分からなかったんじゃね? これが13体目の干支かどうかも分からないし」

「クククククク……正体不明の魔力により輪郭がぼやけハッキリしない、益々気に入ったぞ」

「またジローちゃんが訳分からないこと言ってる……」


 突然、半ズボンがそれの前でパンと手を合わせ目を瞑った。


「ジローちゃん? 何してんの」

「何って、願い事だ。どんな(・・・)願いでも叶えてくれるという噂だからな」


 願い終えたのか半ズボンが瞼を開き、背後の2人を振り返る。


「オマエ等も願ったらどうだ。どうせ神社の方じゃあ、家族が元気でありますようにとか、皆で仲良く過ごせますようにとか、そんなありふれた願いしか望んでないだろう。こっちでは個人的な願い事でもしてみてはどうだ?」


 半ズボンに促されるまま、ブランドと着物も手を合わせた。2人が捧げる祈りは、初詣のときよりも長かった。


「何を願ったのだ?」

「え!? そ、それは……」

「そういうジローちゃんこそ、何を願ったのよ」

「俺か? 俺はだな……」


 半ズボンは一つ間を置き、そして高々と、天を斬るように宣言する。


「我が野望は世界征服なり! しかし、世界征服するにもまだまだ知識も経験も全然足りぬ……ので! 16歳の誕生日を迎えたその日に世界征服を本格的に開始するのだハハハハハハ!!」


 ***


 ~現在~


 キーンコーンカーンコーン……コーンカーンキーンコーン……


「もうっ……無粋なチャイムね。あ、でもちょうど今、田中君は生まれてから16年目を迎えたのよね。ハッピィバースディ田中君ぅん♪」

「ハッピー? 何を言ってるのだ貴様は。これから地獄が始まるというのに……」

「やだもぅ。地獄だなんて失礼しちゃうわぁ。始まるのはぁ、先生とのケーキのように甘い――」

「失せよ」


 妖婆ようば言葉を遮り、俺様の中で何かが弾け飛んだ。


「失せよ! 妖婆アッラ・フォーが!!」


 そう……俺様の中の邪悪なる意思が、満を持して目覚めたのだ!

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