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脇役らしく平和に暮らしたい  作者: 櫻井 羊
中学生編
81/232

6話




『山内くん拾ったから家に連れて帰るね。お風呂沸かしておいて』




 少し前、電話越しに弟が放った言葉である。



 そして現在、弟は本当に山内くんを連れ帰ってきた。山内くんは今風呂に入れている。兄が夕食を作る中、リビングで弟、圭とお話をせねばならない。


「彼を連れて帰ってきた理由」

「土砂降りの雨の中傘もささずにうずくまってたから」


「圭は山内くんと知り合いなの」

「同学年の女の子が山内くんを見て『キャー、今日も山内様可愛い』って騒いでたから一方的に知ってた」


 女子のセリフの時、裏声を出した圭。ツボった。くねくねしないでほしい。


「彼がうずくまってた理由は聞いた?」

「聞いてない。顔色が悪かったから、病院行くか聞いたんだけど、行かないって言ってたから連れて帰ってきた」

「そっかー」



 厄介ごとの予感しかしない。




「あの、お風呂、ありがとうございました」



 私が天井を眺めているとリビングの入り口に山内くんが立っていた。服は圭の物か。


「いいえ。髪、濡れたままだね。ドライヤー貸すよ」

「ありがとうございます」


 山内くんにドライヤーを貸す。さて、これからどうするかね。


「どうしたんだ?」

「兄さん」





 夕飯を作り終えてリビングに来た兄に状況を説明すると兄は天井を見上げた。


「取り敢えず、その山内くんが戻ってきたら事情を聞いて判断するか……」

「はーい」


「ドライヤーありがとうございました」


 三人で天井を眺めていると山内くんがリビングに顔を出した。サラサラと彼の髪が動く。触りたい撫でたい。


「山内くん紅茶と緑茶、どっちが好き?」

「? 緑茶です」


 唐突な兄からの質問に首を傾げながらも山内くんが答える。可愛い。


「そっか。じゃあ淹れてくるからその椅子座って待ってて」


 兄がそう言ってキッチンへ消える。兄が指差した私達が今座っているソファの対面にある1人用のソファに山内くんはちょこんと座った。圭よりも一つ下の彼は圭と比べるとだいぶ小柄な気がする。そういえば圭は学年の中でも背が高いんだっけか。


「山内くん、なんで傘も差さずにあそこにいたの?」


 圭が、兄が戻る前に話を始めてしまった。まぁいいけど。

 圭の問を聞いた山内くんはみるみるうちに顔色が悪くなっていく。聞かないほうが良かったかな。


「山内くん、はい。緑茶」


 そんな山内くんに兄が緑茶を淹れた湯呑みを渡す。温かいもの持つと落ち着くよね。

 私達の分も茶を入れてくれた兄はそれらを私達に渡して自分もソファに座った。三人仲良く同じソファだ。定位置。


「無理に話さなくていいよ」

「……」


 兄が優しい声色で声をかける。山内くんは震える手でお茶を一口飲んで、深く息を吐いた。


「いえ。大丈夫です。説明します」



 山内くんが静かに話し始めた内容は簡潔にまとめるとこうだ。



 不審者に車に乗せられそうになったところで全力で抵抗して、なんとか逃げ出したは良いけど我武者羅に走ったせいでよくわからない場所にいるし、恐怖が抜けないしで途方に暮れてうずくまってた。鞄や傘は抵抗したときに手放してしまった。


 らしい。


「なるほどね。じゃあもう暗いし家の人に迎えに来てもらおう。電話番号わかる?」


 兄が聞けば山内くんは困ったように眉を下げた。


「今日、家には誰もいないんです」


 何と言うタイミングの悪さ。


 そんな目に合ったその日に一人で帰すわけにもいかないし。まだ不審者がいる可能性もある。家の住所はわかるだろうけど。どうしたものか。兄や私が彼の家まで徒歩で送っていくにも、万が一不審者と出くわしたら大変だ。大人に勝てるわけないから逃げるしかない。うまく逃げられるとも思えないし、危険だよな。


