6-6 黒サックスはカッコいい
8月7日火曜日。天気は曇天時折小雨。明日は雨になるらしい。今年も七夕祭り期間中は雨というジンクスに勝てなかったようだ。
「お、田中?」
部室棟の廊下を歩いていると、正面から同じクラスの友人、細木君が現われた。細木君は俺の姿に気付くと、背中のショルダーケースを揺らしながら小走りで駆け寄って来る。
「やっぱ田中だ! 久しぶり」
「お久方」
夏休みが始まってから2週間ちょっと。にもかかわらず、大分久しぶりに感じる。夏休み前は学校でほぼ毎日顔を合わせていたからそう感じるのだろうか。
「そのケースの中身って、もしかしなくても件のサックス?」
俺はショルダーバックを指差しながら尋ねた。夏休みに入る直前、細木君は夏休み中のバイトで自分用のサックスを買うと息巻いていた。
「そうだぜ! 見るか?」
俺が「見る」と返事する前に、細木君は肩を躍らせながらショルダーケースを降ろした。見せびらかしたくてしょうがないのだろう。
「……って黒!?」
ケースの中に納められていたのは、よく見るゴールドカラーでは無く、使い魔の様に黒々としたブラックカラーのサックスだった。
「どうだ。格好いいだろ」
「うん。超カッコいい」
光沢感のある漆黒の本体に金色の装飾が施されいて、見慣れた金色のサックスとはまるで雰囲気が違う。それは選ばれし者にのみ装備できる特別なアイテムのようで、見ているだけで胸が疼く。
細木君はケースからサックスを取り出し構え、簡単なメロディーを吹いた。
ヤベエ。超カッコいい。悪魔召喚とかに使えそう。
「黒と金のコントラストがカッコいいな」
「だろ! まあ、その分ちょっとお値段が張るんだけどな。バイトマジ頑張ったぜ」
「俺もバイトしてえなあ」
「じゃあ今度一緒にバイトしようぜ。田中だったら一発で面接合格だ」
「うーん……父さんが許してくれるかなあ」
「ああ、親が厳しいんだっけか? そんときゃオレも一緒に頼み込んでやんよ」
「じゃあ、その時はお願いしようかな」
「オシ! 約束だぜ」
細木君が上機嫌にパチンと指を鳴らす。
「それはそうと部室棟には何の用で? 部活入ってないよな」
細木君は取り出したサックスを、病人を労わるような丁寧さでケースに戻してから尋ねてきた。
「俺は演劇部の練習に来たのだ」
「つーことは演劇部に入ったのか?」
「いや仮入部……助っ人みたいなものかな。本入部する気はない」
そう告げると、細木君は嬉しそうに顔を綻ばせる。
「じゃあJAZZ部に入ろうぜ! 大丈夫大丈夫。田中器用だから直ぐ上達するって」
「何が『じゃあ』なのかは分からないが、前にも言ったとおりまだ部活に入る気はないよ」
「つれねえなあー。JAZZれば女の子にモテモテだぜ。いや……田中は既にモテモテか」
「別に俺はモテねえよ」
「でも、一昨日の花火コンでモテモテだったんだろ。男にだけど」
細木君がニヤニヤと笑う。
「トラウマを掘り起こさないでくれ……」
何故あんな事になってしまったのか、未だ謎は解けず仕舞いだ。
「というか細木君もあの場に居たのか?」
屋上一帯を回ったが、細木君の姿は見かけていない。
「同じ部の先輩からきーただけ。いやはや流石はレジェンド田中だぜ。先輩達めっちゃ笑ってたぜ。その日の出来事は永久に語り継がれることになるだろう」
そんなレジェンド語り継がないでくれ。
「だからさー、JAZZ部に入ろうぜー。それで一緒に踊ろうぜー」
「踊る?」
「知らないのか? JAZZは踊るんだぜ」
「我が演劇部未来のエースを引き抜こうとは感心せんな」
野太い声と共に、背後から大門先輩が現われた。
細木君は「ヒッ!」と小さく叫び声を上げ委縮する。
「ちょっと。俺の友達を威圧しないで下さい」
「うむ。スマン。だがそんな気は毛頭ない」
大門先輩は強面の上、背もかなり高い。本人にその気は無くとも、立っているだけで結構な威圧感があった。大門先輩は「先に部室に行ってる」と言い残してから去っていく。
俺は細木君とバイトに関してもう少し話し合ってから、彼と別れた。そして演劇部の部室へと向かった。
台本の読み合わせを行ない、俺はそこで初めて大門先輩の演技を見たのだが、台詞だけでも分かる位に、大門先輩の演技力は群を抜いていた。実際の舞台になるとどうなるのだろうかと、素人ながら期待を抱いてしまう程。
明日はイメージを明確にするために、ロミ雄とジュリのラストシーンを立ち稽古する予定だ。それがちょっと楽しみだった。




