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脇役らしく平和に暮らしたい  作者: 櫻井 羊
中学生編
88/232

13話 過去2



 と思ったら目が覚めた。目の前には心配したように眉を八の字にした女性。知らない女性の顔が目の前にあって私は困惑した。


 女性は目を覚した私を「よかった」と言いながら抱きしめて泣いた。



 よくわからないがこれは夢だと思った。自分は女性に抱きかかえられるくらい小さいし、知らない人間がいっぱいいる。



 夢なら早く覚めて欲しい。私にはまだやらなきゃいけないことがある。


 そう思いながら天井を眺めた。その時はベビーベッドに寝かされていたし、寝返りも満足にうてなかった。天井と左右しか見れない。動けない。手足を少し動かすことしかできない。夢なのに。



 目を覚してからしばらくの間、私はここを夢の中と信じて過ごしていた。




 夜になれば男に刺されたことを思い出して泣いた。刃物を振り上げる男を、刃物が己の身体に突き刺さる感触を、痛みを、男の笑い声を、足音を、言葉を、そしてあの目を何度も何度も思い出した。




 あまりにもひどい夜泣きで、女性が困っていたのを覚えている。


 そのころの私の周りにいたのは女性と男性、それから3歳くらいの男の子。彼らは私を「はる」と呼んだ。私は「はる」なんて名前ではないのに。けれど彼らは私をそう呼ぶ。私の本当の名前を言おうにも、うまく話すことができなかったので諦めた。




 トラウマに悩まされながらも平和に過ごしていたある日、私は窓際で庭を眺めていた。一人で座れるようになった頃だった。


 外には蝶が、モンシロチョウが飛んでいた。


 ジーっと目でそれを追っていると男の子が図鑑を持って隣に座った。


「はる、あれ気になるの?」


 男の子の言葉に頷くと男の子は図鑑を開いてモンシロチョウの写真を見せてくれた。


「あれはこの蝶だよ。名前はーー」





 男の子の口から出たのは、私の知らない名前だった。






 夢とは、記憶の整理である。どこかでそんな記事を見た。記憶の整理だから、自分が知らない単語は出てこない。


 思い返せばそうだな、と思う。ヤギが人間を食べていようと、友人が高枝切鋏を持って追ってこようと、私の頭上を某猫型ロボットが飛ぼうとも、どんなへんてこな夢であれ、私の知らない単語はなかった。



 それを知っていたからだろうか、その言葉を聞いた瞬間、私は「これは夢じゃない」と理解した。いや、認めざるをえなかった。



 転んだら痛かった。


 熱いものに触れたら火傷した。


 刃物で自分の指を切ったら血が流れた。


 知らない言葉があった。




 あぁ、ここは現実で、私はあの時確かに死んだのだ。








 認めた瞬間、私は絶望した。

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