終-32 それは青春というより黒春
「録音準備OK? 3、2、1、キュー!」
『ヤギコー♪ イチパーセントォ プ レ ハ ブ ラ ジ オ♪ 15時だべ~~~♪』
「HEYHEYHEYヘエエエエエイ! 皆様。大変お久しぶりです。ヤギコー1%プレハブラジオ、15時だべ。パーソナリティはわたくし桜井ゴートがお送りします。今まで色々と立て込んでおりまして、長いお休みを頂いていたことを深くお詫び申し上げます」
「さらに、桜井から皆様にお知らせです。長らく続けてきたヤギコーラジオ……本日をもって終了とさせて頂きます。長期休暇の上いきなり最終回かよと、リスナーのご立腹もご最も。誠に誠に申し訳ございません。ですが、この番組を続けるモチベーションがもう桜井には無いのです。ホント勝手で……申し訳ございません」
「ホントは今日の放送も予定していなかったのです。ですが、皆様の強い要望により、この桜井、もう一度だけ立ち上がることにしました。さあ泣いても笑っても最終回です。いつものコーナーに参りましょう!」
『小山羊たちの沈黙。~桜井ゴートのお悩み屠畜場~』
「このコーナーは小山羊達の悩みを、わたくし桜井ゴートが真摯に処理するコーナーです。今回ご紹介するお便りはこちら! ラジオネーム風を操りし勇者……、………………」
「ちょっと待って……これはどういうことなのだ。信長? 音無さん? 何か言えよ。何で、幸から……。え? 読めって。無理だよ。無理。無理だって……」
「……クソッ。分かったよ! ラジオネーム。風を操りし勇者ハッピーウーマン」
『桜井ゴートへ。あたしからお便りが届いて、凄く驚いていると思います。でも、このお便りは正真正銘あたしからです。内緒で薔薇侍に送ってました。黙ってた薔薇侍のことを怒らないでね。あたしがそう頼んだんです』
『このお便りを書いた理由は、某自称魔王の為です。どうせあの馬鹿魔王は、また我慢しているんだと思います。必死こいて我慢しているんだと思います。我慢し過ぎて、訳が分からなくなっているのが簡単に想像できます』
『魔王はもしかしたら、あたしに卒業を選ばせたことを今更になって後悔しているのかもしれません。これで良かったのかと、今も悩んでいるのかもしれません。あたしはそんな魔王を残していくことが心残りでした。魔王は色々とあたしの為に尽くしてくれたのに、あたしは彼に何も返せていません。だから、筆を執ることにしました』
『最後に駆け抜けた数ヵ月間は、本当に充実した日々でした。残りの人生をギュッと圧縮したような日々でした。きっとこれは青春というのかも知れないけれど、青春というには爽やかさからはほど遠い気がします。馬鹿みたいに濃い青春。青は青でも空のような青さじゃなく、深海のように濃縮された青。そう……それは青春というより黒春でした』
『その黒春が、あたしの人生を豊かにしてくれたんです。あたしは思いました。人生は長さじゃないって。確かにあたしの人生は人と比べたら短いものなんだろうけれど、辛いことも苦しいことも沢山あったけれど、それでもあたしは幸せでした。ジローちゃんとノブちゃんと出会えて、本当に幸せでした。勇舎幸としてこの世に生まれて、あたしは幸せでした』
『ジローちゃん初詣で自分は鈍くないって言ってましたね。でも、あたしはやっぱり鈍いと思います。だってあたしはノブちゃんだけじゃなく、ジローちゃんのことも好きでしたから。あたしは2人の男の子を同時に好きになってしまったんです。勿論この好きは、セックスしたいっていう意味での好きです。ビックリした? だからあの日のことも、多分本気だったんです。改めて書くと、何だか恥ずかしいですね』
『そうそう。さっきあたしはジローちゃんを残していくことが不安だって書いたけど、今になって大丈夫だと気付きました。だってジローちゃんの周りには、ジローちゃんを支えてくれる人が沢山いることが分かったから。ジローちゃんの呼び掛けで、あたしの為に沢山の人が協力してくれて、その人達にも感謝を述べたいと思います』
『だからね、もう強がらなくていいのよ。魔王として強がらなくていいの。我慢せず思う存分泣いて、その人達に慰めて貰って。これでも泣かなかったら、ノブちゃんその馬鹿を半殺しにしてでも泣かせてやれ。あたしが許可します。そして思いっきり泣いたら、またいつものように笑って下さい。あたしは貴方の笑顔が大好きです』
『何だか取り留めのないお便りになってしまいました。最後にお願いごとを伝えて終わりにしたいと思います。これがあたしの、本当の本当の最後の願いです。棺桶リストの最後に書き加えて置いて下さい。ジローちゃん――』
最後の一文を、俺は読上げることができなかった。
そもそも途中からちゃんと読めていたかどうかも怪しい。
熱いものが込み上げ、眼から溢れだす。
「幸……」
お便りを見ながら、俺は彼女の名を呟いた。
喜怒哀楽色んな感情が混ぜこぜになって、何だかよく分からない。
