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1-2 舞い戻りし我が業(中二病) 起

 ~数年後~


 どんなに急な坂道でも、自転車に乗ったまま登り切りたいと思うのは何故だろうか。速度は徒歩よりも遅く、自転車から降り、押して進んだほうが速いし疲れない。そんなことは重々承知だが、それでも俺は自転車を降りなかった。

 負けじと立ち漕ぎでペダルを踏みしめ、眩い朝日を浴びながら、亀のような速度で前へと進む。坂の終わりまでもう少し。


「おらよっとぉ!」


 気合を入れた掛け声と共に最後の急勾配を突破し、ようやく平坦な道までたどり着いた。俺は立ち漕ぎから座り漕ぎスタイルにシフトチェンジしつつ、制服の胸もとを少し広げて風を通し、軽く火照った体を冷却する。後はなだらかな下り坂が続くため、自転車を殆ど漕ぐことなく目的地に到着できる。

 適度にブレーキをかけつつ、人が足で走るぐらいの速度で坂を下っていると、坂道の途中で追い越されたミヤコーバスがバス停で停車していた。長い車体前方の扉から何十人もの学生が、卵から孵化したカマキリのように湧き出てくる。


「諸君、おはよう」


 俺は速度を緩め、孵化したてのカマキリ達に向けて朝のご挨拶。


「はよー」「はよっス」「田中ー、後ろ乗せろー」


 カマキリ達、もといバス通学の学生達はどこか疲れ気味の声で挨拶を返してきた。朝っぱらから満員バスで揉みくちゃにされたのだから無理もない。ぎゅうぎゅう詰めにされたバスの中身は、切り分ける前の押し寿司のようにも見えた。

 いつも不思議に思うのだが、あの狭いバスの中に一体どれだけの人数が詰まっているのだろうか。しかも、地下鉄東西線開通前のバスの込み具合は今よりも酷かったらしい。正直、あれで通学する奴の気が知れない。少なくとも俺は絶対無理。


「残念。我が愛馬は俺以外乗せることはないのだ。じゃあな」


 俺は自転車の速度を上げた。自転車の2人乗りは法律違反だし、そもそも危険なのだ。

 後ろから非難めいた声が聞こえてきたが華麗に無視し、目的地のヤギコーへと向かう。


 山羊山高等学校やぎやまこうとうがっこう。通称ヤギコー。


 名前のとおり、山羊山やぎやまという山の中腹部に存在する、男女共学の公立高校だ。偏差値が高いにも関わらず、比較的自由な校風が魅力であり、制服が定められているが、私服での通学も許可されている。4月時点で男子生徒302人、女子生徒298人が在学中。勿論、その中にこの俺も含まれている。


 申し遅れた。我が名は……ゲフン!

 俺の名は田中二郎たなかじろう。今年の4月ヤギコーに入学したピカピカの1年生だ。派手な外見の割に地味な名前と揶揄されることもあるが、俺はすぐ覚えて貰えるこの名を案外気に入っている。


 身長175センチ。体重68キロ。血液型はA型。視力は両目共に0.3と近視。それ故、外出時はコンタクトをしている。

 これといって特出した特技は無いが、運動及び勉強、家事炊事洗濯等々、大抵のことは何でもそつなくこなすことができる。良く言えば万能型。悪く言えば器用貧乏。だがゆくゆくは真・魔術を開発するべく日夜……グオッホン!


 人よりも明確に優れているものがあるとすれば、容姿は大分良い線をいってるらしい。左口元のホクロが色っぽいとか偶に言われる。

 中学時代、クラスの女子から「あんたのキャラクター含めて、アイドルのオーディションに行けば絶対に受かるから!」と強く勧められたこともあるが、俺様の夢は世界征服……ではなくそこそこの企業に勤めて、そこそこの収入を得て、結婚して子供を作り、円満な家庭を築くこと。アイドルなぞ興味なし。


 断じて魔王サタンの申し子だとか、邪神ニャル様の姿が一つだとか、神々に仇名す一族最後の生き残りだとか、そういものじゃあない。中学時代の我が忌諱ききにて忌避きいすべき暗黒は……ある種の病気と嘲笑われるソレを、俺は中学と一緒に卒業したのだ。


 俺は右手で自らの後頭部を何度か強めに叩き、未だ根強く残るソレを隅に追いやりながら学校を目指した。



 ――第壱幕 中二病を隠していたのだが


 ***


 正門を抜け、駐輪場に自転車を停め、下駄箱にて上履きに履き替えてから、2階の教室へと向かう。


「田中君おはよう」


 階段の角で、隣のクラスの巻田さんに声を掛けられた。俺は足を止め「巻田さんおはよう」と返す。彼女は俺の正面に立ち、上目遣いで物欲しげに俺を見つめてきた。


「ああ、またヘアピンを変えたのだな?」

「うん。どうかな?」


 巻田さんはアフロと言っても差支えの無いレベルで頭にパーマをかけている。そのモフモフっぷりは「髪の中で眷属(リス)飼い始めました」と言われても信じちゃうレベル。そして今日はそのモフモフ頭に、外敵を追い払うが如き棘々しいヘアピンが大量に装備されていた。頭を振り回すだけで範囲攻撃になりそう。

