6-14 ITC
「HEYHEYHEYヘエエエエエイ! 17時過ぎだけど、ヤギコー1%プレハブラジオ、15時だべ。本日は何と緊急生特番です! パーソナリティはいつも通り、わたくし桜井ゴートがお送りします。そして何と何と、本日は特別ゲストをお招きしております! 今週お便りを下さったレンレンさんです! レンレンさんどうぞ!」
「は、始めまして。レンレンだ」
「おっとぉ……ア・リトル・ナーバス。少々緊張しているようですね。演劇部なのに情けなあい」
「め、面目ない。舞台とは勝手が違ってだな。うむ……」
「いつものストロングハートは何処に? レンレンさん。こういう時はハイっ! 深呼吸」
「スー……ハー……スー……ハー……」
「さて、レンレンさんの緊張が解けるまで、本日の放送について説明していきまSHOW!」
『グリフ・ファントム追悼。~大切なあの人を偲んで~』
「えー、去年の今日8月8日に、1人の女子生徒がここヤギコーにてお亡くなりになりました。女子生徒の名前は悲室愛。宝石塚の劇団員と肩を並べても遜色ないほどの、精悍美麗な女性でした」
「彼女は演劇を愛し、いつか大女優になることを夢見ていました。しかし不慮の事故により、彼女は志し半ばで旅立ってしまいました。さぞかし無念だったことでしょう。もしかしたら、今も彼女の魂はヤギコーを彷徨っているのかもしれません」
「そんな憐れな魂を追悼しようというのが本日の企画です。さてレンレンさん、悲室愛はどのような人物だったのでしょうか?」
「メゴは、王子様と形容される程の美貌の持ち主だったんだす。それはもう女子にモテモテだったんだす」
緊張のせいか、大門先輩が奇妙な丁寧語で語る。
「バレンタインは、下駄箱と机がチョコで埋め尽くされる程だったんだす」
「イッツアメイジング! それは食べるのも大変だったでしょうね」
「いやそうでも無かっただす。メゴはお菓子作りが趣味で、貰ったチョコレートを再利用していただす。しかも作ったチョコケーキをフリーマーケットで売り捌いて、小銭稼いでいただす。見目麗しいから、味が平凡でもあっという間に全部売れた。流石は演劇部が誇るスーパーエース」
「Oh……女子達の想いをバーゲンセールしてしまうとは、とんだ外道王子ですねえ」
「うむ。メゴは子悪党だからな」
悲室愛について語るうちに緊張がほぐれたのか、次第に大門先輩の口調が砕けていく。
「それに、メゴは見た目に反して意外とヘタレで泣き虫なんだな。よく「大ちゃーん」と泣きつかれたものだ」
「ワオ! ギャップが可愛いですね。因みに、どういう時に泣きつかれたのですか?」
「うむ。メゴはその端正な見た目を利用して女の子をしょっちゅう口説いていたんだが、ある時相手をガチにさせてしまって泣きべそをかいていたな」
「それは……自業自得ですねえ」
「うむ。オレもそう思う」
「因みにその後どうなったんですか」
「土下座だ。メゴは泣きながらのジャンピング土下座で女子に謝った。女子はそれで目を覚ました。コールドという意味で冷ました。あのダニを見るような冷たい視線、今思い出しても身震いするな」
「聞けば聞くほどグリフ・ファントムの株がゴー・トゥー・ヘル! 悲室愛のGOODなところは無いのですか?」
「うむ。勿論一杯ある。例えば……」
「例えば?」
「……メゴの良いところは言葉にできない」
「誤魔化した!」
「そ、そんな事無いぞ! 顔だけは良い」
「内面全否定!」
「ち、違うぞ! 声も良い」
「結局マインドに関連していません!」
「頭は悪い」
「まさかのディス発言!」
闇を照らす……ヤミテラス。それが『オペレーション・ヤミテラス』だ。
悲室先輩は「学校の敷地内なら自由に移動できる」と言っていた。逆に言えば、学校から出られない、ということでもある。悲室先輩が成仏していないのなら、まだ学校のどこかに隠れている筈なのだ。
だから俺達も、天岩戸伝説のように面白おかしく騒ぎ立て、悲室先輩の関心を引く。学校全域に、悲室先輩の痴態醜態黒歴史を放送し、悲室先輩に耐えがたい羞恥を与え炙りだす!
