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1-3 舞い戻りし我が業(中二病) 承

「おはよー……」


 教室の扉を開けつつ、クラスメイトに向けて覇気の無い声で朝の挨拶。クラスメイト達も「おはよう」「はよっス」「ギリギリだぞ田中ー」と等と挨拶を返してきた。


「どうしたの。何か疲れてるみたいだけど」


 俺が自席に着席すると、隣の女子、十字架じゅうじか聖奈せいなが心配そうな声を掛けてきた。

 十字架聖奈。その神々しい名に恥じぬ清楚な美貌と成績の持ち主。入学式の時に務めた新入生代表挨拶は記憶に新しい。

 高校1年生と思えぬ圧倒的グラマラスボディを保持しており、淡いピンク色の長髪を揺らしながら優雅に歩く彼女は、さながら人気女優だ。彼女はテレビに出たことなど一度も無い一般生徒だが、女優だと紹介されたら100人中100人が信じてしまうだろう。


「やっぱり自転車通学はきつい?」

「いや、朝っぱらから淫獣……じゃなくて、厚井先生に絡まれて……」

「グェッ! マジでか? あのセクハラ保険医ガチでヤバいらしいから、気を付けてね。どう見ても田中君狙われてるし」

「うん……忠告ありがとう」


 気遣いが嬉しくて、俺は自然と笑顔を向けた。


「そ、それでさ田中君。聞きたいことがあるんやけど……」

「ほら始めるぞー。席に付け―」


 ガラガラと、教室の扉の開かれる音。担任教師鈴木来夢(すずきらいむ)先生のお出ましだ。各々好きな場所で駄弁っていた生徒達は素早く自席に戻り、束の間の静寂が訪れる。


「起立。注目。おはようございます」

「おはようございます」


 日直による号令と共に、クラス全員で教壇に向けてお辞儀する。どの学校でも共通して行われる朝の恒例行事だ。


「ハイ。おはようございます」

「着席」


 そして、S・H・R(ショートホームルーム)が始まった。

 ライム先生は「ジメジメと嫌な季節が近づいて来ましたが、湿気に負けず今日も頑張りましょう」と前置きしつつ、何かを確かめるかのように自らの頭を軽く撫でた。簡潔に今日の予定を告げている最中も、自分の頭に何度も触れる。

 クラスメイト達はライム先生のこの仕草を、カツラの装着具合が気になっているのでは、と噂している。因みに、俺の見立てでは十中八九カツラだ。それを暴いたり馬鹿にする気は毛頭無いが。


 ***


 午前の授業が全て終わり、楽しい昼休みに突入した。ふと思い出し、俺は十字架さんに尋ねた。


「そういえば朝何か言いかけてたみたいだけど、何の話だ?」

「ああいや、別に気にせんといて……」


 十字架さんは顔を赤らめ俯いた。そんな反応されたら余計気になるのだが。


「どうしたの? 相談あるなら聞くよ」

「いや。相談とかそんな大げさなもんじゃないの。その……誕生日いつ? いやいやいやね。他のクラスの女子に聞けって頼まれてただけなんや。そんだけや」


 聞いてないにも関わらず、十字架さんはあたふたとした様子で言い訳を始めた。彼女は関西出身で、慌てると若干訛りが出る。優等生然とした様子からなんとなくギャップがあり、とても可愛らしい。


「今日だ」


 俺は簡素に答えた。


「え?」

「俺の誕生日は今日なのだ」

「うっそ……マジで」

「マジで。6月6日の13時00分ジャストに俺は爆誕した」

「そ、そうやったんかあ……別のクラスの子に伝えに行かんと……ハハ」


 十字架さんは絶望顔で立ち上がり、酔っ払いのようにフラフラしながら廊下へと向かった。何も悪いことはしていない筈なのだが、俺は何だか申し訳ない気分になった。


「十字架さん前! というか下!」

「ホエ?」


 ふらふらとした十字架さんの進行方向に、細木君が腕立て伏せをしていた。いやオマエそこで何しているのだ?

