EX-11 海の家のバイトとか超青春 上
夏と言えば海。海と言えば海水浴。そして海水浴と言えば……海の家!
オレ、細木和明は海の家のバイトという青春真っ盛りイベントを満喫中。お昼時は客がひっきりなしにやってきて忙しいたらありゃしないぜ。
「本当だ! ここの焼きそば美味しい!」
「何て言うか……お母さんを思い出す味……」
テーブルを片付けている最中、耳に入ってきた女性客の称賛でニヤリと口元が緩んでしまう。これならバイト代上乗せも期待できそうだ。
やがてピークも過ぎ去り、店内の客は4人の家族連れ1組のみとなった。有名な海水浴場だと常時満席で大変らしいが、オレ達が働いている場所は泳ぎに来る人が少なく、ピークさえ過ぎれば場末のレストランのように客足が途絶える。
オレは一番奥の客席に座り、手で顔を仰いだ。屋内とはいえ、北国育ちのオレには厳しい暑さだぜ。
「ウヒャッ!?」
不意打ちで首にヒンヤリと冷たい感触。振り向くと、キンキンに冷えたグラスを手にした田中が立っていた。普段のフォーマルっぽい服装と違う、赤いタンクトップ姿が青空によく映える。
「お疲れ様。こまめに水分補給しないと倒れるよ」
「おうサンキュー」
オレは田中から特製塩レモン麦茶を受け取ると、一気に飲み干した。塩味と酸味が全身に染み渡るー。
「ぷはーっ……うっめえ!」
「いい飲みっぷりで。おかわりは?」
「ちょうだい!」
これをメニューとして売り出したらバカ売れするんじゃないだろうかと考えながら、オレはおかわりの麦茶で喉を潤す。
「まだお昼食べてないよな?」
田中はキッチンから賄の焼きそばの具丼を持ってきてくれた。オレは割り箸を割り、「いただきます」と遅めの昼食を摂る。
「田中も一緒に食べようぜー」
「悪いがピーク前に済ませた。それに仕込みをしておかないと」
「働き者だなあ。どうせ客なんて来ねえしサボろうぜ」
「その発言、店長に聞かれるなよ」
田中は苦笑交じりに言い残してから、キッチンへと戻る。オレは田中の後姿を見送ってから、賄を頬張った。
マジウメエ。濃厚ソースで味付けされたシンプルな豚キャベ炒め。でもそれがいい。これがいい。ご飯がめっちゃ進む。そっと添えられた紅ショウガも良いアクセントだ。海水浴客も少ないし、このままサボってよっかなあ。
「和明くんちょっといいかい?」
オレ達の雇い主である店長が外から戻って来た。オレは大慌てで賄を胃に送る。
「ハイ店長! 直ぐ呼び込みに行ってまいります!」
「いや慌てなくていいよ。食べながらでいいから聞いてくれ」
黒Tシャツ姿の店長がオレの隣に座った。そして店長は蓄えた顎鬚を弄りながら告げる。
「二郎くんと仕事を交換してくれ」
「ヤっす」
だがオレは瞬速で断った。
「昨日も言ったけど、彼が接客すれば絶対に客倍増なんだよ! よし……2人のバイト代をさらに上乗せしよう」
甘言に心揺らされたが、オレは田中の父親との約束を思い出し反論する。
「キッチンには誰が立つんすか? オレ料理できねっすよ」
「それは……そうだが。でも勿体ないだろう! アレを店奥に引っ込めておくなんて、金の延べ棒を靴ビラで使うようなもんだ! さっき他店に人の使い方をまるで分かってないって馬鹿にされちゃったよ! 悔しい!」
その意見に異論を挟む余地はない。しかし……
「店長も同意したっすよね。田中に接客はさせないって」
絶対に接客はやらないという条件で、田中は父親からバイトの許可を得ていた。それに、オレも個人的理由から田中に接客させるのは断固反対だ。
だって田中が接客したら絶対に女の子に声を掛けられる。田中に女の子を取られんのヤだ。そして女の子に田中を取られんのはもっとヤだ。
「そもそも、どうして直接言わないんすか?」
どうしても接客をさせたいのなら、田中本人に直接頼むのが道理だ。しかしこの店長はオレにばっか頼ってくる。
「だって……あんなイケメンが私みたいな冴えないオッサン相手にしてくれるわけないじゃないか。鼻で笑われておしまいだよ」
この店長情けねー。
「だから和明くん。おねが~い」
田中が高慢ちきと思われるのは正直癪だが、お人好しであることがバレたら利用されまくりそうだ。
「いらっしゃいませー! 何名様ですか?」
オレは情けない店長を放置し、3人組のご新規様を接客しに向かった。店長は不満そうにしつつも、オレが使った皿とコップを回収し、テーブルを綺麗に拭いた。
「……このままで絶対に終わらせないんだからね」
***
~翌日~
おかしい……まだ9時で開店したばかりなのに席の半分が埋まった。客は全て女性客で、少女からオバサマまで年齢層はバラバラ。中には海水浴に来たとは思えない程めかし込んだ人もいる。
謎の現象に首を傾げながら、とりあえず一番最初に店に来たメガネのお姉さんの注文を取りに行く。
「ご注文は?」
「チッ! コモンか……」
は?
