終-30 最期の願い
~葬儀場~
◆◇田中二郎◇◆
告別式を終え、今は幸が灰になるまでの待機中だ。葬儀の参列者は世間話をしたり、読書やゲームをしていたり、用意されたお菓子をひたすら食べたり、何もせず1人物思いにふけっていたりと、過ごし方は様々だった。
俺は信長と福子おばさんとの3人で過ごしていた。と言っても、会話に華を咲かせることは無く、時折幸の思い出話をする程度。
「ジローちゃん。ボクちょっとトイレに……」
「わたしも……」
信長と福子おばさんは控室から出て行った。
1人になった俺は、控室の中を見回した。部屋の隅で、江口さんが1人呆然としているのが目に入った。
「江口さん」
俺は彼女の元へと赴き、名を呼んだ。江口さんは目だけをこちらに向けた。
「礼が遅れちまったが、小説を手伝ってくれてありがとう。ホント、幸は喜んでくれたよ」
「別に……大したことはしてないのです」
そう言って、江口さんはポロポロと涙を流し始めた。俺は彼女の肩に手を置いて慰める。
「二郎さんは、辛くないのですか?」
「辛いさ」
俺は正直に答えた。
「じゃあ、どうして泣かないのですか? 火葬場で、二郎さんだけは泣いてなかったのです」
「……まだ、やるべきことが残っているのだ。だから、泣く訳にはいかないのだ」
「じゃあ、それが終わったら泣くのですか?」
「さあね」
俺ははぐらかし、江口さんから離れた。信長と福子おばさんが戻ってきた。俺は2人と入れ替わりで、トイレに行くと告げた。でもそれは方便だった。俺は建物の外に出て、特に目的も無く歩き回った。
気を抜くと、崩れちまいそうだ。だから、ただひたすら歩き回ることで俺は気を紛らわせた。
風に乗って送られてきたのか、葬儀場の独特の香りが鼻を突いた。見上げると、火葬場の煙突からモクモクと白い煙が出ていた。煙は空を目指し、天高く昇っていく。その様子は、幸が別世界に旅立っているように思えた。
立ち昇る煙を見て、俺は決意を新たにした。
だから幸。安心して旅立つといい。
オマエの最期の願い……必ず叶えて見せるから。
***
~勇舎家~
◆◇田中二郎◇◆
俺は勇舎家のリビングにてだらしなく足を延ばし、首元のネクタイを緩めた。そして座ったまま、周囲を見回す。
木製のポールハンガーに、幸お気に入りの白い帽子と真っ赤なコートが掛けられていた。紙ヒコーキ大会で優勝した時に貰った賞状が、額縁に入れられ壁に掛けられていた。幸が収集した幾つかのラジオ受信機が、テーブルや戸棚の上に置かれ、まるでインテリアのようだった。テレビ台の脇に、七五三の時に撮影したと思われる幸と福子おばさんの2ショット写真が飾られていた。
勇舎家には、まだまだ幸の残り香が充満している。幸が旅立ったのはついこの間なのだから、当たり前と言えば当たり前。でも、これからはこれが当たり前じゃあなくなるのだ。俺は伸ばしていた足を畳んで胡坐をかき、さらに背筋を伸ばして気を引き締めた。
「二郎くん。色々手伝ってくれてありがとうね。本当に助かったわ」
福子おばさんがキッチンから戻って来た。お盆の上で、湯呑が湯気を立てている。
「今更です。四十九日の時も遠慮なく使って下さい」
俺は湯呑を手に取り、緑茶入りの湯呑をカイロ代わりにして、かじかんだ手を温めた。
「今まで本当にありがとう。お葬式だけじゃなく、幸の為に色々頑張ってくれて。お陰で幸も、思い残す事無く旅立つことができたと思うわ」
覇気の無い、福子おばさんの声。失ったものの重さを改めて感じさせられる。俺は緑茶を一口飲んでから、湯呑をテーブルに置き、おばさんの前で正座する。
「それは違います。まだ、幸には思い残したことがあります」
唐突な俺の否定に、福子おばさんが戸惑った声を上げた。
「これを読んで下さい」
俺は畳み掛けるように、鞄の中から一冊の本を取り出し、福子おばさんに差し出した。
***
~病室~
「ジローちゃん。社会再適応評価尺度って知ってる?」
「辛い思いをした後、元気を取り戻して社会復帰できるのを、項目毎に点数化したものだよな。離婚が68点とか」
「さすがジローちゃん。馬鹿みたいに博識」
「馬鹿とはなんだ馬鹿とは」
「それでね、配偶者の死亡は100点満点だったのよ」
「……らしいな」
「でもね、そこに子供の死亡の項目は無かったの。何でかしらね?」
「想像するのも……辛いからではないか」
「きっとジローちゃんの言うとおり。まだ子供のあたし達にはちょっとピンと来ないけどね。因みに読んだ本の著者は、自分なら144点を付けるって書いてあったわ」
「うん……」
「だからねジローちゃん。あたしの最期の願いはね……」
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14.お母さんを助けて
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魔王たる俺様が、必ずその願いを叶えて見せる。