でも、1つだけハッキリしてることがある。
幸。
俺は全然大丈夫なんかじゃねえよ。
オマエはもう、この世界の何処にもいない。
オマエの笑顔を、もう直接見ることは叶わない。
オマエの声を、もう直接聞くことは叶わない。
幸。
どうして俺を置いて旅立っちまったんだよ……
オマエが居なくて寂しいよ。
辛いよ……
「ジローちゃん」「ジロくん」
信長と音無さんが俺を包んだ。伝わる優しい温もりが、余計に俺の涙腺を刺激する。
「ァッ……ウワア゛ッ!!」
声を上げて泣くなんて、いつ以来だろうか? 魔王を名乗る癖に、見っともなくて情けねえ。でも勇者の最期の最後の一撃に、耐えられることなんて出来るわけも無い。魔王の仮面が剥がれ落ち、俺はただただひたすら泣き喚いた。
***
~霊園~
◆◇田中二郎◇◆
花立てに白菊を挿し、家で作ってきた団子をお供えした。俺は墓前で屈み、両手を合わせ瞳を閉じる。福子おばさんが幸の小説を書き始めたことや、春休みに入ったことを報告した。そして……
「最期の最後にとんでもない爆弾を残しやがって……幸はホント意地悪だな。信長も信長だ」
俺は閉じていた目を開き、コートのポケットからプリントされた幸からのお便りを開いた。そして、幸の本当の本当の最後のお願いに目を通す。
「幸。あれから色々考えたのだが、この願いは的外れだ」
俺はお便りを折り畳み、ポケットにしまい直した。入れ替わりで棺桶リストとボールペンを取り出し、幸の本当の本当の最後のお願いを書き込んだ。
~・~・~・~・~
15.幸せになって
~・~・~・~・~
「……確かに、オマエを失ったことは悲しい。ホント悲しい。今も寂しくて、辛いよ」
他人はこれをバッドエンドだと言うのかもしれない。でも、
「でもやっぱり……俺も幸せだったよ」
もし死別がバッドエンドだというのなら、この世に生きとし生けるもの全てがバッドエンドを迎えることになる。でも……それは違う。きっと違う。絶対違う。
オマエとの別れを思い出すと、確かに胸が張り裂ける。
でもオマエとの日々を思い出せば、自然と笑みが零れ、裂けた胸が閉じていく。
別れは辛く苦しいが、今まで過ごしてきた日々を否定するものでは無い。
「オマエと出会えて良かった」
共に駆け抜けた鮮烈な日々。愉快にイタイタしく、時に胸を掻き毟るほど痛々しい。幸曰く黒春。
でも、この黒春が俺を揺るぎないものにしてくれた。この黒春があるからこそ、どんなに辛いことがあっても頑張っていける。
「オマエとの出会いと、そして別れが、俺を強くしたのだ。凄く……心強いよ」
オマエを失ったことを嘆く位なら、オマエと共に過ごした日々を糧にしよう。そうすれば、きっとこの手に今以上の幸福を手にすることができる。今ならそう信じられる。
だからこれはハッピーエンドだ。悲劇じゃあなく喜劇だ。強がりでも何でもない。オマエもそうなんだろう?
~・~・~・~・~
1.学校に行きたい(済)
2.コミケに行きたい(済)
3.ホストクラブに行きたい(済)
4.女子会をやってみたい(済)
5.AVを鑑賞したい(済)
6.夢の国ランドに行きたい(済)
7.ウェディングドレスを着てみたい(済)
8.またラジオをやりたい(済)
9.細木くんと仲直りしたい(済)
10.紙ヒコーキの大会で優勝したい(済)
11.3人一緒に初詣に行きたい(済)
12.ノブちゃんの悩みを解決したい(済)
13.もっと生きたい(済)
14.お母さんを助けて(済)
15.幸せになって(済)
~・~・~・~・~
全ての願いに済を書き終え、俺は棺桶リストを幸の墓前に広げる。すると一陣の風が吹き、リストを持ち去ろうとした。俺は慌ててリストを掴んだ。
「まさか……持って行こうとしたのか?」
俺は幸に問いかけた。返事はない。でも風に乗って「うん」と声が運ばれてきた気がした。
「じゃあ確実に届くようにしてやる」
俺は棺桶リストを、幸に教わった通りに折っていく。幸直伝、世界一飛ぶ紙ヒコーキの出来上がりだ。
「持って行け!」
俺は紙ヒコーキを思いっきり投げた。だが直角に墜落した。
「むう……何故だ?」
俺は紙ヒコーキを拾い、首を傾げる。ヒュウヒュウという風鳴りが、俺を嘲笑っているように聞こえた。
『馬っ鹿みたい。だから、ジローちゃんは力み過ぎなのよ』
つと、俺は幸の言葉を思い出し、もう一度紙ヒコーキを構えた。
『槍投げをイメージして。飛行機が離陸するときのようにちょっと斜め上に向けて、そしてヒュッと――』
次の瞬間、ビュウッっと一際大きな風が吹き上げた。飛ばした紙ヒコーキが風に乗って運ばれていく。
屋根の上を駆け、走り高跳びのように電線を飛び越え、高く高く、遠く遠く、高層ビルすら見下ろしながら、紙ヒコーキが飛んでいく。やがて紙ヒコーキはゴマ粒よりも小さくなり、そして消えた。
俺はそれを最後まで見送ってから、腕で顔を拭い、墓に背を向け、そして前へと歩き出した。
――終幕 それは青春というより黒春 完




