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1-11 我らの大好きな魔王様

 ボクは少々焦っていた。結局あの祠も見つからず、大恥かいてまで受けたお祓いも効果が無かった。どうしよう……完全に手詰まりだ。

 始めこそ、中学時代のイタくて楽しいジローちゃんが戻って来てくれたと喜んでいたが、やはり世間一般はそうもいかないらしい。

 繰り出される中二発言の数々……ボクは慣れているからどうとも思わないが、少なくとも巫女はドン引きしていた。

 中学時代、全校生徒から脅威の外見詐欺と言われ、残念なイケメンランキングぶっちぎりの1位を3年間死守したジローちゃんの実力は、やはり伊達じゃない。


「そんな暗い顔をするな信長よ。魔王は不滅だワハハハハハハ! 死ぬわけじゃあない。為る様に為るさ」


 しかし、祟り? を受けている張本人は至って平然とした様子だ。相変わらずのポジティブさに安堵を覚えたが、不安が払しょくされた訳じゃない。


「でもさジローちゃん。このままじゃ色々、その……マズいんじゃね」

「ん? 何がだ」

「その、学校での評判が……」


 このままだと、高校を機に築いてきたイケメン紳士という評判が180度反転し、頭のおかしい妄想野郎になってしまう。いやまあ、頭おかしいのは事実なんだけども。


「フククククク。古き時代は人として振る舞わなくとも、問題なく愚民共の中に紛れることができたのだ。だからまあ、今回も大丈夫だ」


 驚くべきことに、小学生、中学生時代のジローちゃんは常時魔王モードだったにも関わらず、嫌われていなかった。というかむしろ人気だった。

 傍若無人。傲慢不遜。天上天下唯我独尊。傍から見るとそういった印象でしかないジローちゃんが人気者だったのは、学校七不思議の一つだとまで言わしめていた。


「でも、高校でも同じようにいくもんかねえ……」

「案ずるな。駄目だったとしても、俺様には貴様と言う下僕が居るであろう」


 ジローちゃんが爽やかなイケメンスマイルを向けてきた。


「ジローちゃん……」

「何だ」

「キモイ」

「信長よ。裂心口術の威力が上がっているぞ。高校生になって、より魔力のコントロールが洗練されたようだな。嬉しい限りだ。でもキモイは普通に傷つくんで止めて下さい」


 相変わらず面白いな。この魔王様は。


「さて……日も落ちてきたし、もう帰んべ」


 ジローちゃんは鳥居の手前で振り返り、綺麗なお辞儀をしてみせた。神社から去る際も、お辞儀をしてから鳥居を潜るのがマナーらしい。


「ほら、信長も礼をするのだ」

「全然御利益が無かったにも関わらず?」

「関わらずだ」

「でも……」

「利益が無ければ礼を欠いてもいいのか? 神様は分からぬが、少なくとも巫女や宮司は俺達に時間を割いてくれたのだ」

「相変わらず真面目だねえ……」


 そして、ボクも彼に倣って一礼した。




 どうして去り際にも礼をしなくちゃいけないの?

 学校の職員室から立ち去る際、一礼をしてから立ち去るであろう。それと似たようなものだ。

 でも、学校じゃ先生が見てるからだし、誰も見てない今は礼をしても意味ないんじゃね?

 見られてないのなら礼儀を欠いていいのか? 礼儀とはそういうものじゃあ無いだろう。




 そうだ。前に"3人"で来た時も、似たようなやり取りをしたっけ……


「……あのさ、ふと思ったんだけど、"3人"じゃないと駄目なんじゃね?」


 そう告げた直後、今日初めてジローちゃんの表情が曇った。でも、ボクは言葉を続けた。


「あの祠っぽいのを見つけたのも、綺麗にしたのも、願い事をしたのも、"3人"一緒だった。だから、願いを取り消すのも"3人"一緒じゃないと駄目なんじゃね?」


 余りにも非科学的な発言。推測ではなく、願望に近いもの。でも、言わずにはいられなかった。


「だから今度は"3人"一緒に――」

「済まん」


 ジローちゃんは短く呟き背を向けた。心なしか、いつもより歩みが早い。


「……ごめんサッちゃん。まだ無理みたいだ」


 遠く離れていくジローちゃんの背中を追いながら、ボクは小さく呟いた。


 ***


 神社の入り口でジローちゃんと別れ、近くのスーパーGOOPで買い物をしてから帰路につく。

 その途中、見覚えのある自転車が橋の近に停められていることに気付いた。見間違えじゃなければ、ジローちゃんの自転車『ティンダロス号』だ。ボクは原動機付き自転車のエンジンを切り、ティンダロス号の元へ近づく。


「ワハハハハハ! 願いは聞き届けた。俺様に任せたまえ」


 すると、一発で誰のものと分かる声が耳に届いた。橋の欄干らんかんから上半身を乗り出し、橋下を流れる川一帯を見回す。声の主、ジローちゃんの姿はすぐに見つかった。


「泣くんじゃあない。さっきも言ったであろう。泣くだけじゃあ何も解決しないのだ」


 ジローちゃんは、泣きじゃくる小さな女の子の頭をポンポンと撫で、慰めていた。女の子の傍らには、恐らく母親と思われる女性が、申し訳なさそうな表情で立っている。

 一体全体どういう状況なんだろう?


