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中二病を治したかったのだが! ~それは青春というより黒春~  作者: 中山おかめ
第参幕 お友達から始めたいのですが
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3-5 まずはお友達から始めたい 破

「さて、江口さんがまずすべきことは謝罪だ。十字架さんに誠心誠意を持って、屋上での一件を謝罪するのだ」

「謝罪? わたし何も悪いことしてないのです」

「……オマエ本気で言ってるのか?」


 江口さんは顎に人差し指を当てながら小首を傾げる。美少女にのみ許された大変可愛らしい振る舞いだが、当人の電波少女っぷりを目の当たりにしている為、素直に喜べない。


「屋上でセクハラめいた発言を連発していただろう。『シャツのボタンがはち切れんばかりに膨らんだ、エベレストすらかすんで見える双子山』だとか『うなじに齧り付きたい』だとか」

「二郎さんの『ボインクロス』とか『魅惑の円周率』とか『デカメロン・エクロス・オメガブラック』よりはマシだと思うのです」

「ウボアッ! 何故それを!?」

「休み時間、同級生と廊下の隅に隠れておっぱいの話題で盛り上がってるじゃないですか。二郎さんの声ってよく通りますから、ヒソヒソ話してても割と聞こえてくるのです」


 マジで!? 女子からの印象最悪じゃあねえか。


「二郎さんの発言でヤギコーのブランドが落ちてしまうかもしれないのです」

「落ちません!」


 俺は感情的な司会者のごとく話題を強引に打ち切り、話を先に進める。


「とにかく、オマエが屋上で十字架さんをドン引きさせたことが問題なのだ。というか、何故十字架さんの髪の毛をビニールに保存したのだ?」

「何故って……だって親しくなるためには髪の毛の入手が基本でしょう」

「オマエは何を言っている」

「髪の毛を自分の小指に、指輪のように括り付けるのです。そうすればもはや一心同体。親友を超えた家族」

「オマエは何を言っている」

「分からない人ですね。えーっと……ペアリングとか、ペアネックレスとか、特に親しい間柄はお揃いの小物を身に付けます。つまり、相手の体の一部を身に付ければ、もっともっと親しくなれる……という理屈なのです」

「どこまで本気で言っている」


 聞けば聞くほどストーカー染みた思考回路に戦慄を覚える。エルフ先輩が言っていたが、こういう類いの人種は総じて『ヤンデレ』と称されるらしい。発言内容だけを見れば彼女はまごうことなき『ヤンデレ』だろう。

 しかし、俺は彼女のヤンデレ発言に違和感を覚えていた。声の調子、会話の間、目の泳がせ方をみるに、彼女の発言はどこか嘘っぽいのだ。いや、嘘というよりも、核心的な何かから俺を必死に遠ざけようとしているように感じた。


「まあ、おまじないみたいなものなのです」

「髪の毛を使ったおまじないなぞ不穏な空気しか感じないのだが。丑の刻参りとか」

「そんなことする訳ないのです! 危害を加えようなんて考えは一切合財ミジンコの欠片ほどもないのです。寧ろ逆なのです。わたしは、聖奈さんと純粋に仲良くならなければ(・・・・・・)ならないのです」


