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中二病を治したかったのだが! ~それは青春というより黒春~  作者: 中山おかめ
第参幕 お友達から始めたいのですが
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3-2 人の恋模様はいい見世物

『親愛なる田中二郎様。お話ししたいことがあるので本日の放課後、屋上まで来てください』


 便箋には確かにそう書かれていた。封筒には女の子が好きそうな可愛らしい白兎しろうさぎのイラストが描かれており、ハートマークのシールで封が閉じられていた。細木君がラブレターだと思うのも無理ないだろう。

 だが、俺にはこれがラブレターとは思えなかった。


 女は雰囲気ムードを重視する生き物だ。恋文ならば、気持ちを込めるためにも、おまじない的な意味合いでも、普通は手書する筈。しかしこれは手書きではなく、プリンターで印刷されたものだった。しかも堅苦しいフォント(明朝体)で。


 因みに、中学時代の同級生が、B5のコピー用紙で好きな子にラブレターを送ったら秒速で振られていた。


「ないわー……これならFINEで告る方がまだましだわー」


 だそうだ。


 屋上へと続く階段を昇り切ると、いつもは閉じている筈の扉が僅かに開いていた。その隙間から寂しげな口笛を吹くように、外から風が通り抜けて来る。

 ドアノブを手に取り扉を押し開けると、外気がビュウッと流れ込んできた。強風に煽られ髪がなびく。向かい風に吹かれ反射的に目を細める中、瞼の隙間に白い影が映った。


 僻地へきちに咲く一本の白百合を思わせる、日傘を差した可憐な女子生徒が屋上の中央に立っていた。彼女は白い長髪をサラサラと風に靡かせつつ、真紅の瞳が俺を捉えた。


 日差しの中に佇む白髪紅目の美少女。ファンタジー世界に迷い込んでしまったのかと錯覚してしまう程の幻想的光景。しかし、ここは魔界でも異世界でもなく、ヤギコーの屋上だ。

 彼女の名前は江口杉子えぐちすぎこ。信長と同じE組の女子で、そして恐らくは先天性白皮症を患っている。所謂いわゆるアルビノだ。


「君がこの手紙の差出人かな?」


 江口さんの名前を知っていたが、あえて2人称で彼女を呼んだ。ろくに接点のない人物が自分の名前を知っていることに、恐怖や嫌悪感を抱く人間もいるからだ。


「田中二郎さん?」


 江口さんは尋ねるような声で返事をした。初めて彼女の声を聞いたが、儚げで、耳に心地いいウィスパーボイスだった。


「そうだよ。君がこの手紙の差出人?」


 もう一度同じ内容を尋ねると、江口さんはコクリと肯定の意を示した。彼女が差出人で確定だ。だが、俺は不思議でならなかった。それと同時に不安だった。


 何故、彼女は屋上にいるのだ? どれぐらいの間、屋上にいたのだ?


 アルビノ患者に日差しは厳禁である。短時間直射日光に当たっているだけで日焼けしてしまい、皮膚ガンのリスクも高まってしまう。だから彼女は日傘を差して、日光をガードしているのだろうが、そもそも屋外に出なければその必要はない。

 なのに、なぜ彼女はこの場所を選んだのか?


「とりあえず、そこの日陰に場所を移そう」


 俺は時計塔の影を指差しながら告げた。すると、彼女は嬉しそうに微笑(ほほえ)んだ。

 その柔らかな笑顔に、思わずドキリとしてしまう。紺碧こんぺきの空の元で笑うましろの彼女は、とても美しかった。もしかして屋上を場所に選んだのは、この演出の為だったのだろうか。もしそうなら中々にあざとい。


 江口さんは無言で日陰に移動した。俺も彼女に続く。そして、時計塔を背凭れ代わりにして、俺と江口さんは地べたに座った。


 ……あ、着膨れしていたから今まで気付かなかったけど、この子よく見ると中々の円周率パイ保持者だ。十字架さん程ではないが、3分の4パイ(球の体積を)アール三乗(求める公式)の結果は平均値を易々と超えるだろう。


「それで、話したいことって――」

「江口杉子」

「え?」

「わたしの名前。江口杉子って言うのです」


 そういえば、自己紹介がまだだった。とうに名前は知っていたため、うっかりコミュニケーションの基本を失念していた。


「江口さんね。俺の名前は知っていると思うけど、田中二郎。派手な外見の割に地味な名前の田中二郎です」

「わたしもよく言われるのです。こんな見た目の割に、名前は普通だって」


 江口さんはクスリと笑った。無邪気な笑顔だった。儚げで物静かな雰囲気を漂わせているが、案外明るい人物なのかもしれない。


 やがて彼女は笑うのを止め、口元を引き締めた。神妙な表情で、突如互いの息がかかる距離まで顔を近づけてきた。俺は彼女の急接近に驚き怯んでしまう。だが、彼女の力強い眼力が、俺の目を逸らさせない。スースーと、怯えた兎のような息遣いが鼓膜に触れる。


「二郎さん。わたしに――」


 ***


「君がこの手紙の差出人かな?」


 田中の優しげな声が、アタイの耳に痛かった。彼が声を向ける先には蒼白の美少女、江口杉子がいる。その特徴的な容姿から、いい意味でも悪い意味でも、同級生の間でよく話題に上がる人物だ。


 江口杉子はアタイの知る限り友人がいない。クラスが異なるため詳しいことは知らないが、彼女はいつも独りでいるそうだ。集団に属さず、一匹狼を気取る彼女は、同調を重んずる女社会において異質な存在である。