「山内くん夕飯は? 一人?」

「はい。出前でもとれと」

「じゃあうちで食べていきなよ!」


 圭が名案だ! とでも言いたげに笑顔を浮かべる。うん。まぁ、いいんじゃないかな。うちの親は説明さえすればそこまで気にしないだろうし。


「でも」

「うちの親は許可してくれたから気にしなくていいよ」

「早いね」

「ん」


 兄が携帯の画面を見せてくる。そこには送信者が母のメール画面が。


『それは大変ね。夕飯は家で食べていってもらいなさい。もう少ししたら帰るから、帰ったら車で送るわ』


 家の親、理解早すぎないかな。


「というわけで夕飯にしよう」


 兄が立ち上がる。ついでに圭も。二人はさっさとキッチンへ行ってしまった。


「ふむ。じゃ、準備ができるまで私と暇つぶししよう」

 準備はふたりで事足りるだろう。客人を手伝わせるわけにもいけないし。待たせるのも悪い。


「いいんですかね」

「いいんじゃないかな。あ、二人でゲームでもする?」

「ゲームですか」

「うん。嫌でなければ」

「やったことないんです」


 ゲーム機を取り出すと山内くんはそれをマジマジと見てきた。やったことがないだと。え、最近の子供ってゲームで遊ばないの。前世の私は小学生の頃放課後といったらゲームか公園だったけど。今世は家事と勉強が殆どだな。あと習い事。ゲームは休日に家族とやるくらいか。私もあんまりやらないほうだと思ってたんだけど、そうでもないのかな。


「あまり興味がなくて」

「そうなんだ。せっかくだしやろう」

「是非」


 夕食前はゲームの説明で終わるかな。何がいいだろう。母が帰ってくるまでの暇つぶし。すぐにやめられるやつで、みんなで遊べるやつ。……よく兄たちとやってるやつでいいか。いや、山内くんに選んでもらうか。


「山内くんどれやりたい?」

 ゲームをいくつか取り出して山内くんに見せる。ついでに軽く説明もしておいた。


「えっと、じゃあ」


 これ、と指差したものをセットする。したところで兄から声がかかった。夕飯だ。今日は煮魚。




 4人で夕飯を食べて、その後はゲームをして時間をつぶした。山内くんは美味しそうにご飯を食べてくれました。兄もうれしそうだった。食器を洗ってからゲームに参加しに行くと、圭と山内くんが対戦しているところだった。圭、容赦ない。山内くんが楽しそうだからいいけど。




 両親が帰ってきて、山内くんを送る時、ついでに私も車に乗せられた。確実に話し相手ですね。


 住所を聞いて、山内くんの家に行く途中で不審者とあった場所を通って荷物を回収。その時山内くんの顔色が凄く悪くなったので手を繋いでおいた。冷たかった。鞄の中身は全て無事だったらしい。雨でびしょびしょだったけど。

 鞄の中身を確認した山内くんが携帯を取り出して、動くかどうかも確認した。動くみたいだ。それを確認した彼はじっと私の方を見てきた。

「間切先輩、連絡先教えてください」

「ん? いいよ」


 可愛い後輩の頼みだものね。断らないさ。いやまぁまだ数回しか会ったことないんですけど。可愛いことに変わりはない。

 携帯を取り出して連絡先を交換すると山内くんは満足げに微笑んだ。天使みたいな微笑み。なんだけど。


「山内くん、今更だけど、貸したのがそんな服でごめんね……」


 貸したシャツにデカデカと「MAGURO」と書かれているのでアンバランスだった。因みに文字の隣にはデフォルトされたシャチの絵がプリントされている。背面の隅っこには亀。


「ごめんなさいね……それ、巫山戯て買ったやつなの」


 あ、これ母が買ってきたやつだったのか。てっきり圭が面白がって買ったものだと。


「このシャチ可愛いですよね」


 こんなシャツを褒めてくれる山内くんは優しいと思った。私だったら文句を言ってそうだ。心の中で。


「山内くん、携帯は無事だった?」

「はい」

「じゃあ親御さんに連絡入れてもらえる?」


 山内くんは頷くと携帯を操作して電話をかけた。山内くんが少し説明してから母とかわる。そして母も少し話すと再び山内くんに携帯を返した。山内くんがまた話し出す。


「親御さんすぐに帰ってくるから、それまで山内くんはうちで預かります」

「ゲームしていい?」

「うーん、少しだけね」

「やったー」


「あの、ご迷惑をおかけします……」


 通話を切った山内くんが申し訳なさそうに言う。


「気にしなくていいのよ。さ、戻りましょ」



「山内くん、次はチーム対戦で圭にリベンジしよう」

「はいっ! 次は勝ちます」



 数時間後、山内くんの父親が彼を迎えに来た。山内くんを見た瞬間彼を抱きしめた。スーツを着たその人は何度もこちらに頭を下げる。そうして二人は帰っていった。





 因みにあのあとも圭には勝てなかった。

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