「焼きそば」
「えっと……」
「だから焼きそばだって!」
メガネのお姉さんは、賭け事に負けた直後のようなしかめっ面で言った。
「か、畏まりました……」
接客で何か気に入らないところがあったのかと愚考しつつ、残りの客の注文に伺う。一番最初の客程強烈ではなかったが、皆一様に肩を落としていた。あと、何故か全員焼きそばだった。
「済みませーん」
3人組の客の1人が手を挙げた。
「少々お待ち下さーい」
オレはキッチンの田中に焼きそばの数を伝えてから、客の元へ向かう。
「焼きそば10個頼んだら10連ガチャできるんですか?」
「はへぇ?」
二度と発音できない間抜けな声が出た。
「あ、冗談なんで本気にしなくていいです」
そう言って、謎発言者はスマホの操作を再開した。
「ほら。やっぱ嘘だったじゃん。フツ―じゃん」
「だよねー。でもネタにはなったよねー」
「確率操作なら訴訟も辞さない」
まだ1つも料理を届けていないのに、謎クレームを口にするお客様方。オレは恐くなり、店の奥に居る店長に助けを求める。
「店長……今日のお客様何か変っす」
「へっ!? そそそそうだね。どどどどどどうしようね」
あからさまに挙動不審な店長。分かり易っ!
「……何したんすか?」
オレは店長を睨みながら問いかけた。
「その……バズった」
「バズった!!?」
店長は自分のスマホを俺に渡した。画面は呟き系SNSアプリことツイスター。
~~~~~~
『焼きそばガチャでSSSRの俺をゲットだぜ!』
グッド37564。リツイスト18184。
~~~~~~
焼きそばパックを手にして微笑みを浮かべている田中のブロマイド。ご丁寧に海の家の地図を添えて。
「何すか焼きそばガチャって?」
「焼きそば頼んだらイケメンが接待してくれるかも……的な?」
「しゃらくせえ!」
オレは呟きを削除した。
「アアッ!? 折角バズったのに!」
「うるせえ黙れこの駄店長が!」
腹立たしいことに、呟きの返信には焼きそばガチャという単語の謎加減を嗤うものだけでなく、写真の田中への嫉妬丸出しコメントも多かった。
『男かよマジキモッ!』『ナルシストとか流行らない』
友達が好き勝手言われるのってすっっっげえムカツク! 投稿したの本人じゃねえし!
「焼きそば出来たのだが……立て込んでいるなら俺が運ぼうか?」
田中がキッチン奥から現れた。
「駄目だ! 田中は、キッチンに集中しろ」
「でも、1人くらい二郎くんが接客してくれないと詐欺に――」
オレは店長の口に店長のスマホをぶち込んで口を塞ぎ、怒りの赴くまま駄店長を睨み付けた。
「テメエが働け」
「は、ハふっ!!」
「どっちが店長か分からないなあ」
田中がクスリと笑ってからキッチンへ戻る。オレも駄店長を連れて戦場へ戻った。




