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中二病を治したかったのだが! ~それは青春というより黒春~  作者: 中山おかめ
第弐幕 ベーコンレタスが大好きなんだが
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2-2 床にベーコンレタス落ちてた 上

 昼休みとなり、親友が教室にやってきた。俺も親友も弁当持参のため、どちらかの教室で一緒に食べるのが日課となっている。

 親友の名はローズブレイド信長。浅黒い肌、翡翠ひすい色の瞳、そしてインパクト抜群の名前を有しているが、彼は列記とした日本人である。

 

「それでジローちゃん。例の祟りの調子はどう?」


 昼飯を食べ終え、弁当箱を片付け終えた辺りで、信長が尋ねてきた。

 祟りとは勿論、イタイタしい言動行動が止まらなくなる突発性中二病症候群のことだ。突発性中二病症候群……長いからこれからは中二症と略そう。


「祟り言うな。信長の読み通り、眼鏡をしてれば中二症は治まる。だがちょっと問題があってだな……」

「え、ナニナニ?」

「レンズが曇った時、思わず眼鏡を外しそうになる」


 それを聞いた信長が吹き出した。


「笑うとか酷いな。俺は本気で困っているのだが」

「ごめんごめん。想像したら笑えてきて……」

「因みに更なる問題があってだな」

「え、ナニナニ?」

「次の授業……体育なのだ」


 信長が再度吹き出した。


「笑うとか酷いな。俺は本気で悩んでいるのだが」


 どんな時であろうと、眼鏡を外せばたちどころに中二症が発動する。もし、試合中に眼鏡が外れるようなことがあれば、中二迸る必殺技名、例えば『真・刹那の死閃(ザ・モーメント・デス)』とか叫びながらの激しいプレイとなるだろう。

 そんなことになったら俺、恥ずか死ぬ。


「でも今日雨だし、そう激しい運動はしなくて済むんじゃね」

「まあ、そうだな。いつもなら鬱陶しい雨だが、今日だけは感謝してやる……でも万が一校庭での授業になったらどうしよう。水滴で前が見えなくなる。あれか? ワイパーでも付ければいいか?」


 俺の下らない冗談がツボに入ったのか、信長が腹を抱えて笑い始めた。


「田中ー。先輩が来てるぞ」


 先輩という言葉を聞いて、俺のことを執拗に演劇部に誘う大門先輩が真っ先に浮かんだ。だが、教室の入り口に立っていたのは彼ではなかった。立っていたのは、昨日俺の眼鏡――正確には父さんの眼鏡を踏んづけ粉々にした2年の先輩、蜂谷エルフだった。

 蜂谷エルフ。ローズブレイド信長には負けるが、一度聞いたら忘れられぬ名前。親はロード・オブ・ザ・ポンデリングなどのファンタジーが好きなのだろうか。


 蜂谷先輩は俺の姿を見つけると、髪から雫を垂らしながらこちらに向かって来た。


「……一体どうしたんですか?」

「昨日のことを、改めて謝りに来たんだぞ」


 蜂谷先輩は固い表情でそう言った。

 事故とはいえ、眼鏡を壊してしまったことに、先輩はかなりの責任感を感じているらしい。律儀な人だと思ったが、先程の問いは先輩がここに来た理由を尋ねたのではない。


「いやそうじゃなくて。ずぶ濡れじゃあないですか」


 蜂谷先輩の全身は、服を着たままプールに入ったのかと思わせるほどビショビショに濡れていた。全身だけじゃなく、大事そうに抱えている手提げ鞄もずぶ濡れだった。この雨の中、態々外に出たのだろうか?


「え? ああ、別にこれは何ていうか……」


 それを指摘されると、何故か蜂谷先輩はしどろもどろな様子に。


「ほら……水も滴るいい小デブ」


 蜂谷先輩はキザっぽく前髪をかきあげつつ、狸のように出っ張った腹をポンと叩いた。反応に困り、俺と信長は沈黙した。


「と、とにかく、昨日の件についてだ」

「はあ……眼鏡のことでしたら、昨日言ったとおり気にしなくていいですよ」

「それでは拙者の気が済まんぞ」


 拙者? 随分と特徴的な一人称を使う人だな。後の体育の授業中、信長にその話題を振ったら「ジローちゃんの俺様も大概じゃね」と返された。ぐうの音も出ない。


「せめてものお詫びとして、ホシタニ珈琲で奢らせて欲しいんだぞ」


 蜂谷先輩は笑顔でそう言った。先輩の提案に、俺は喜びを隠せなかった。


「ホシタニ珈琲って……あのホシタニ珈琲!?」

「あのホシタニ珈琲だ。最近、山羊山にも新しく店舗ができたんだぞ」


 ホシタニ珈琲。

 珈琲一杯で、普通の喫茶店より桁が多くなってしまう程のお高級なお店。はっきり言って、懐の寂しい男子高校生が気軽に行けるような場所ではない。この貴重な機会、逃すわけにはいかない! 俺の中から遠慮という2文字の言葉が消し飛んだ。


