3-3 人の告白はいとおかし
俺は江口さんに十字架さんを紹介して欲しいとお願いされた。先週、江口さんが体育館で俺に近づいてきたのも、同じことをお願いするためだった。
彼女から悪意は感じなかったから、俺はそれを了承した。そして、すぐそこで十字架さんが(その他3名も)隠れていることに気付いていたため、俺は軽い気持ちで2人を引き合わせた。
「わたしの赤ちゃんになって欲しいのです!」
だが、江口さんの口からでた言葉は予想と違っていた。それはまるで、正統派ロールプレイングゲームのラストバトルで突如シューティングゲームが始まった時ような、期待を悪い意味で裏切る発言。ゲームのプレイ中に、信長が「こんなの求めてねえ!」とボヤいていたのを思い出した。俺も今、その時の信長と同じ心境だ。
彼女のぶっ飛んだ発言に、十字架さんは勿論のこと、俺を含めこの場にいる全員が絶句していた。麻痺のステータス異常からいち早く回復した俺は、今一度確認した。
「江口さん。もう一度プリーズ」
「赤ちゃんになって欲しいのです!」
赤ちゃんが欲しいではなく、になって欲しい。
授かりたいのではなく、幼児退行所望。
あらかじめ彼女から話を聞いてなかったら、新手の宗教かと跳ね除けていたところだ。
「何を言ってるのだオマエは? そうじゃあないだろう」
「ご、ごめんなさい……わたし口下手なのです……」
「口下手とかそういう問題じゃあない気が……とりあえず一からちゃんと説明してあげてくれ」
俺の言葉を受け、江口さんは一息ついてから再び十字架さんに向けて告げた。
「江口杉子。15歳。誕生日は10月2日。趣味は小説の執筆。ですが最近ちょっとスランプ気味なのです。だから聖奈さんはわたしのベイビー……愛しい赤ちゃんなのです」
またもや話が斜め下の方向に滑り出した。俺は修正を試みる。
「ストップ! 話の前後がまったく繋がってない。赤ちゃんと小説まったく関係ないだろ」
「いいえ関係あるのです! モデルはいわば雛形。雛とは生まれたばかりの小鳥、すなわち赤ちゃん。ゆえに、聖奈さんはわたしの赤ちゃんになるのです。もはや血の繋がった家族」
「役所も真っ青な家族認定だな」
先程江口さんから直接相談を受けた俺は、彼女の言わんとしていることが分からなくもない。だが、周囲の人々は勝手な妄想を繰り広げ始めていた。
「レズリング展開キタコレ!」
「興奮すんじゃね変態蜂。っていうかあんた百合もいける口かよ」
「しかも赤ちゃんプレイ……レベル高過ぎんだろ」
「田中くぅん。わたしのを飲ませてア・ゲ・ル」
済みません話がややこしくなるんで、皆さん黙っててくれませんか。
「……つまり、私を小説に登場させるキャラクターのモデルにしたいってこと?」
「そのとおり!」
俺は十字架さんの超理解に賞賛の声を送った。流石は学年主席。頭の作りが違う。
「ということは、田中君もさっきモデルにって言われてたの?」
「いや、俺は十字架さんを紹介して欲しいってお願いされただけだ」
「そ、そっか……私、だけか……」
十字架さんは少し残念そうに一つ溜息を吐いた。
「駄目でしょうか?」
江口さんはオドオドと尋ねた。
その様子は白髪赤目という容姿も相まって、思わず庇護したくなる弱々しい白兎を彷彿とさせた。
「駄目って訳じゃないけど、何か恥ずかしいな。それに私なんかモデルにしても、面白い話なんて作れそうにない気がするけど……」
「そんなことはないのです!」
江口さんが声高に叫ぶ。
「聖奈さんはとても艶っぽいのです。バラの女王ダマスクローズのように優雅な香り、清楚可憐なお顔。時折見せるどこか影を含んだ妖艶な笑顔は、まるで女神ウルドが微笑んだかのよう。謙遜する所は何もないのです」
江口さんは外国人の口説き文句のようなセリフを次々と吐き出していく。十字架さんは羞恥で顔を赤らめているが、まんざらでもない様子だった。
「シャツのボタンがはち切れんばかりに膨らんだ、エベレストすら霞んで見える双子山。腰下の双丘が描く曲線美の麗しさ。谷間に食い込むスパッツの皺から迸るエロスは、女のわたしですら内なるバベルの塔が猛々しく反り立ちます。そして、この綿菓子のように甘い桃色の長髪の隙間から覗くうなじ……飢えたハイエナのように、一心不乱に齧り付きたいのです」
江口さんは音も無く間を詰め、恍惚とした表情で十字架さんの髪を梳く。最初は優しく、だが徐々に力が込められていく。
「イタッ!」
「ご、ごめんなさい……強く引っ張り過ぎました」
江口さんは謝りつつも懐からファスナー付きのビニール袋を取り出し、抜き取ったピンクの毛髪を入れ固く封を閉じた。
何この子恐い! 十字架さんも顔が真っ青だ。
「ヤンデレだ! 白髪赤目ヤンデレだ尊い!」
「え? え? え? 江口さん……そんなキャラだったの?」
「やべえよ。普通にやばすぎるぜあいつ」
「田中くぅん。あなたの髪の毛、あたしにもチョ・ウ・ダ・イ」
危険なユリの香りを感じた俺は、伸ばされた妖婆の手を雑に払ってから、十字架さんと江口さんの間に割って入った。神聖なる学び舎で、しかも俺の紹介を切っ掛けに保険の授業開始とか冗談じゃない。
「え、江口さんは、十字架さんを小説のモデルにしたいだけ……だよね?」
俺は恐る恐る江口さんの目的を確認した。江口さんは首を一度立てに振った後、横にも振った。
「いえ、小説抜きにしても聖奈さんとは家族になりたいと思っているのです。ですから聖奈さん。まずはお友達から――」
「嫌や!」
そう一言吐き捨て、十字架さんは踵を返しその場から逃げ出した。膝を折り、途方に暮れた様子の江口さん。
「……何がいけなかったのでしょうか?」
「全部」
江口さんの問いに対し、俺は投げやり気味な一言で答えた。
 