「さあ、涙を引込めたまえ。そしたら必ず助けてあげるから」

「ウグッ……ヒック……」


 やがて、女の子は泣くのを止めた。


「いいね。強い子だ」


 優しい声でそう告げてから、ジローちゃんは制服のズボンを膝上まで捲り上げ、川の方へと振り返る。


「さて、と……小娘が眷属よ。今救出に参る」


 そして、ジローちゃんは川の中へと足を踏み入れた。ボクは彼の進む先にあるものを発見し、少女が何故泣いているのか、そして彼が何をしようとしているのか理解した。


 川の丁度真ん中辺りに小さな島、中州ができており、そこに絶妙に可愛くない、スケート靴を履いたペンギンのぬいぐるみが落ちていた。あれは確か、森の海水族館のマスコットキャラクター、ペンギンの『モニー』だ。そして恐らく、少女は誤って橋の上から『モニー』を落としてしまったのだろう。


 少女は母親にぬいぐるみを助けてとお願いした、もしくは自分で助けに行こうとしたのかもしれない。だが、母親は危険だからと言う理由で、それを許さなかった。

 川に流されなかっただけ幸運なんだろうが、ぬいぐるみは見える位置に落ちているため少女は諦めることができず、大泣きしていた……ってところかねえ。


「お兄ちゃん。頑張ってー!」


 少女がエールを送り、ジローちゃんは右手を上げることで返事する。


 ここを流れる比呂瀬川ひろせがわは流れが穏やかで、深さもそれほどじゃない。ジローちゃんは何の問題も無く、中州に辿り着くことができるだろう。というか、川に入るのさえ嫌がらなければ、少女の母親でもぬいぐるみを取ってくる事ができた筈だ。では何故、母親はそうしなかったのか。

 その理由は水質にある。この辺りを流れる川は汚い。川の色は赤茶色で濁り底が見えず、川面には洗剤を泡立てたような白い泡。さらにポイ捨てされた空き缶やペットボトルがプカプカと浮いていた。

 ボクなら絶対に入りたくない。母親も同じ判断を下したのだろう。ジローちゃんよく入れるなあ……


 そうこうする内に、ジローちゃんは中州に辿り着き、落ちていたぬいぐるみを両手で高々と掲げた。


「無事救出したぞ」

「モニーちゃん!」


 少女が嬉しそうな声を上げた。


「では、今そちらに戻る」


 ジローちゃんは身を翻し、中州から川岸へと戻る。


「転ばないよう気を付けて下さいね」

「そんな無様な真似するわけなかろうぅおットオ!?」


 バシャーン! と、派手な水しぶきが上がった。

 転んだ。母親に注意された矢先に転んだ。お約束過ぎて、お腹が痛い。


「モニーちゃん!?」


 少女の悲痛な叫び。ジローちゃんじゃなく、ぬいぐるみを第一に心配する辺り、子供って残酷だねえ。


「問題ない。眷属は無事だ」


 転ぶ直前に、ジローちゃんは上空に向けて腕をめい一杯伸ばすことで、ぬいぐるみが汚れるのを避けていた。そして、ゆっくりと立ち上がり、再び転ばぬよう慎重に岸を目指す。

 そして無事岸に辿り着き、ジローちゃんはぬいぐるみを少女に手渡した。


「モニーちゃん!」


 少女はぬいぐるみを受け取とると、嬉しそうにぐるぐるブンブンと、ジャイアントスウィングで振り回した。


「こら! そう乱暴に扱うから落としちゃったんでしょう」

「はい……ごめんなさい」

「それに、お兄さんに言わなくちゃいけないことがあるでしょう?」

「うん! お兄ちゃん。モニーちゃんを助けてくれてありがとう!」


 少女の満面の笑み。ジローちゃんの苦労が報われた瞬間だ。

 だが――


「フククククク。小娘よ。次からは眷属の扱いには気を付けたまえ。察するに、貴様は未だ己が内に秘められた魔力を上手く操れていない様子。このままではそう遠くない未来、貴様は再び眷属を喪失することになるだろう。それを回避するためにも、貴様をこの世に召喚せし術者マ・ザーの天啓をよく聞くのだ」


 いまいち言われたことを理解できてない、キョトンとした表情の少女。

 一流の変人を目撃した、唖然とした表情の母親。

 そして、何かを引掻く様な手の形で、爪を自らの額に立てつつ空を見上げるという、訳の分からぬポーズで固まったままのジローちゃん。光魔法かっこいいポーズならぬ、闇魔法かっこう悪いポーズだ。焦りでジローちゃんの目がグルグル回っている。


「いや……その……どういたしましてッ!」


 ジローちゃんは母親に預けていたブレザーを取り返すと、駆け足でティンダロス号の元へと戻ってきた。そして、一部始終を見ていたボクと目が合う。


「ジローちゃん――」

「何も言うな!」


 ジローちゃんはティンダロス号の鍵とチェーンを外し、その上に跨る。


「いやちょっと待て!」

「待たぬさよなら! 暗くなってきたから道中気を付けろ!」


 気遣いの捨て台詞と共に、振り返りもせず、ジローちゃんは全身から水を滴らせ、路上に痕を残しながら逃げて行った。


「風邪引かないといいんだけど……」


 役目を果たすことのできなかったスポーツタオルが、所在なげにゆらゆらと揺れた。ボクはタオルを収容ボックスに戻してから、原付に跨った。


 帰路の途中、ボクの口元は自然とにやけていた。

 我らが魔王様は変わろうとしていたが、大好きな部分は何も変わっちゃいない事が、今日改めて分かったのだから。

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