「是非奢って下さい! 今日行きましょう。早速行きましょう」

「まだ学校終わってないんじゃね?」

「信長よ、それは言葉のあやというものだ。では先輩。放課後よろしくお願いします!」

「え? 今日の放課後はちょ――」

「父が迎えに来てくれるまで暇を持て余しそうだったんです。いやあ先輩。ホントありがとうございます!」

「いや、その……」

「あ、信長も一緒に行くか?」

「えっ!?」


 蜂谷先輩の戸惑い声。俺は聞こえない振りをした。


「折角だから一緒に行こうぜ」

「いや、ボクは部外者だし、ちょっと悪い気が……」

「でも先輩が奢ってくれると言ってるのだ。断る方が失礼だろ。ね、先輩!」


 俺は満面の笑みを蜂谷先輩に向けた。それに対し、引きつった笑顔の蜂谷先輩。


「……いや、今日も部活だし。ボクは遠慮しておくよ」


 信長の配慮に、蜂谷先輩の顔が安堵で緩んだ。


「そうか。じゃあ、何かお土産買っといてやる。何が良い? 勿論先輩の奢りで」

「えっ!?」


 フククククク……逃がさぬ。奢ってくれるというのなら、骨までしゃぶり尽くすのが俺の流儀だ。


「んじゃ、お言葉に甘えてチーズケーキ3つ。絶品だって評判だし」

「先輩御馳走様です!」

「いやっ、そのっ――」


 キーンコーンカーンコーン……


 俺の容赦ない猛攻におののく蜂谷先輩を余所に、昼休み終了5分前のチャイムが鳴った。


「ヤベエ。次の授業体育だった。早くジャージに着替えねえと」

「ジローちゃんまた後で」


 信長は早歩きで教室から去って行った。


「そうだ先輩。待ち合わせについてですけど、現地集合で良いですか? 場所は俺も知ってるんで」

「えっ……いやまあ、構わないが。一緒に行けないのか?」

「放課後に、先生からちょっとした任務を命じられてて」


 ズライム呼ばわりの罰としてトイレ清掃を命じられているのだ……なんてことは恥ずかしいから正直に言えない。


「なら日を改めて――」

「すぐに終わるから大丈夫です。では、今日の放課後よろしくお願いします!」


 蜂谷先輩は何かを言いたげだった。俺は少々悪いと思いつつ、あえてそれを無視した。だってホシタニ珈琲だよホシタニ珈琲。是が非でも行きたい。

 やがて先輩は観念したのか、背を丸めて廊下の方へと歩いていく。丁度その時だった。


「じゃあ、体育館まで足軽な」

「ドンケツがジュース奢り」

「オッシ。今日は負けねえよ」

「よーい……家康ウウウウ!」

「秀吉イイイイ!」

「鎌倉幕府ウウウウ!」


 ジャージに着替え終えた3人のクラスメイトが合図の後、武将の名前を叫びながら一斉に、教室の外へ向かって駆け出した。足軽ごっこと称した競争が微妙に流行ってるらしい。鎌倉幕府は武将じゃあないが、分かってて言ってるのだろう。もしそうじゃなかったら、高校生としてヤバイ。

 それにしても彼らは恥ずかしくないのだろうか? 後で信長に「元凶はキミだ!」と突っ込まれた。


「うわっ!?」


 足軽ごっこを繰り広げる3人は、トボトボと歩く蜂谷先輩を左右から追い越した。先輩は驚き、バランスを崩してしまう。危険を感じ、俺は3人を軽く叱る。


「オイ! 教室ん中で走るな危ないだろ」

「済みませーん!」「済まん!」「ごめん!」


 3人は捨て台詞のように謝罪の言葉を置きつつも、駆け足は緩めず、そのまま教室の外へと出て行った。


「ったく……」


 そうぼやきつつ、俺は尻餅を付いた先輩に駆け寄り、手を差し伸べた。先輩は俺の手を掴み、立ち上がった。


「大丈夫ですか? どこかぶつけられたりしませんでした?」

「大丈夫だぞ。ちょっと鞄にぶつかったが」

「えっ。中身大丈夫ですか?」

「大丈夫だぞ! 壊れるようなものは入ってないからな!」


 先輩は大きな声でそう言った。声に焦りが含まれていたため、やはり壊れモノでも入ってたのではないかと疑ったが、それを聞く時間は残されていなかった。


「クラスの愚民共が済みません。蜂谷先輩も早く戻った方がいいですよ。ここから2年校舎って結構遠いですよね」

「それもそうだな」


 蜂谷先輩は駆け足気味に、2年校舎の方へ消えていった。

 俺も早歩きで体育館へと向かった。

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