 これは直感でしかないが、その言葉に嘘偽りは無いように思えた。

 それに、AVに買収されといて言うのも何だが、やっぱり江口さんは悪い奴ではないと思うのだ。言動自体は奇天烈で毒も多量に含まれているのだが、悪意は感じない。


 ……それとも、脆弱な風貌にも関わらずハキハキとした振る舞い、そして容赦ない毒舌を吐き出す江口さんを、あの子と重ねてしまっているだけなのだろうか。


 湿っぽいイメージを思考の隅に追いやりつつ、俺は改めて仲良くなるための順序を述べる。


「じゃあ、仲良くなるためにもまず謝罪からだ。たとえ悪気が無くとも、相手を不快に思わせてしまったのなら謝るのが筋だろう」

「そう……ですね」

「大丈夫。十字架さんは優しい人だから、誠心誠意を込めて謝れば許してくれるさ」

「では早速土下座してくるのです!」


 ニンジンを前にした兎のように飛び出していく彼女を、俺は慌てて引き止めた。


「待て待て待て土下座は却下だ!」

「何故なのです? 誠心誠意を込めた謝罪といえば土下座でしょう」

「かもしれんが、土下座は重すぎる。丁寧なお辞儀にとどめておけ」


 江口さんはやることなすことが極端だ。このまま謝罪に行かせたら、十字架さんとの仲がより悪化してしまうかもしれない。


「一旦俺を仮想相手として練習してみろ」

「仮装? 二郎さん女装趣味があるのですか? やはり変態さんなのです」

「そっちの仮装じゃあねえよ。とにかく、俺を十字架さんだと思って謝ってみろ」

「……分かりました」


 江口さんは目を閉じ沈黙する。


「……何をしているのだ?」

「話し掛けないで欲しいのです。今、二郎さんを十字架さんだと思い込ませているところなのです」


 いや、そんなマジになって妄想しなくてもいいのだが。彼女は匙加減というものを知らないらしい。

 そして1分ほどの間を置いてから、江口さんは閉じていた瞼を開いた。


「聖奈さん……少しお時間いいでしょうか?」


 江口さんは真剣な表情で、かつ少し不安を帯びた声色で俺に語りかけてきた。緊張を孕んだ、怯えた小動物を思わせる視線に射抜かれると、優しくしてあげねばという使命感が湧く。


「……少しくらいならいいけど、何の用?」


 俺も十字架さんの口調を真似て、声もなるべく高して答えた。


「先々週の屋上での一件を謝りたいのです。本当にごめんなさいなのです」


 許してくれるのか。それとも拒絶されるのではないか。

 その2つの感情が入り混じった彼女の儚げな顔を見ていると、弱々しく震えている白兎を相手にしているような気分になり、どんな無礼も許してしまいたくなる。


「……分かりました。この間の件については一旦水に流します」

「本当ですか!」

「ええ。私も無視してごめんなさい」


 俺は江口さんに向けてぺこりと頭を下げた。すると江口さんは本当に嬉しそうに破顔しつつ、握手を求める様に右手を差し出してきた。その手を握ろうと、俺も右手を差し出した――が、伸ばした手はスルーされ、彼女の右手は俺の大胸筋に当てられた。


 さわさわ……モミモミ……


「……何をしているのだ?」

「胸を揉んでいるのです。聖奈さん見た目の割に意外と貧乳――」

「こんのセクハラ兎イイイ!!」


 俺は彼女の両肩を掴み前後に大きく揺さぶった。


「ハッ!? わたしはしょうきにもどった」

「オマエ一体何なのだホントに……」


 最後の最後で一気に協力するのが嫌になってきた。


「それにしても二郎さんって意外と鳩胸なのですね。程よい筋肉が悪くなかったのでもう一度揉ませて貰っても宜しいですか?」

「宜しくありません!」


 今更だが、やっぱこの子危ない奴なのではないか? 十字架さんに近づけて本当に大丈夫か? 悪い奴ではないと思っていたが、それはただの気のせいだったのかもしれない。


「つーかなんで胸を揉んだのだ?」


 しかも痴漢のようにやたら厭らしい手付きだった。ホントに気持ち悪かった。


「女の子はより親密になった証として胸を揉み合うものなのです」

「絶対に違う! 俺は女じゃあないが、それは違うと断言できる」

「だって小説にそう書かれていたのです。まずは胸を揉み合い、次に花を愛で合う。それが女同士の親愛表現なのだ、と」


 小説? 花?


