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終-9 群青ラジオ

~江口家リビング~


◆◇江口杉子◇◆


「どうやったらここまで汚くなるのだ……」


 二郎さんが我が家のリビングを見て、眉を痙攣した芋虫のようにピクピク動かしました。今日、幸さん達と女子会をする予定なのですが、二郎さんが不衛生な場所に行かせるわけにはいかないと我が家に乗り込んで来たのです。


「こ、これぐらい普通だよ」

「二郎さんが潔癖過ぎるのです」


 パパとわたしの言い分を盛大な溜息で切り捨ててから、二郎さんは掃除に取り掛かりました。わたしとパパもお客様を招くのなら綺麗にしておきたい気持ちはあるので、二郎さんの指示の下、部屋の片付けを手伝います。


 そして2時間ぐらいかけて、部屋の隅々まで綺麗になりました。まるで我が家じゃないみたいなのです。


「江口さん。お願いがあるのだが……」


 一仕事を終えてから、二郎さんは神妙に言いました。


「俺に小説の書き方を教えてくれないか?」


 ***


~江口杉子の部屋~


◆◇江口杉子◇◆


「どうして二郎さんは、あんなにお人好しなのですか?」


 あの献身さ、病気とすら思えるのです。


「キラ先生の影響ね」

「キラ先生って、田中君のオトンやろ。確かに凄く良い人だったわ。田中君にもその血が流れとるんやな」


 聖奈さんの言葉に、幸さんはウンウンと頷きます。


「見た目は全然似てない代わりに、中身は遺伝子に刻まれているのよ。でも、あの無駄な優しさが不安にさせられる面もあるのよね……」


 そう言って、幸さんは遠い目で一つ溜息を吐きました。


 ***


~川原街中学校放送室~


◆◇勇舎幸◇◆


 あたしは一抹の寂しさを覚え、人知れず溜息を吐いた。


「1年も音無を支えてやっテ。じゃあ音無。放送部をよろしク」


 夏休みが終わり、これから部長は高校受験に集中するそうだ。だから部長が部室を訪れる機会も少なくなる。あたし達は部長……前部長が出て行く前に「お疲れ様でした」と挨拶を揃えた。前部長は照れ臭そうに笑いながら部室を後にした。


「改めて、今日からぼく、音無空が部長となりました。至らない点も沢山あると思いますが、精一杯部長を務めさせて貰います」


 空先輩はあたし達1年1人1人の目を見てから言った。空先輩の宣誓に対し、あたし達は頷くことで返事する。


「……で、早速だけど新しいラジオ番組を考えましょう」


 空先輩はホワイトボードの前に立ち、黒いマーカーを握った。


「質問。どうしてラジオ番組を新しくするのだ?」

「あ、ボクも気になってた。普通は伝統を継承していくもんじゃね?」


 ジローちゃんが尋ね、ノブちゃんも補足するように疑問を呈す。


「流れる川のように、常に新しい水を流していこう、というのが川原街中学校の方針なの。それに因んで、放送部も毎年1,2年で次のラジオ番組を考えるのが伝統になっているの」


 ジローちゃんとノブちゃんの2人を前にしていても、空先輩はどっしりとした佇まいだ。春の時と比較して、目覚ましい進歩だった。


「でも、近年は去年の焼き直しみたいなのが続いていたみたいなの。だからこそ、今年はガラッと変えたいと思うの」

「賛成! やっぱ自分達で1から考えたい」


 あたしは手を挙げて空先輩に賛同した。


「クククククク……新たなる洗脳電術の開発か。面白い!」

「まあ、皆がやるって言うならボクは反対しない」


 そしてあたし達は新ラジオ番組作りに向けて意見を出し合った。


「やっぱ読者投稿のコーナーが欲しい。大喜利とかそういうやつ。あれこそラジオの醍醐味ってもんよ」

「ぼくは、グルメ関係の番組がいいと思うの。特盛の店をリポートするの。勿論部費で」

「世界の邪神悪魔や現実に起きた陰惨な事件の紹介はどうだ」

「内容については思い付かないけど……ボクはボクの技術を活かしたい」


 ビックリするぐらい意見が纏まらない!