「やっぱ告白か? 告白なのか?」


 アタイのすぐ後ろから男の声。驚いて叫びそうになったが、とっさに自らの口を手で塞ぎ事なきを得た。振り向くと、そこには同じクラスの細木が立っていた。


「ジローちゃんモテモテだねえ。まあ、アレを隠してれば超優良物件だからねえ自爆しろ」


 さらにその後ろには田中と特に親しい友人、黒人ハーフのローズブレイド信長。

 彼のフルネームを田中から聞かされた時、正直耳を疑った。アタイも人のことは強く言えない身だが、それにしても凄い名前や。


「田中君め……おヌシはそっちの道を歩むのか……」


 さらにさらにその後ろには、最近妙に田中に対して馴れ馴れしい2年の先輩、蜂谷エルフ。こっちもこっちで凄い名前や。


「ンッフフ……初々しくて、可愛いわぁ」


 さらにさらにさらにその後ろには、保険医の厚化粧こと厚井先生。相変わらず今日もケバケバしい――っていうか仕事はどうした。アンタ保険医だろ。

 そう思ったタイミングで、信長がアタイの聞きたかったことを口にしてくれた。


「保険医が保健室を放置してちゃ駄目じゃね。サボり?」

「だってぇ、江口さんから告白するって聞いてぇ、いてもたってもいられなかったのよぅ」


 厚井から出た"告白"という単語に、ギュルギュルと胸の奥がざわつく。


「あなた達揃いも揃って暇なの? 来週試験でしょう」


 アタイは背後の野次馬共に問いかける。自分に言えた義理ではないが、それでも言わずにはいられなかった。


「人の恋模様はいい見世物じゃん」


 細木から最低な発言が返ってきた。だからアンタはモテないんだ。


「おや……田中君が移動したぞ」


 蜂谷の言うとおり、田中と江口は時計塔の陰へと場所を移していた。ここからでは、彼等の様子を窺うことができない。


「もっと近寄ろうぜ」


 細木の声に促されるまま、アタイ達4人はこっそりと屋上の入り口から時計塔の裏へ移動し、彼らの観察を継続する。


「江口さんね。俺の名前は知っていると思うけど、田中二郎。派手な外見の割に地味な名前の田中二郎です」

「わたしもよく言われるのです。こんな見た目の割に、名前は普通だって」


 二人は楽しそうに笑い合っている。胸にチクリと待ち針が刺さったかのような痛みが走った。


「眼鏡外れて面白いことになってくんないかな」


 信長の何かを期待するような声。


「ンッフフ……江口さん。後で保健室を貸切りにしてあげるわぁ」


 厚井の意味深な呟き。


「クッ……田中君のパートナーは信長君なのに。この泥棒ネコ――」


 次の瞬間、信長が蜂谷にチョークスリーパーを決めた。


「クソッ、田中め。告白されるってのに平然としやがって。憎たらしいぜ」


 細木のその言葉で、脳内に暗雲が立ち込めた。


 そう……田中は物凄く格好いい。


 容姿のみならず、その泰然とした立ち振る舞いによるものなのか、同年代男子にはない大人っぽい色気がある。左口元のホクロが、セクシーさを際立たせていた。

 かと思えば、見せる笑顔はとても無邪気で子供っぽく、そのギャップがまたたまらない。

 性格も言うことなしで、真面目で優しく気配り上手。

 そんな彼がモテないわけが無い。きっと今まで数多の女が彼に告白してきたのだろう。

 ちょこちょこ言動と行動がおかしな時があるが、あれは彼なりのジョークなのだ。余り面白くないのが傷だが、人は一つくらい欠点があるほうが魅力的だと、アタイは考える。


 胃の中に氷柱つららが出来たかのようなヒンヤリと冷たい感覚。

 アタイはこんな所で何をやっているのだろうか。低俗な奴らと一緒に覗きなんて見っともない真似して、恥ずかしい……

 我に返ったアタイは背を向け、音も無く屋上を後にする。


「ウオッ! キスか? キスなのか? 手が早すぎるぞ田中め」


 だが細木の発言により、胸中の氷柱は一瞬にて氷解。アタイは覗きを再開。

 結局はアタイも低俗なのよね。


「キスちゃうやん……」


 確かに二人は顔を寄せていたが、それは唇を合わせるためではなかった。江口は田中の耳に口を寄せ、ヒソヒソと何かを伝えるのみで、その行為もすぐに終わった。

 江口は田中に何を告げたのだろう?


「十字架さん」

「ギャッ!?」


 突如名前を呼ばれ、アタイはゴキブリを発見してしまった時のような悲鳴を上げてしまった。上を向くと、田中がアタイたちを見下ろしていた。


「あ、ジローちゃん気付いてたんだ。いつから?」

「初めから。オマエ等隠密スキルがまだまだだな」


 は、初めから……? まさか、アタイが一番に覗いてたことも、知ってる? ヤダどうしよう。ヒかれたかも……


「それよりも十字架さん。江口さんが君に伝えたいことがあるらしいのだ。聞いてくれるか?」


 アタイの不安を余所に、いつもと変わらぬ調子で田中は話しかけてくる。アタイは気持ちの整理の付かぬまま、彼の言われるがままに江口と向かい合った。

 江口の真紅の瞳がアタイを捉える。彼女は全身を舐め回すような視線を注いでくる。

 何か、居心地が悪かった。江口の挑むような目つきが恐ろしい。もしかして……宣戦布告されるのだろうか。


「十字架さん……」


 江口の口から、か細い声が吐き出される。アタイは来たるべき言葉に身構えた。


「わたしの赤ちゃんになって欲しいのです!」






「……は?」

「赤ちゃんになって欲しいのです!」


 江口は意味不明の言動を繰り返した。


 十字架聖奈。誕生日10月10日。15歳。

 屋上にて同級生の女に「赤ちゃんになってくれと」告白されました。

 まるで意味が分からないんやけど。



 ――第参幕 お友達から始めたいのですが

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