「……分かった。十字架さんに対する態度がおかしいおかしいとは思っていたが、さては官能小説を参考にしていたのだな?」

「えっ……駄目なのですか?」


 江口さんがキョトンと呟く。


「駄目だよ! 何でOKだと思ったの!?」

「だって女の子を悦ばせる方法が沢山書いてあるのです。親密な仲を構築する上で最適なバイブルじゃあないのですか」


 そんな理屈で官能小説を読む奴初めて見た。


「何を読むのも勝手だが、現実と想像は区別しろよ。その調子じゃあ余計嫌われる」

「そ、そんな……わたしは一体どうしたら……」

「いや普通に接しろよ」

「普通って何ですか?」


 軽い気持ちで言い放った言葉だが、江口さんは過敏に反応した。


「普通って何ですか?」


 彼女は同じ言葉を繰り返す。本当に分からないといった表情だ。返答に窮していると、江口さんは言葉を続けた。


「見ての通り、わたしは見た目から普通じゃあないのです。生まれたときから髪は白く、目は真っ赤。日光に弱いため満足に外出もできないのです。目もよくないので、人の顔を見分けるには近距離まで接近しないと駄目なのです。黒板の文字もよく見えないことが多いのです。小学校・中学校は通信制でした。実際に学校に通うのはヤギコーが初めてなのです。わたしは同い年の人と接したことが殆どないのです。わたしは普通に人と接したことがないのです。わたしは普通に学校生活を送ったことがないのです。だから普通にしろと言われても……よく分からないのです」


 唐突に、それもほぼ初対面の相手に、何の躊躇いもなく、江口さんは淡々と重々しい境遇を語った。それは彼女が、人と接する機会が少なかったことの証明でもあった。


「配慮が足りなかった。済まない」

「謝る必要なんてないのです。わたしのようなマイノリティの気持ちなんて、普通分かるわけないのです。だから二郎さんがわたしの気持ちを分からなくても、しょうがないことなのです」


 言葉だけ捉えると皮肉的に聞こえるが、声に棘は含まれていなかった。江口さんは自分が思ったことを口に出しているだけなのだ。

 ただ……その言葉に俺は――






 脳裏に広がるは病院の一室。年の離れた子供達。そして同い年の1人の少女。


――ジローちゃんに……中二病風情にあたしの気持ちなんて分かるわけがないのよ!!






 あの子達は今、どうしているのだろうか。彼女は今、どんな気持ちで過ごしているのだろうか。力になりたかったけど、力になれずに――


「二郎さん……どうしたのですか?」

「ウワア!?」


 いつの間にか閉じていた瞼を開くと、眼前に江口さんの顔があった。あと少しで唇が触れてしまう程の近距離で、俺は腰を抜かしてしまった。そしてその反動により、かけていた眼鏡が外れてしまった。今度修理に出したほうが良いかもしれない。

 しかし、眼鏡が外れたということは……それ即ち、魔王が魂の顕現なり。


「ならば貴様は今日から俺様の下僕だ」


 俺様は地獄から這い上がるかのように立ち上がり、白き忌み子に宣告した。


「文脈に関連性がまるで見当たらないのです。というか下僕ってなんなのですか?」

「下僕は下僕だ。貴様を魔王たる俺様の下僕に迎えよう」

「答えになってないのです」

「光に嫌われし白き忌み子よ。貴様に真名まなを与える」

「まるで話を聞いてないのです」


 俺様は右手の人差し指(カオスブリンガー)を新たなる下僕に向ける。


「魔王の名において命名する。貴様の真名は『暴走白兎ぼうそうはくとエロスギネ』だ」

「そんな仇名嫌なのです!」

「フククククク……エロスギネよ。ボインクロスと盟約の契りを交わしたくば我が宣託を聞くがよい」

「なんかもう、聞いてるだけで恥ずかしいのです……」

「貴様に授けし謀略は、名付けて『オペレーション・アブホース』だワハハハハハハ!!」

「どうしようこの人頭が危ないのです」

「貴様にだけは言われたくない」

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