 あたし達は揃いも揃って我が強かった。


 議論という名のドッジボールが白熱する中、放送室の扉がノックされた。出入口の近くに居たジローちゃんが扉を開ける。


「失礼します」


 来訪者は小学6年生の時に同じクラスだった木下明美。彼女もまた川原街中学校に進学していた。

 意外な来訪者に、あたしは息を呑んだ。


「木下さん? 我等の暗黒領地に何用だ」


 木下明美は眉を顰めた。


「用が無きゃ来ちゃ駄目なのかしら?」

「えっ!? いやそうじゃあないが、用も無く放送室に来ないだろう」

「……部長は?」


 木下明美は憮然と尋ねる。空先輩がジローちゃんの代わりに前に出た。


「ぼくが部長なの。部長の音無空」

「まだ入部は受け付けてますか? 入部希望です」


 そう言って、木下明美は入部届を空先輩に差し出した。空先輩は驚きで目を見開いた。


「えっ!? 今?」

「やっぱ駄目ですか?」

「ううん駄目じゃない。大歓迎なの」


 空先輩は振り向き、あたし達に向けて嬉しそうに告げる。


「やったね。これで来年まで安泰だよ」


 あたしは素直に喜べなかった。ノブちゃんも苦い表情を隠し切れて無かった。


「木下よ。魔女イブクロックホールが統べし暗黒領域へようこそ」


 でも、あたし達と違ってジローちゃんは木下明美を歓迎していた。彼は小学生と時のことを忘れてしまったのだろうか。


 ***


~川原街中学校放送室~


◆◇勇舎幸◇◆


 放送部は放送室で昼食を食べるのが日課になっている。それを伝えると、翌日から木下明美も律儀に放送室にやって来るようになった。


 だが今日はまだ空先輩とジローちゃんの2人は来ておらず、今放送室にはあたしとノブちゃんと木下明美の3人。どんよりとした空気が室内に充満し、あたしはどう振る舞うべきか迷っていた。


「……何で放送部に来た?」


 ノブちゃんが小声で尋ねた。


「放送部に興味があったから」


 木下明美はノブちゃんのことを見もせずに答えた。


「それはおかしいんじゃね?」

「何がおかしいのかしら?」

「だって、夏休みが終わってから部活に入ろうだなんて、おかしいんじゃね?」

「いつ入ろうとワタシの勝手でしょう。部長は許してくれたし、アナタにそんなこと言われる筋合いは無い」


 愛想無く切り捨てる木下明美。ノブちゃんはそれ以上何も言えなくなった。 


「木下は、まだ田中の事が気になってる?」


 あたしが尋ねると、彼女は鼻で笑った。


「あんな変人もう好きでも何でもないわ。顔の造りはタイプだけどまっぴらごめん」

「本当に?」


 木下明美は舌打ちした。そして敵意に満ちた視線であたしを睨む。


「ねえ……そんなにおかしいのかしら? ワタシが純粋な気持ちで放送に興味を持ったことがそんなに――」

「舐めてんじゃねえぞ!!」


 突如、耳を(つんざ)くほどの粗暴な叫び声が木下明美の言葉をせき止めた。あたしは何事かと、恐る恐る放送室の扉を開き廊下を覗く。複数の男子生徒が「喧嘩だ喧嘩だ」と騒ぎながら廊下を走っていた。


「どうしたの!」


 あたしは男子生徒の1人を引き留めて尋ねた。


「1年が上級生に喧嘩売ったらしい」

「その1年って誰?」

「入学式でやらかした奴だよ! 名前は確か……中田!」


 名前を訂正する間もなく、男子生徒は廊下の奥へと消えた。


 ジローちゃんが……喧嘩? あの平和主義者が?


 あたしは真偽を確かめるべく、男子生徒の後に続いた。

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