因みにもし俺がこんな目に遭わされたら、暴力を憎む俺でも発信者をフルストレートで殴り飛ばしに行く自信がある。だからこそ、悲室先輩も隠れていられないと確信を持って言える。それに『オペレーション・ヤミテラス』はまだ本領を発揮していない。
「例のブツ手に入れてきたってな!」
肩で息をしながら姫路先輩が放送室に入ってきた。その手には数冊の本が握られていた。
さあ、『オペレーション・ヤミテラス』の本領はここからだ。
俺は姫路先輩から最終兵器を受け取り、声を出して読み上げる。
~・~・~・~・~
『ケヤキの木。~山羊山小学校文集 第2学年~』※原文ママ
ドキドキしたがくげい会 3組 悲室めご
11月にがくげい会がありました。わたしも大ちゃんも、げきがやりたかったましたが、2年生はげきじゃないと言われました。はやく3年生になりたいって思ったました。
2年生は「ドレミのうた」と「かえるのうた」をうたうのと、「なんとかマーチ」のえんそうでした。
わたしはうたは好きでましたが、がっきのえんそうはすきじゃありませんでました。だから、トライアングルに手をあげたましたが、ほかの人にとられてしまいました。ひどいと思ったました。わたしはけんばんハーモニカになりました。
けんばんハーモニカって、白いのとくろいのがたくさんあって、たいへんだと思ったました。クラスにピアノがひける子がいて、ハーモニカよりいっぱい白いのとくろいのがあるのに、すごいなあって思ったました。
れんしゅうの日に、わたしはけんばんハーモニカをうちにわすれてしまいました。でも、大ちゃんがけんばんハーモニカをかしてくれたました。うれしかったました。大ちゃんが吹いたけんばんハーモニカを使うのはちょっとドキドキしたけれど、ちゃんとれんしゅうできたました。
女子のリコーダーをなめる男子がいるってきいたことがあるけど、わたしは大ちゃんのハーモニカをなめた女子でしたました。
~・~・~・~・~
「ワオ! このころから既にラブを抱いていたんですねえ。大ちゃんヒューヒュー!!」
「オイ田中」
「桜井ゴートです」
「これ止めないか? 流れ弾が……流れ弾がオレに!」
「ネクスト文集へGO!」
~・~・~・~・~
『ケヤキの木。~山羊山小学校文集 第3学年~』※原文ママ
楽しかった学芸会 4組 悲室愛
学芸会では「てんぐかくし風の笛」というげきをやることになりました。
私は1人で言うセリフのある役になりました。
大ちゃんも1人で言うセリフのある役になりました。
私は大ちゃんといっしょに、セリフの練習をしました。
「てんぐかくし風の笛」で好きなセリフがありました。
「てんぐてんぐ9てんぐ、お前が入れば十てんぐ」
というセリフです。
あと、
「てんぐになれ! てんぐになれ!」
というシーンも好きです。
でも、私の役ではありません。
ひどいです。
だから大ちゃんとの練習で、やらない役もやりました。
楽しかったです。
~・~・~・~・~
「(文集書くのを)面倒くさがってますね」
「面倒くさがっているな」
「レンレン。彼女は面倒くさがりだったんですか?」
「うむ。掃除を他の女子に擦り付けるくらいには面倒くさがりだったな。夏休みの宿題を施設の先生に丸投げしたこともあった」
「おっと意図せず彼女の罪がまたもや暴露されました。GOネクスト!」
~・~・~・~・~
『ケヤキの木。~山羊山小学校文集 第5学年~』※原文ママ
天才 1組 悲室愛
私は天才だ。
この美貌。この演技力。圧倒的なまでに、私は天才だ。
才能とは天が私達に与えたもので、つまり私と大ちゃんは選ばれしもの。選ばれし子供たち。超進化間違いなし。完全体は近い。ゆくゆくは究極体に……
そんな天才が、どうして学芸会如きままごとで全力を出さなければならないのか。大ちゃんは何も分かっていない。
でもしょうがない。大ちゃんがうるさいから、特別にこの天才がひと肌脱いでやった。
私が全力を出せば1位なんて簡単に取れる。でも、私はあえて全力を出さずに、1位を別のクラスにゆずってあげ――
「ヤアアアアアメエエエエエロオオオオオオ゛!!」
突如放送室の蛍光灯がパカパカと激しく点滅。
パンパンパン! と出所不明のラップ音が室内で反響する。
立て続けに発生する心霊現象に俺はワクワクゾクゾクしていた。
「な……何だ? 何が起きてるっての?」
姫路先輩は声を震わせ、音無さんに抱き着いた。音無さんは嬉しそうだ。
「おっとお……ようやくスペシャルなゲストの御登場ですね」
背後を振り向くと、顔を真っ赤にした悲室先輩が立っていた。オペレーション・ヤミテラスは大成功だ。
「オマッ……オマオマオマ、オマッ、オマッ、オマッ、オマエッ、オマエエエエエエ゛!!」
幽霊の身でありながら、悲室先輩は鼓膜を割らんばかりに絶叫する。物理的影響はない筈なのだが、キーンと耳が痛い。
「この悪魔ア゛!!」
「悪魔では無い! 魔王だ!」
「ウゼエヨオオオオオ゛!!」
絶叫を迸らせながら、その場にへなへなと崩れる悲室先輩。
「大ちゃんまで酷いよ……死んでるからって何してもいい訳? 祟るぞゴラア!」
「……メゴ?」
悲室先輩の問いかけに応じるように、大門先輩が彼女の名を呟く。
「メゴなのか? メゴ! 返事してくれ!」
「フンッ! 見えてない癖に。クッサイ演技止めてよね」
大門先輩の呼びかけに対し、悲室先輩はそっぽを向いた。
「演技じゃない! 祟られても構わないから、もっとお前の声を聞かせてくれ」
「「えっ?」」
俺と悲室先輩は同時に間抜けな声を上げた。
「ジ、ジロくん……そこ……そこから、声が……」
音無さんがブルブルと体を震わせながら、スピーカーを指差す。
「私の声……聞こえてる?」
悲室先輩の呼びかけに応じ、大門先輩と音無さんがコクリと頷いた。姫路先輩は既に気絶していたため反応無しだったが、それもまた悲室先輩の声が聞こえていたことを意味する。
「嘘……どうして……」
悲室先輩が口元を抑えて、ボロボロと涙を流し始めた。
俺は『怪奇! 録音された怨霊の声』という記事を思い出した。
その記事には、100年以上前から今もなお続けられている、死者との対話を試みる研究が紹介されていた。
電子音声現象。
英名Instrumental TransCommunication.
略してITCとも呼ばれている研究だ。
霊界なんて存在しない、偶々人の声に似ていただけ、知覚錯誤、無駄な研究などと揶揄されているITC。
しかし、俺達は今それを目の当たりにしていた。
もしかすると人類初の快挙なのかもしれない。学会で発表したら受賞クラスものなのかもしれない。
だがそんなことはどうでもいい。
今はただ、隔絶されていた筈の2人の対話を邪魔したくなかった。