 でも、正直に言ったら傷つけてしまうから、


「とても似合ってると思うよ」


 俺は笑顔を作りながら言った。


「本当! 正直ちょっと微妙かなって思ってたんだけど、田中君にそう言ってもらえて嬉しい!」


 巻田さんはモフモフ頭を揺らし、静電気をバチバチと発生させながら、スキップで先に階段を上って行った。嘘は言ってない。センスが良いかどうか別にして、似合っているのは事実だ。

 俺も彼女の後を追うように、2階への階段を上る。


「田中。ちょっといいか」


 階段を上りきり、廊下に出たところで同じクラスの細木君が声を掛けてきた。いつもならこの時間、彼は自席で突っ伏し寝ている筈なのだが、今日は珍しく起きていた。


「おはよう細木君。どうしたのだ?」

「この前借りたトレーニングDVD全然効果無いから、もう返そうかなと」


 一日二日で効果が出るわけないだろう。何を言ってるのだこのロウソク型魔獣――じゃなくて同級生は。

 細木君は非力な自分を恥じ、肉体改造をしたいと相談を持ちかけられ、お勧めのDVDを貸したのはつい一昨日のこと。だが結果は聞いての通り。不祥事が露見した政治家に見習わせたい程の諦めの早さ。このままじゃあ三日どころか二日坊主だ。


「いやいや。効果はきちんと出てるはず。ちょっと力瘤ちからこぶを作ってみて」

「こうか?」


 俺は細木君の腕に触れた。


「やっぱり。前よりも力瘤ちからこぶが固くなってるよ。まだ実感が無いだけで、着実に筋肉は付いている」

「そうか……そうだよな! オレも前より逞しくなった気がしてたんだぜ。でも、何か自信が持てなくて」

「継続は力なり。努力を続けていけば理想の体に近づけるから頑張れ。あとトレーニング後にプロテインを飲むように。折角厳しいトレーニングに耐えても、タンパク質が不足してたら筋肉は付かないからね」

「分かったありがとう。やっぱお前に相談して正解だったぜ!」


 恐らく、彼は実感が無いと続けられないタイプだ。だから、とりあえずは無理矢理にでも褒め称え、筋肉が付いていると思い込ませる。これで毎日前向きにトレーニングに励んでくれればいいのだが。


「田中ァ! ちょっとこっち来い」


 廊下の奥から、大きく野太い声が飛んできた。

 先に教室に行ってると細木君が去り、俺は先輩の元へと向かう。


「おはようございます大門先輩」

「うむ。おはよう。演劇部に入る気はないのか?」

「またその話ですか。前にも言ったとおり、俺は演劇部に入る気はありません」


 野太い声の持ち主は大門先輩。3年生の演劇部部長。入学式以来、俺は彼に演劇部への入部をせがまれ続けている。


「うむ。承知している。だが、お前は未だ部活動に入ってないではないか」


 大門先輩に初めて声を掛けられた時、気になっている部活があるからと言う理由でやんわりと断った。


「折角の高校生活、何もしないのは勿体ないぞ。共に青春を謳歌しようではないか!」


 だが、あの言い訳は失敗だった。どうやら先輩は部活動こそが学園生活の華と考えているらしく、この執拗な勧誘も善意からしているのだ。

 だが、魔王たる俺様は演劇部如きに収まる器ではな……俺は自分の後頭部を一発叩いた。


「頭が痛いのか?」

「気にしないで下さい」


 俺は笑顔で言った。


「とにかく! 一度でいいから体験入部してくれ!」


 多分、体験入部させられたら意地でも入部の方向に持って行かされる。どう言い訳すれば諦めてくれるかなあと頭を回していると、


「田中君ぅん。ちょっといいかしら?」

「ビャッ!?」


 耳元で囁かれ、不意に変な声が出てしまった。この声の主は……


「な、何ですか厚井先生」


 保険医の厚井先生。40代のアラフォウ。もう少しでアラフィフに突入するらしい。

 未婚。彼氏募集中。厚化粧。セクハラ常習犯。正直、俺はこの先生が苦手だ。


「とにかく体験入部を検討してくれ。ではな!」

「先輩! ちょっと待って……」

「田中君駄目よぅ」


 俺は大門先輩を追い駆けようとした。というか、この怪人厚化粧から逃げようとした。しかし腕を掴まれてしまった。


「わたしと話してる最中でしょう。よそ見はメッよ」


 この妖怪と遭遇したのは約一ヶ月前のこと。体育の授業で左足を擦りむいてしまい、治療のために保健室を訪れた時に厚井先生と出会った。厄介なことに、この淫獣は俺のことをいたく気に入ってしまったらしい。


「この前の擦り傷が治ったかどうか不安でぇ。治ったかどうか見たいから、ズボンを脱・い・で」


 そう言って厚井先生は股間付近を嘗め回すように見つめてきた。

 セクハラです。訴えますよ。ホント勘弁して下さい。


 キーンコーンカーンコーン……コーンカーンキーンコーン……


 天の助け! 始業5分前を告げる予鈴が鳴った。


「じゃあホームルームが始まるので!」


 乱暴気味に手を振り払い、俺は教室へとダッシュ!

 廊下は走っちゃいけません? 緊急事態だ許せ。






「ンッフフ……ウブなんだからぁ」


 田中が立ち去った後、獲物を前にした雌豹のように、厚井は舌なめずりした。

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