3-4 まずはお友達から始めたい 序
あれから2週間が経過した。
1週間前に中間試験も終了し、一部を除いて生徒達の表情は憑き物が落ちたように晴れやかだ。各種部活動も再開し、部に属する者共は活動に勤しんでいる。
そして、部に所属していない俺はというと……
「フククククク……信長よ。聖戦の時は来たり。今日こそ新生ショゴス六郎が貴様の奉仕種族を打ち破ってくれよう」
「ハイハイ魔王様。今日もボクのエヴォンゴルゴン初号機が返り討ちにして差し上げます。どこからでもかかってきて下さいな」
「それでは双方、準備はよろしいか? スタート5秒前……3、2、1、スタート!」
部長の合図と同時に、俺は操作装置左部の十字キー上を押した。すると、ショゴス六郎が前へ進み始める。
「いいぞその調子だショゴス六郎!」
2メートルほど進めた後、俺は十字キーの右を押した。するとショゴス六郎はその場で右回りに回転。慎重に、エヴォンゴルゴン初号機に照準を合わせる。
「魔王様。懐ががら空きです」
しかし、エヴォンゴルゴン初号機は滑らかな曲線を描きながらショゴス六郎に急接近。頭部に付けられた風船が貫かれ破裂。
「頭がパーン」
「ショゴス六郎!?」
今行なっている競技は、ロボットに取り付けられた頭と背中の風船を先に割ったほうの勝ち、というルールだ。即ち、ショゴス六郎の命は残り一つ。背部に付けられた風船を何としても死守しなければならない。
俺は十字キーの右斜め下を押し、撤退命令を出す。だが……
「どうしたショゴス六郎! 何故逃げぬ!?」
ショゴス六郎は自らの尻尾を追い回す犬のように、同じ場所をグルグルグルグル回るのみ。
マニュアルを確認したいところだが、そんな暇を信長は許してくれる訳が無い。
「では魔王様。お命頂戴します」
「なんの! 反撃だショゴス六郎!」
なんとかショゴス六郎の制御を取り戻し、エヴォンゴルゴン初号機を正面からを迎え撃つ。俺は操作装置右側のボタンをポチポチ押してショゴス六郎に反撃命令を出した。
右腕がウィーンと、先端に取り付けられた針がエヴォンゴルゴン初号機を捉える。
「何故だショゴス六郎! 何故攻撃を中断する!?」
だが、ショゴス六郎は右腕を上げたかと思えばすぐに下げ始めるという、謎の行動。俺は痺れを切らしボタンを狂ったように連打したが、ショゴス六郎は激しく右腕を上下するのみだった。
「なんか……古い動画で見たような」
「えーりんえーりん」
「そうそれ」
外野の感想を脇に、迫り来るエヴォンゴルゴン初号機。
「クッ……撤退! 撤退だ!」
俺は十字キーを我武者羅に操作。だがショゴス六郎はその場を、今度は左回りでグルグル回るのみ。右腕を上下に激しく振りながら左回りにグルグルグルグル。滑稽なロボットダンスだった。周囲から爆笑が巻き起こる。
「いつ見ても面白い」「本当へたっぴだなあ」「もうある意味才能じゃんこれ」
「トドメです」
信長の死刑宣言と共に、ショゴス六郎の2つ目の風船が呆気なく割られた。
「そこまで! ウィナー・イズ・ローズブレイド信長!」
「ぐふゥ……また負けたー」
「ボクに勝とうなんて100年……いや、ジローちゃんの場合は1000年早い。本当に機械のことになると駄目駄目だよねえ」
「仕方ない。魔力が通じぬものは扱えぬのだ」
「なにその言い訳」
信長が小さく笑った。
ここは校舎1階にある機械工作室。山羊山高等学校ロボットコンテスト研究部、通称ロボ研の活動拠点だ。俺は放課後、信長の所属するロボ研にちょくちょく遊びに来ていた。
「相変わらず面白いな田中は」
ロボ研の部長が顔を綻ばせなが近付いてきた。俺は手に持っていたコントローラーを彼に向けて差し出す。
「これお返しします。やっぱ俺には無理です」
「かなり操作し易くしたはずなんだがなあ。これでも駄目かあ」
「テレビのリモコンすら覚束無い俺ですよ。ロボットの操作なんて絶対無理です」
「そいつはやべえな」
部長はガハハと大口を開けて笑った。
「……ところで、ロボ研に入る気はないのか?」
「機械音痴の俺が入った所で、何の役にも立てないと思いますけど」
「んなこたない。部室を掃除してくれるだけでもかなり助かってるぜ」
「いや部室ぐらい自分達で綺麗にしましょうよ」
「男の巣窟だぜ。するわけないだろう」
ロボ研は男の浪漫を追い求めているせいか、部員は全員男子。聞いたところによると、今までに女子部員が在籍したことは一度もないという。
それ故、部室は荒れ放題汚し放題。年に一度の大掃除も超適当。それが年々積み重なり、俺が信長に連れられて初めて部室を訪れたときは、カラスが荒らした後のゴミ捨て場かと思うほどの酷い惨状だった。
冗談抜きで健康を害しかねないレベルの汚部屋だったため、俺は丸一日かけて隅々まで綺麗にしてやったのだ。
「前にも言いましたが、縛られるのは嫌いなんで」
「そうか……田中が入ったら念願の女子部員を獲得できそうなんだがなあ」
「またそれですか。別に俺はそんなモテない――」
ガラガラガラッ!