 警告は一足遅く、十字架さんは細木君の脇腹辺りに足を引っかけ、盛大に転んでしまう。そして細木君は十字架さんの下敷きになり「グフォッ!」とくぐもった悲鳴を上げた。


「十字架さん大丈夫?」

「だ、大丈夫……いたッ!?」

「ちょっと見せて」


 俺は十字架さんの右手首を手に取り、怪我の度合いを調べた。


「た、田中君!」

「……突き指したみたいだな。保健室に行って看て貰った方がいいよ」

「えっ? いや、こんくらいで保健室に行くのは大袈裟や」

「でも大分派手に転んだし、見て貰った方が……」

「嫌! 厚化粧の世話になるのは絶対嫌や!」


 厚化粧……保険医の厚井先生のことだ。

 厚井先生は男女を露骨に差別するらしく、女子生徒からの評判はすこぶる悪い。男子生徒からも、手付きと眼が何だか厭らしいと気味悪がられていた。


「分かった。じゃあ、俺がテープとか貰ってくるよ」


 正直、俺もあの保険医に会いたくは無いが、怪我人を放置するのは嫌だった。こういう小さな怪我が後を引いたりすることもあるのだ。


「え、そんな悪いよ。田中君にそこまでして貰わなくても」

「いいからいいから。怪我人は大人しくしてな」


 俺は教室を出る前に、何故かうつ伏せに倒れたままの細木君の元へ向かった。


「細木君も大丈夫か? トレーニングに励むのは結構だが、場所を選べよ……細木君?」


 声を掛けても、彼は一向に立ち上がろうとしない。どこか痛むのかと思ったが、そういう様子でもない。気になる事といえば、妙に顔を赤く染めていることぐらいだが……


「……柔らかかった」

「ハイ?」

「ぽよんぽよんだった……ああ、背中にまだ、あのまったりとしたふくよかなデカメロンの感触が……ぽよぽよ、ぽよよん……」


 そう呟く彼の目は、邪念だらけの三日月の形をしていた。俺は彼の耳元でささやく。


「つまり……タッたのか」

「タッちゃった」

「So you can't stand up?(だから立てない?)」

「イエース」

「じゃあ俺様がその呪いから解き放ってくれよう。第7階位破邪法術【尻明日(シリアス)】!」


 そう叫びながら細木君の背中にゆっくりと腰を下ろし、我がケツをグリグリと擦り付けてやった。これは彼を魅了チャームの状態異常から回復するための救急措置だ。


「ああ゛!? 田中テメエ!」

「フククククク……円周率(パイ)の呪いから解き放ってやったのだ。寧ろ感謝したまえ」


 俺様は捨て台詞を吐きつつ、クルリと華麗に身を翻し、足早に1階の保健室へと向かった。


 ***


 ~過去~


 少年少女達は3人一緒に、13体目の干支の捜索を開始した。3人で手分けして探した方が効率的だが、彼らはそうしなかった。年若い彼らはそこまで頭が回らないのか、それとも別の理由があるのか。

 3人はまず、本殿の北側、次にお休み処のある東側、最後に社務所のある西側を探索した。


「見つからないね」

「そう易々と見つかっては都市伝説にならぬだろう」

「そもそも、その13体目の干支の噂って誰から聞いたの?」


 着物が半ズボンに尋ねた。


口伝くでんではない。古の伝承記録書を勝手ながら拝読したのだ。我が島国の至るところに点在する、万物に開かれし至便の機関【ニビ・コン・エンス・トア】でな」

「ノブちゃん通訳」

「えっと、コンビニで立ち読みした都市伝説の本に書いてあった」

「最初からそう言え」

「そう言っている」


 何度も繰り返してきたことなのか、3人のやり取りに迷いは無く、流れるような掛け合いは熟練のコントグループを髣髴とさせる。半ズボンの投げる球が暴投気味ではあるが、彼らは会話のキャッチボールを楽しんでいた。


「都市伝説本って殆どが嘘ばかりって聞いたことがあるけど」

「殆ど……であろう。万に一つの可能性が残っているではないか」

「でも結局見つからなかったから、やっぱ嘘だったんじゃね?」


 ブランドが子供の夢をぶち壊す真実を告げる。だが、半ズボンはまだ諦めていなかった。


「そう決め付けるのは早計だ。機械王ノブナガンダルフ」

「その呼び方ヤメロい」

「行き詰ったときは関係者からの情報収集が基本だ。ちょっくら聞いてくる」


 そう言って、半ズボンは掃き掃除中の、白装束の巫女の元へと赴いた。


「何でしょうか?」


 巫女は掃く手を止め、優しい笑顔を半ズボンに向ける。対して、半ズボンは凶悪犯のような笑みを浮かべた。


「ククククク……純白の巫女よ。我が問いに正直に答えたまえ」

「は、はあ……」

「この地に眠りし13番目の干支を何処に隠した?」

「ハイ?」

「迅速に答えよ。傍にいるだけで我が魔素は貴様を侵食し、正気が徐々に失われイタッ!?」


 着物が半ズボンの後頭部をチョップ。


「巫女さんに迷惑かけんな馬鹿悪魔!」

「スミマセン! こいつ映画に影響受けすぎただけなんで、何か言動がおかしいけど気にしないで」


 ブランドが半ズボンと巫女の間に割り込み弁解する。巫女は苦笑いを浮かべつつ、懐かしいものを見るように目を細めた。


「ほらジローちゃん、人語で話せ!」

「……お騒がせして申し訳ありません。お話を伺っても宜しいでしょうか?」


 人格が入れ替わったと思ってしまうほど、半ズボンの態度及び言葉遣いが由緒正しい家柄の子息のように、礼儀正しくなった。余りの変貌ぶりに巫女は面を食らってしまう。


「ここ中峰八満宮に13体目の干支が祀られているとの噂を聞いたのですが、それについてお聞かせ願えますか?」


 半ズボンの問いに対し、巫女は首を横に振った。半ズボンは『あなたの隣の都市伝説』という本に載っていたことを説明したが、巫女は聞いたこと無いと答える。親切にも巫女はこの神社の神主にも確認してくれたが「13体目の干支なんて始めて聞いた。取材を受けた記憶はない」とのことだ。


「……変だな」


 社務所から表参道へと戻る途中、半ズボンが立ち止まり訝しげに呟いた。


「変って、何がよ?」


 着物が背後を振り向き、半ズボンを問いただす。


「巫女も宮司も、13体目の干支を始めて聞いたと言っていたであろう。それが気になるのだ」

「何もおかしなところは無いんじゃね?」

「いや、『あなたの隣の都市伝説』は俺以外にも沢山の人に読まれている筈。13体目の干支について尋ねた人が、他にいてもいいと思うのだが」

「ジローちゃんみたいに本気にする人がいなかっただけじゃね?」

「まあ、そう言われたらお仕舞いなんだが……でもなあ」


 半ズボンは得心が行かない様子だ。着物も思うところがあったのか、少し真面目な声色で尋ねる。


「ジローちゃん。13体目の干支について他に情報は無いの?」

「詳しい場所や由来は何も。ただ……」


 半ズボンは着物を一瞥してから語る。


もうでた者のどんな(・・・)願いでも叶えてくれるらしい」

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