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脇役らしく平和に暮らしたい  作者: 櫻井 羊
中学生編
93/232

秋田湊

秋田くんの過去についての話です。



 違和感だらけの毎日だった。


 自分の名前も。


 両親を親と呼ぶことも。


 不意に聞こえる単語も。


 自分を取り巻く環境、景色も。



 あらゆるものに違和感を覚える毎日。



 最初は、皆この違和感を抱えて生きているのだと思ってた。俺だけじゃないって。でも、歳を重ねていくうちにそうじゃないとわかってしまった。


 なんで俺だけ? この違和感は何なんだ?


 そう考えたこともあった。しかし、それを深く追求することはない。追求して、答えが出たら、自分が自分でなくなる気がしたから。何かが変わってしまう、そう思ったから。ただの予感だったけど、それでも深く考えることをやめた。


 そうして生きていって、小学校へ入学すると違和感を感じることがさらに増えた。


 教科書の一部の内容。


 ある三人に対する同級生の態度。


 友人との会話。


 毎日毎日、何かしらに違和感を抱いた。それに、俺は時折変なことを口走るので気を抜けなかった。例えば初めて見たものを知っていると言ったり、食べたことのないものの味を知っていたり。矛盾だらけ。そんな矛盾を口に出してしまえば、友好関係が崩れるだろう。


 だから、気を抜かずに、笑顔で過ごした。



 そんな俺にも、気を抜いて付き合える友人ができた。委員長もとい、間切波留。波留さんの隣は落ち着く。一度矛盾したことを口に出してしまったけど、波留さんはスルーしてくれたし。


 そうして、落ち着く場所を見つけて暫く。波留さんがテストでやらかした。その答案を見せてもらって俺は「合ってるのに、なんで不正解なんだろう」と考えた。


 合っていないのに。間違っているのに。


 何故だろうと思ったけど、やっぱり深くは考えなかった。




 中学生になって、その理由がわかった。


 階段から落ちて頭を打った俺は前世の記憶を思い出した。俺だけど俺じゃない人間の記憶。全部を思い出したわけじゃないけど。


 その記憶と軽い折り合いをつけるのに丸一日かかった。嫌な予感は当たった。俺が俺でない気がして、頭が不安に埋め尽くされた。


 起きた俺を見て、安心した顔を見せた親。そんな親は俺と会話して、少し不思議そうにした。いや、怪訝そう、と言ったほうが良いかもしれない。


 頭を打つ前の俺と今の俺は確実に違う。かつて違う両親に育てられた男の記憶を思い出した俺は本当に彼らの息子だろうか。俺は秋田湊でいられているだろうか。記憶が蘇ったことによって性格だって、もしかしたら考え方すらも変わっているかもしれない。そんな俺を彼らは受け入れてくれるだろうか。俺は、俺は。


 そんなことを考えて、不安に駆られて、頭の中がごちゃごちゃになりながら出した俺の結論は。






 俺は秋田湊だ。




 だった。どうあがいたって答えが出ないものを考えるより、前向きに何かを考えたほうがよっぽど良い。これが秋田湊だ。中学1年生の時に前世を思い出した秋田湊。それが俺。それでいいじゃないか。



 自分を納得させるように口にだす。それでもそう簡単に心の底から納得できるわけじゃない。でも今は納得するしかない。いつまでも塞ぎ込んで入られない。学校だって休んでしまっている。


 幸い、前世の俺と今の俺は性格があまり変わらないようだ。たぶん。多少の差異はあっても、大幅なズレはない。だから大丈夫。大丈夫だ。



 そして、何とか自分を立て直して今度は別のことに目を向ける。


 波留さんは、何故あの単語を知っていたのだろう。


 波留さんがテストで書いた単語はこの世には存在しないものだ。ネットで検索したが1つもヒットしなかった。では何故波留さんはあれらの単語を知っていたのか。簡単なことだ。知っていたから。恐らく波留さんも前世を覚えているのだろう。それなら彼女にこのことを話してみるのもいい。一人で考えるより二人のほうが気が楽だ。


 しかし確証があるわけじゃない。彼女が自分で「前世の記憶あるんだ」とか言ったわけじゃない。彼女に記憶がなかったら、俺は前世を覚えてると嘯く変な奴認定を受ける気がする。……いや、波留さんなら「そうか」で終わらせる気がするな。そういうお年頃か、とも言いそう。……なんだ、意外とイケる気がしてきた。よし。


 そして翌日、俺は波留さんに話すタイミングを普通に逃して、放課後の教室でたそがれていた。家に帰りたいとは思えなかった。いや、帰りたいけど、帰りたくない。そう考えて外を眺めていたら波留さんが家に誘ってくれた。話もしたかったし付いていく。


 やはり波留さんも前世を覚えていた。話が聞きたいと言えば少し渋ってから話してくれる。俺は波留さんの話に耳を傾けた。







 波留さんの過去は驚くほど重かった。




 他人の痴情のもつれに巻き込まれて殺されて、それがトラウマになって苦しんだとか。波留さん曰くそれ以外は平和な人生らしいが、それがある時点で平和じゃない。


 話してスッキリした俺は波留さん家をあとにする。波留さんの記憶を聞いても記憶はそれ以上戻らなかったけど、話したら気が楽になった。独りではないのだと。


 そういえば、波留さんは今まで誰にも話さずに、トラウマにもこの環境にも独りで対応したのか、と気がつく。それはどれほど辛かっただろう。波留さんの言い方だと彼女は死んだと思ったら直ぐに転生したようだったし、心の整理にだいぶ時間がかかったはずだ。



「波留さん凄いなぁ……」



 独りごちて、日の沈み始めた道を歩く。










 この世界がゲームの世界、という事実はもう少し心の整理がついてから噛み砕くことにした。

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