14話 過去3
何故私が死ななければならなかったんだ。
何故あの男に殺されなければならなかった。
何故、どうして。そんな言葉がグルグルと頭をめぐる。
もうすぐ20歳の誕生日だった。
両親はやっと私と酒が飲めるんだと楽しみにしていた。私が生まれた年のワインを飲もうと笑っていた。
友人たちは盛大に祝ってやるから覚悟しておけと言ってくれた。楽しみにしていた。私より先に20歳になった友人が飲みに行こうと誘ってくれていた。
オタク仲間と聖地巡礼をする予定を立てていた。
私の誕生日のあとには親の誕生日がすぐだったから、プレゼントも用意していた。
まだ、やりたいことがあったのに。やれるはずだったのに。楽しいことがあったのに!
何故私なんだ!
お前が彼女にフラれたのはお前の狂ったその行動故だろう! 別れを決めたのも彼女だ! 私は唆してなどいない! 私は、関係がない! 何故私が殺されねばならないのだ!
あまりの激情故に私は泣き続けた。周りの目も気にせずに、ずっと、ずっと。怒りと絶望と悲しみがごちゃまぜになりながら。女性と男性、それに男の子が困った顔をしていた気がする。
ずっと泣いて過ごしていけば、段々と落ち着いていった。
落ち着いて、男に殺意が湧いた。
もし世間が、倫理が、道徳が、あらゆるものが許すのであれば私は男を同じように刺し殺し、同じ苦痛、恐怖を与えてやるのに。このやるせない気持ちも全て味あわせてやりたい。
しかし現実はそうはいかない。私がやられたからと言って相手にやり返すわけにはいかない。それにもう死んでしまったのでできない。なので私はこの世界でひっそりと祈ることにした。私を殺したあの男が絶望を味わって、二度と這い上がれないくらいのどん底に突き落とされ、これからの人生に幸せなどない、苦痛に満ちた人生を全うするように。苦しみもがき、報われずにいればいい。
男を許すつもりはない。もし男が己のしたことを悔いて、反省して、懺悔して、許しを乞うても、私は許さない。これは一個人の感情だし、誰かに否定もさせない。心の中で何を思おうと、それは個人の勝手だ。私は自分の未来を奪った人間を許せるほど寛容ではない。
因みに、もしあの男に何かできるとするならば、私はあいつを一発ぶん殴ってから警察に引き渡す。取り敢えず法に則った罰を受けてもらわねばなるまい。
さて、男への恨みつらみが整理できてくると今度は後悔や不安が押し寄せてきた。
親孝行できなかったな、とか、親より先に死んじゃったなとか、もっと勉強しとけばよかったな、とかそういえば男に逃げられてしまったけど、彼女は大丈夫だろうか、とか両親は私が死んで泣いていないだろうか、とか。そんなことを考えてくると悲しみのあまりに涙が出てきた。男の子がそれを拭ってくれた。
時間をかけて気持ちの整理をつけると、今度はこれからのことに目を向けられるようになった。
トラウマとなったあの出来事と、それと、これからこの世界とどう向き合うか。主にこの2点について考えた。
当時は毎夜の如く死に際の夢を見ていた。完全にトラウマになっているようで、夜になると外が、背後が、刃物が怖かった。
トラウマというものは忘れることはできないんだと、昔世話になったカウンセリングの先生が言っていた。
先生は、忘れることはできないから、今は一番上にあるその嫌な記憶に少しずつ楽しい記憶なんかを上に積み上げていき、思い出す頻度を下げていくんだと言っていた。つまり時が解決する。考えないようにすると逆に考えてしまうので、思い出してしまったときは本を読んだり、音楽を聞いたり、別のことをしなさいとも。
それを思い出した私は取り敢えず何か思い出を積み上げようと家族と思しき彼らとの接触を増やした。トラウマが刺激されそうになったら本を読んだ。兄と活字ばかりの本を読んでいたら両親が「うちの子天才……!」と言いながら写真を撮り始めたが気にしなかった。たぶん世に言う親ばかというものなんだと思う。
最初の頃は両親を親と呼ぶことに抵抗を感じていたが、それも時間を掛ければ慣れていった。前世の二人も私の両親だが、この二人も私の両親だ。
この世に生を受けて一年ほど経った頃、弟ができた。可愛いかった。兄と二人で弟を構いまくった。弟は天使。
泣く頻度が下がっていき、身体も成長していっていた穏やかなある日、私はとある問題にぶちあたっていた。
ちょいちょいある、前世とは違う単語が覚えられない。