と、勢いよく機械工作室の扉が開かれた。扉の向こうには白髪紅目の美少女、江口杉子。
突然の女子の来訪に、男共が分かりやすく浮き足立つ。
「二郎さん付き合ってください!」
白昼堂々大胆な告白。
そしてロボ研の面々から俺に向けられる嫉妬と羨望と敵意の眼差し。
「……やっぱモテるじゃないか」
部長の恨めしそうな声が、ちょっと怖かった。
***
酷く興奮した様子の江口さんを落ち着かせ、俺達二人は人気のない屋上付近へと場所を移した。今日は屋上の扉は閉まっていた。
「さて江口さん。さっきの付き合って下さいって台詞は、恋人になってくれって意味じゃあないよな」
「はい。話しに付き合ってくださいって言いました」
いや言ってねえよ。
やはりというか、彼女はかなり言葉足らずの人間だった。
「もしかして勘違いさせてしまいましたか? 確かに二郎さんは素晴らしく容姿が優れていると思うのですが、わたしは鼻毛の毛の先ほども興味ないのです。お気持ちは嬉しいのですが、バレンタインにチョコレートをあげてないのにも拘らずホワイトデーのお返しを送られる位に迷惑なのでお断りするのです。ごめんなさい。今後の恋活をお祈り申し上げるのです」
その気が微塵もないのに、いつの間にか振られた上、お祈りまでされた。
何この子腹立つ。
「それで本題なのですが」
「もう一度、十字架さんとの仲を取り持って欲しい……ってところか?」
先回りして告げると、江口さんは驚きで目を見開いた。
「何故分かったのですか? ストーカーなのですか」
「いやストーカーじゃあねえよ」
思わず辛辣な口調で返してしまった。
いかんいかん……相手は女だ。威圧的な発言は控えないと。
「では痴漢なのですか。変態さんですね。近付かないで欲しいのです」
「どっちも違えしオマエにだけは言われたくねえよ」
無理。こいつ相手に猫被るの無理。
何この子滅茶苦茶腹立つ。
「さて二郎さん。あなた様が仰ったとおり、小説のモデルの件を抜きにしても、わたしは聖奈さんとお友達になりたいのです」
「えー……」
反射的に嫌そうな声を出してしまったが、江口さんは勝手に話を続ける。
「ですが、彼女に避けられている気がするのです。何故でしょう?」
そりゃあ人様の髪の毛を真空パックに保存するようなメンタルヘラッピー、誰だってお近づきになりたくありません。
「そもそも、どうして十字架さんと友達になりたいのだ?」
俺がそう尋ねると江口さんは口を固く結び、唇をプルプルと震わせた。時折唇の端からプスリと息が漏れ、その真剣な表情から必死に言葉を選んでいることが覗える。
「……とにかく、絶対に絶対に友達にならないといけないのです。親しい仲にならないといけないのです」
どこか悲愴さすら感じさせる呟き。何か深い事情があるのだろうか?
肩を震わす彼女は、まるで怯えている小さな白兎のようで庇護欲が掻き立てられる。
「ごめん。協力はできない」
だが、俺は彼女の頼みを断った。
ちょっと冷たいかもしれないが、十字架さんは屋上での一件により彼女を嫌がっている。同じクラスで仲の良い十字架さん。つい最近知り合ったばかりの江口さん。どちらを優先すべきかは明白だ。
「勿論ただでとは言いません」
そう言いながら、江口さんは鞄から無地の包装紙に包まれた長方形の箱を差し出してきた。
「それは?」
「AVなのです」
その発言に驚き江口さんの顔を凝視した。
いや、早とちりするな俺。彼女は言葉足らずなのだ。
「あー、アニマルビデオのことだね。動物は好きだよ」
「ノー。お約束のボケは不要なのです。18歳未満観賞禁止のブツ、正真正銘のアダルトビデオなのです。自信を持ってオススメできるブツなのです」
江口さんは一切濁りの無い瞳でそう言った。我がフォレンジックアイが告げている。彼女は嘘を吐いてない。
「貴様……魔王たる俺様を買収しようというのか」
「イエス、オフコースなのです」
「というか、どうやって貴様はソレを手にしたのだ?」
「パパの部屋にこういうビデオが一杯あるのです。それを一本拝借してきたのです」
お父さーーーん!
「いや……だが、しかし……」
俗物で買収されるなど、魔王の沽券に係わる。気をしかと持つのだ俺様。精神防壁を厚くせよ。誘惑魔具如きに惑わされる魔王では――
「出演女優は巨乳美人なのです」
***
「お……戻ってきた戻ってきた」
ロボ研に戻ると、部長がニヤニヤと笑いながら何かを聞きたげな視線を送ってきた。信長含め、ロボ研一同もソワソワしながら俺の様子を覗っている。
「で、どうなった?」
「AV貰った」
「「「何で!?」」」
十字架さんゴメンナサイ。
庇護欲と性欲のダブルパンチに魔王は屈してしまいました。




