8話
「……」
いつもより少しだけ早くに家を出て、学校に来ると教室には誰もいなかった。席に座って本を読む。早苗ちゃんに勧められた本だ。彼女のオススメにはハズレがない。漫画は木野村がたまにメールで布教してくる。木野村が勧める漫画も面白い。
「波留さんおはよう」
それから暫くして、声をかけられる。この声は秋田くんだ。
「おはよう」
本を閉じて、声のした方へ向き直り、そこで少しだけ固まってしまった。
「どうかした?」
「いや、なんでもない。体調はもういいの?」
いつもと何一つ変わらない格好の秋田くんのはずなのに、何故か別人に見えた。いや、雰囲気が変わった、か。なんか大人っぽくなった? 頭打って大人になったのか? んなわけあるか。
「おかげさまで。もうなんともないよ」
私の言葉にそう返す秋田くん。
秋田くんは計3日、学校を休んだ。私はもちろん、美野里ちゃん、早苗ちゃんはすごく心配した。頭を打って3日も休む、となると心配にもなる。打ちどころが悪かったのかと。
「波留さん心配してくれたんだ?」
「当たり前じゃないか」
友達だし、と続ければ彼はなんとも言えない顔で私を見てきた。そしてゆっくり目を瞑って、また開いて、微笑んだ。
「うん。友達だもんね」
「?」
秋田くんの言葉に違和感を覚えて首を傾げるが、明確な答えが見つかるわけもなく、気のせいかと気づかないふりをする。わからないものはわからない。
「ねぇ波留さん」
「二人ともおはよー!」
真面目な顔をした秋田くんが私の名前を呼んだ瞬間、教室の扉が開け放たれ、美野里ちゃんが入ってきた。今日は早いね。
「おはよう美野里ちゃん」
「おはよう」
「聞いて聞いて! さっき校門のところで辻村様が乗ってる車見ちゃったの! しかもちょうど辻村様が車から降りてくるところでね!」
テンション高めの美野里ちゃんは教室に他の人がいないのをいいことに、少し大きな声で話す。ほう。辻村は車で学校に来てたのか。
「もう降りてくる姿が様になりすぎてて、別次元の人間かと思った! あと挨拶してくれた!!」
別次元の人間。
挨拶されたのが余程嬉しかったのか美野里ちゃんはキャーキャー言いながら私の手を上下に振った。もげそう。
「よ、よかったね」
「うん!! 朝からツイてた!! 辻村様を見られるなんて!!」
そうか。それはよかった。取り敢えず手を離してほしい。もげる。脱臼する。
一通り話し終わった美野里ちゃんは落ち着いてきたのか私の手を離して深呼吸をした。
「あ、秋田くん、さっき何か言いかけなかった?」
「何でもないよ波留さん」
そう言って秋田くんは笑った。




